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染色体DNA複製とがん研究



生物の本質は極言するなら遺伝情報の本体であるDNAを子孫に伝えて行くことにある。その為に、正確に同じコピーを作ることが"DNA複製"(DNA replication)である。進化のためには、変異が起こることも必要ではあるが、基本的には正確な複製が大切であり、その失敗は悪い結末に至ることが多い。その例が遺伝子異常を原因とするがんである。

染色体DNA複製開始の細胞周期制御の分子機構
複製開始の細胞周期制御の中心因子Cdt1:3つのユビキチンリガーゼによる制御の解明
Cdt1の脱制御は発がんに結びつく染色体不安定性を誘導する
Cdt1-geminin系は新規抗がん剤の分子ターゲットとなる可能性がある

我々の研究グループでは、上述したようにヒト細胞における染色体DNA複製の細胞周期制御についての基礎的研究と、その発がん過程への関与や基礎的知見に基づいた抗がん剤開発の試みなどの応用的研究の両面で研究を進めています。興味があり一緒に研究を進めてみたい学生さん等の若い方を募集中です。


研究プロジェクト

染色体DNA複製開始の細胞周期制御の分子機構
DNAを正確に複製するために、極めて種々の精巧なメカニズムを細胞は持っている。例えば、DNAコピー反応を行っているのは、DNA合成酵素(DNA polymerase)である。これらは正確に娘鎖を合成するが、やはり間違うことがある。細胞はそれを修正する機構を持っており、その破綻が発がんの原因となる。また、自然放射線や紫外線などでDNAは常に傷つけられており、その修復機構の異常も発がんの原因となる。

我々複製研究グループの研究の主たる興味は、これらとは違った側面のDNA複製開始の細胞周期制御の分子機構の解明である。ヒト細胞では、複数の染色体上の膨大なDNAを効率よく複製するために、多くの複製開始点から同時に複製が起こる。そのために、複数の複製単位において、一細胞周期に正確に一度だけ複製反応が起こるようにしておく必要がある。

最近の我々等の研究から、その分子機構が明らかになって来た。すなわち、細胞周期においてDNA複製に必要な複製前複合体(pre-replication complex; pre-RC)を周期的に形成・崩壊させることがキーである(図1)。Pre-RC形成とは、ORC1-6から成るORC(複製開始点認識複合体)とCDC6、Cdt1による、DNA二本鎖開裂ための酵素(ヘリカーゼ)であるMCM2-7複合体のクロマチンへの結合反応である。pre-RC形成の抑制因子はサイクリン/Cdkとgemininである(後述)。細胞周期制御ユビキチンリガーゼAPC/Cは、サイクリンとgemininをユビキチン化により分解に導く。よって、APC/C活性の高いM期終期からG1期にかけてのみpre-RC形成は起こる(図1A)。APC/C活性が低下するとCdkが活性化し、それによりMCMは活性化されDNAは開裂し、その後ポリメラーゼにより複製が行われる(すなわちS期の開始:図1B)。

図1
図1 pre-RC形成の細胞周期制御のモデル図(ここではDNA合成反応は記していない)


役割を終えた後、MCMはクロマチンから遊離し、以降ORCやCDC6、Cdt1の機能は抑制され、MCM再結合・再複製が抑制されている(図1B)。Cdkは複製開始と同時に再複製抑制においても中心的役割を担っていることがわかった。ORC1はCdkによりリン酸化され、その後SCFSkp2ユビキチンリガーゼによって分解に導かれる。CDC6の一部もCdkによるリン酸化に依存して細胞質に排出される(図2)。以上、研究グループの以前の業績は、英文総説(Cell Div, 1:22, 2006)あるいは下記の日本語総説およびそれらに引用されている論文を参照してください。

図2
図2 S期におけるCDC6の核外輸送


複製開始の細胞周期制御の中心因子Cdt1:3つのユビキチンリガーゼによる制御の解明
Cdt1の機能抑制は、gemininという抑制蛋白質との結合によって行われていると考えられていた。しかし最近我々は、何と3つのユビキチンリガーゼによりCdt1が分解制御されていることを明らかにした(図1Bおよび3)。この事実こそは、Cdt1という分子の重要性を明確に示している。まず、S期にCdkによるリン酸化に依存してSCFSkp2ユビキチンリガーゼによって分解制御されている(J. Biol. Chem., 279: 19691-7, 2004)。さらに興味深いことに、Cdt1は複製と共役してCul4-DDB1Cdt2ユビキチンリガーゼによっても制御されており、これにはCdt1へのPCNA(ポリメラーゼの補助因子)の結合が必要である。そのことによってS期にのみ分解することが可能になる(EMBO J., 25: 1126-36, 2006)。また、細胞が休止期に入る際にはAPC/CCdh1ユビキチンリガーゼによって速やかに分解に導かれることも判った(Mol. Biol. Cell, doi: 10.1091/mbc.E07-09-0859, 2007)。

図3
図3 3つのユビキチンリガーゼによるCdt1分解制御の分子機構


Cdtの脱制御は発がんに結びつく染色体不安定性を誘導する
Cdt1が前述したように厳密に制御されているという事実は、複製制御における重要性を強く示唆している。実際に、Cdt1の脱制御は再複製や染色体障害を誘導し、発がんに結びつく染色体不安定性を惹起する(図4;J. Cell Sci., 119: 3128-40, 2006; Mol. Biol. Cell, doi: 10.1091/mbc.E07-09-0859, 2007)。また、他の研究グループによりCdt1 が癌遺伝子として働き得ることも示されている。そして、がん細胞においてCdt1は実際に過剰発現している(J. Cell Sci., 119: 3128-40, 2006)。

図4
図4 分解耐性Cdt1変異体の発現による再複製により巨大化してしまった細胞核


Cdt1-Geminin系は新規抗がん剤の分子ターゲットとなる可能性がある
詳細な理論背景はここでは述べないが(下記論文参照)、Cdt1-geminin系が新規抗がん剤の分子標的となる可能性を考えており、その理論を提唱するとともにCdt1-geminin系を制御する低分子化合物の探索も始めている(Biochim. Biophys. Acta, doi: 10.1016/j.bbagen.2007.09.005, 2007)。


参考日本語総説
1. 藤田雅俊「哺乳動物細胞における複製開始タンパク質の機能と細胞周期調節」: 実験医学, 18: 933-939, 2000.
2. 藤田雅俊「サイクリン/CDKからみた複製開始タンパク質の細胞周期調節」: 実験医学, 20: 540-545, 2002.
3. 藤田雅俊「DNA複製因子と癌」: 実験医学, 25: 191-196, 2007.