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諸臓器がん組織検体の多層的オミックス解析による診断薬・治療薬創薬標的同定


従来、がんは遺伝子の変異・増幅・染色体構造異常等の蓄積でおこると理解されてきた。しかし、外科病理診断の過程でしばしば遭遇し、がんの生物学的特性を反映すると考えられる、腫瘍の形態学的多様性の全てを、ジェネティックな異常のみでは充分に説明できないことから、われわれは発がんにおけるエピジェネティック機構、特にDNAメチル化異常にいち早く着目した。

CpGアイランドにおけるDNAメチル化によって不活化されるがん抑制遺伝子がRb・VHLのみしか知られていなかった当時、ヒトのがんにおいてE-カドヘリンがん抑制遺伝子がDNAメチル化によって不活化される事実を初めて報告した。世界的な動向に先駆けて、諸臓器の前がん状態・前がん病変においてDNAメチル化異常が好発することを指摘した。B型ならびにC型肝炎ウイルス等の持続感染を伴う慢性炎症や喫煙等の発がんの背景要因と、DNAメチル化異常の関連を詳細に記載してきた。DNAメチルトランスフェラーゼDNMT1の発現亢進が、がん関連遺伝子のDNAメチル化の蓄積に帰結し、DNMT3bのスプライス異常が、傍セントロメアサテライト領域のDNAメチル化減弱を介して染色体不安定性に帰結する可能性を呈示した。これらの蓄積した知見を、solicited review articles多数にまとめている。

エピジェネティックな異常のゲノム網羅的解析すなわちエピゲノム解析が可能になると、染色体の広い範囲で同期して起こるDNAメチル化異常を検出するのに適したBACアレイを基盤とするメチル化CpGアイランド増幅 (BAMCA)法、ついで1CpG解像度で48万CpG部位のDNAメチル化状態の評価が可能なInfinium解析 (図1) を導入した。従来前がん状態の論じられなかった腎においてもエピゲノム異常に着目すると前がん段階を認識できること、前がん段階のDNAメチル化プロファイルはその症例に生じたがんに概ね継承されること、前がん段階におけるDNAメチル化異常はエピジエネティック・ジェネティックな異常をさらに誘導して、生じるがんの悪性度と症例の予後を規定することを示した (図2)。他方では、DNAメチルプロファイルに基づく慢性肝障害患者における発がんリスク診断指標 (図3)、尿検体に適応しうる尿路上皮がんの発生リスク診断指標、膵液検体に適応しうる膵がんの存在診断指標、腎がん・肝がん・膵がん・尿路上皮がんの予後診断指標を開発した。これらの業績により、主任研究員新井は、2013年に日本病理学会学術奨励賞を受賞した。現在、エピゲノム診断機器の開発・承認に意欲のある国内企業との共同研究により、エピゲノム診断法の実用化に取り組んでいる。

図1 Infinium解析による腎がんの病型分類と発がん分子経路の解明
図1 Infinium解析による腎がんの病型分類と発がん分子経路の解明


図2 前がん段階におけるDNAメチル化異常の意義
図2 前がん段階におけるDNAメチル化異常の意義


図3 DNAメチル化プロファイルに基づくリスク診断・予後診断マーカー開発
図3 DNAメチル化プロファイルに基づくリスク診断・予後診断マーカー開発


エピゲノム診断に関する主要申請特許は、以下の通りである。

"METHOD FOR ASSESSING RISK OF HEPATOCELLULAR CARCINOMA" (Kanai Y, Arai E) (Basic application; JP2011-016695 [January 28, 2011], PCT application; PCT/JP2012/051803 [January 27, 2012], International publication [August 2, 2012], National application; JP2012-554863, US13/982039 [July 28, 2013])
"METHOD FOR PROGNOSTICATION OF RENAL CELL CARCINOMA" (Kanai Y, Arai E, Tian Y) (Basic application; US61/646,044 [May 11, 2012], PCT application; PCT/JP2013/62650 [April 30, 2013])

ところで、近年ビッグデータ解析手法は生命科学とくに疾患研究にもインパクトを与えるようになった。がん組織検体におけるエピゲノム解析も単独で行うのではなく、ゲノム・エピゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボローム等の多層的オミックス解析を同時に行い、多層統合により発がんの分子基盤の理解を進め、診断薬・治療薬創薬標的を同定することが重要であると我々は考えている。

当分野長ならびに主任研究員等は、2010年に開始された医薬基盤研究所先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業によるプロジェクト研究である、「多層的疾患オミックス解析に基づく創薬標的の網羅的探索を目指した研究」に、エピゲノム領域統括研究代表者ならびに研究者として参画している。本プロジェクト研究では、国立がん研究センターとほかの5つのナショナルセンターの研究者が、それぞれが専門とする腎がん・肺がん・乳がん・拡張型心筋症・大動脈瘤・肥満症・非アルコール性脂肪性肝炎・アルツハイマー病・脊柱管狭窄症・てんかん・アレルギー疾患・小児白血病の臨床試料を収集して、ゲノム・エピゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームの各解析拠点に集め、多層性に障害される分子あるいは分子経路の同定を目指すものである (図4)。同定された分子あるいは分子経路は、疾患発生の分子基盤ならびに創薬標的分子として重要であることが期待される。がんのエピゲノム研究で培ったノウハウを、多くの国民的な疾患の創薬研究に役立てていきたいと考えている。

図4 医薬基盤研究所先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業「多層的疾患オミックス解析に基づく創薬標的の網羅的探索を目指した研究」
図4 医薬基盤研究所先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業「多層的疾患オミックス解析に基づく創薬標的の網羅的探索を目指した研究」