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蛍光二次元電気泳動法を基盤とするプロテオーム解析技術の開発



本プロジェクトでは、タンパク質の網羅的発現解析のために「蛍光二次元電気泳動(two-dimensional difference gel electrophoresis, 2D-DIGE)法」を使用している。2D-DIGE法は従来からある二次元電気泳動法の発展系であり、従来の二次元電気泳動法の欠点をほぼすべて解決している。2D-DIGE法はどのような技術で、がんのプロテオーム解析において何ができるのかについて述べる。


二次元電気泳動(two-dimensional gel electrophoresis, 2D-PAGE)法

二次元電気泳動法とは、タンパク質をまず等電点に従って分離し、次に分子量に従って分離する技術である。等電点と分子量はタンパク質の独立した要素であることから、二次元電気泳動法は質量分析に次ぐきわめて高い分離能を有している。タンパク質の翻訳後修飾(リン酸化、糖鎖修飾)は等電点や分子量に影響することから、タンパク質の泳動度は翻訳後修飾を反映したものであり、疾患における翻訳後修飾の異常を検出することができる。タンパク質スポットの大きさ(面積、強度)はそのタンパク質の発現量に依存することから、複数のサンプル間で定量的な比較解析を行ったり、結果をデータベース化したりできることも二次元電気泳動法の長所である。

図1
図1 二次元電気泳動法の原理。タンパク質は等電点にしたがって分離され、続いて分子量にしたがって分離される。


二次元電気泳動法における重要な技術革新はイモビラインドライストリップゲルの発明だった。イモビラインゲルとは、アクリルアミドのゲルに「イモビライン」を固定することで等電点勾配を作り出しているゲルであり、さまざまな等電点幅、サイズのものが市販されている。実験条件で等電点勾配が変わらず、比較的大量のタンパク質(1mg程度)を添加することができ、市販された状態で安定して使用できることから、二次元電気泳動法における等電分離のためにイモビラインゲルはもっともよく用いられている。

二次元電気泳動法のデータをもとにさまざまな種、臓器、組織、細胞、疾患についてデータベースが公開されている。残念ながら現存の二次元電気泳動データベースは医学生物学の実験にあまり使用されていないようである。その原因は、1)定量的データが登録されているデータベースが稀であること、2)対応するタンパク質の情報が登録されたタンパク質スポットの種類が少ないこと、3)臨床検体の場合は登録される症例数が少ないこと、4)共通のフォーマットが存在しないため実験データの統合がほぼ不可能であること、などが原因である。このような欠点を解決した新しいプロテオームデータベースとしてGeMDBJ Proteomicsを我々は構築しようとしている。


蛍光二次元電気泳動法

蛍光二次元電気泳動法 は、タンパク質をあらかじめ蛍光色素で標識してから二次元電気泳動法で分離する技術である。異なるタンパク質サンプルをそれぞれ異なる蛍光色素で標識し、混合した後で同一のゲルで二次元電気泳動法を行うことができる。電気泳動後のゲルをレーザースキャナーでスキャンすることによって、一枚のゲルから複数のタンパク質サンプルの二次元電気泳動画像を得ることができる。ゲルによる分離を基盤とするプロテオーム解析技術のもっとも大きな問題点はゲル間のばらつきであるが、蛍光二次元電気泳動法では複数のタンパク質サンプルを同一のゲルで泳動することでゲル間のばらつきを解消することができる。図2で蛍光二次元電気泳動法の基本的なプロトコールを示した。この方法では蛍光色素と同じ数のサンプルを一枚のゲルで解析することが可能である。

図2
図2 蛍光二次元電気泳動法の基本的プロトコール。複数のサンプルが異なる蛍光色素で標識され、混合され、同一のゲルで分離される。


蛍光色素の数よりも多い数のタンパク質サンプルを解析する場合には、プロトコールに工夫が必要である。実験に使用する複数のタンパク質サンプルから少量ずつ集めて混合したサンプルを作成し、これを内部標準サンプルとする。この内部標準サンプルはCy3で標識する。個別のタンパク質サンプルはCy5で標識する。両者を混合して同一のゲルで泳動する(図3)。泳動後のゲルをCy5用の波長でスキャンすれば個別のタンパク質サンプルの二次元電気泳動画像、Cy3用の波長でスキャンすれば内部標準サンプルの二次元電気泳動画像が得られる。Cy3用の波長でスキャンすることですべてのゲルから内部標準サンプルの二次元電気泳動画像を得ることができる。実験に用いられるタンパク質サンプルを全種類混合して作成したのが内部標準サンプルなので、内部標準サンプルの二次元電気泳動画像は、すべての個別タンパク質サンプルのタンパク質スポットを含んでいる。得られたCy5の濃度をCy3の濃度で補正することによって、ゲル間のばらつきを修正することができる。この方法を使えば、2種類の蛍光色素で何10、何100種類ものタンパク質サンプルを蛍光二次元電気泳動法の利点を活かして解析することが可能になる。すべてのゲルのすべてのタンパク質スポットに対して内部標準タンパク質を設定することは従来の二次元電気泳動法でできなかったことである。泳動前にタンパク質サンプルを標識するという単純なアイデアによってこのような実験が可能になった。

図3
図3 蛍光二次元電気泳動法によって多数のサンプルを調べるためのプロトコール。


蛍光二次元電気泳動法用の蛍光色素には、銀染色より圧倒的に感度の高いものを使用できる(CyDye DIGE Fluor saturation dye)。そのような蛍光色素を使用すると、わずか1μgのタンパク質で十分発現解析を行うことが可能である。レーザーマイクロダイセクションで得られるようなごく少数の細胞からでも二次元電気泳動を行うことができるので、がん研究にはたいへん適している。レーザーマイクロダイセクションで得られたサンプルをCyDye DIGE Fluor saturation dyeで標識して蛍光二次元電気泳動法を行うプロトコールは本プロジェクトで開発され、今では世界各国で使用されている(詳細)。レーザーマイクロダイセクションからのプロテオーム解析をルーチンに行うことが可能な技術として2D-DIGE法は希有な存在である。

図4
図4 超高感度の蛍光色素(CyDye DIGE Fluor saturation dye)を使ったアプリケーション。レーザーマイクロダイセクションで回収された細胞から抽出したタンパク質を標識して二次元電気泳動で分離する(Kondo et al, Proteomics 2003


蛍光色素で標識されたタンパク質を分離する目的では大型の電気泳動装置を使用する。二次元電気泳動の画像の解像度はゲル面積に比例するため、大きなゲルを使用すればそれだけ精度の高いデータを得ることができる。小さなゲルだと分離できなかったようなスポットが分離できるようになったり、大きなスポットの陰に隠れてみえなかったりしたスポットがみえるようになる。画像解析ソフトウェアを使ってスポット濃度を計測する際に、小さなゲルだと分離がわるいためにソフトウェアが誤認識するようなスポットが再現性よく認識されるようになる。

図5 大型二次元電気泳動装置
図5 大型二次元電気泳動装置。一次元目は24cmのイモビラインゲルを使用し、二次元目は泳動距離36cmのSDS-PAGEゲルを使用する。グラジエントゲル作成装置と冷却式二連電気泳動装置(バイオクラフト社)。ガラス板のサイズは後述するレーザースキャナーの最大スキャン面積に合わせている(Kondo et al, Nature Protocols 2006


電気泳動後にゲルを染色する必要がないことも蛍光二次元電気泳動法の大きな長所である。二次元電気泳動法でよく用いられる銀染色法は簡便とは言い難く、多量の精製水を必要とする。毎日何十枚というゲルを銀染色し続けることはたいへんな労力と場所を必要とする。クマシー染色は簡単だが感度が低く網羅的な発現解析には使用し難い。蛍光二次元電気泳動法ではレーザースキャナーを使用すれば1時間以内に画像を取得できる。本プロジェクトでは複数のレーザースキャナーを使用し、年間2000枚もの巨大ゲルを泳動している。最近の例を上げると、肺がんのプロテオーム解析の目的で一人のリサーチレジデントが4ヶ月弱で上述の大型ゲルを860枚ほど泳動した。スループット性としてはこれで十分であると考えている。

図6
図6 複数のレーザースキャナーを並列に使用することでハイスループットなプロテオーム解析が可能になる(Kondo et al, Nature Protocols 2006。本プロジェクトでは6台のレーザースキャナーを使用している。


蛍光二次元電気泳動法で得られた画像は市販の画像解析ソフトウェアを用いて解析する。DeCyderやProgenesis SameSpotsを使用する。上述のCy5濃度のCy3濃度での補正はすべてのタンパク質スポットに対して自動的に行われる。画像解析ソフトウェアの進歩は著しく、しかもこの数年間で価格は劇的に下がっている。得られたタンパク質スポットの濃度(タンパク質発現情報)は臨床病理情報と関連づけて解析することが必要だが、市販の画像解析ソフトウェアでは必要十分な解析機能をもっていないことが多いことから、スポットの濃度情報はXMLファイルとして画像解析ソフトウェアから外に出し、Expressionistなどのソフトウェアを使用して解析する。本プロジェクトではインフォコム株式会社と共同で、蛍光二次元電気泳動法のデータを解析するためのソフトウェアを開発している(ProteoMiningSuite)。画像解析ソフトの進歩は目覚ましく、価格も年々安くなっている。

興味深いタンパク質スポットが同定された後は質量分析装置を用いて対応するタンパク質を決定する。ゲル中のタンパク質をトリプシン処理することでペプチド化して抽出する(in-gel digestion法)。本プロジェクトではこの方法を徹底的に最適化して使っており、タンパク質同定はたいていのスポットについて成功している(Kondo et al, Nature Protocols 2006)。よいデータを得るためにはサンプル調整に加え質量分析装置の調整にも気配りが必要である。3日ごと、2週間ごとと作業内容を決めて定期的に洗浄することでよいデータを得ることができる。In-gel digestion法の最適化と質量分析装置の整備によってタンパク質同定の感度は100倍以上向上する。研究室の環境整備も重要で、ケラチンなどのコンタミを防ぐには専用のクリーンルームの設置や実験室の定期的な清掃がポイントだと考えている。

図7
図7 タンパク質同定実験の流れ(Kondo et al, Nature Protocols 2006


蛍光二次元電気泳動法に関連する実験技術

蛍光二次元電気泳動法はさまざまな実験技術と組み合わせたプロテオーム解析が可能である。本プロジェクトでは血漿プロテオーム解析の目的では血漿・血清タンパク質を液体クロマトグラフィーで分画してから蛍光二次元電気泳動法で分離している。この手法を肺がん膵がんに応用したくさんの血漿タンパク質を同定した。液体クロマトグラフィーと二次元電気泳動法は相性がよいことから、同様の手法を用いて特定のタンパク質を分画してから解析することは一般に効果的である。