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肉腫の培養細胞の現状

1.培養細胞とは

実験環境で成育させている細胞を「培養細胞」と呼んでいます。生体から取り出した腫瘍組織からがん細胞を分離し、をさまざまな栄養成分を含む培養液に浸し、プラスチック容器の中で手当てすることで、がん細胞は長期間にわたって増殖できるようになります。腫瘍組織から単離されて日が浅い培養細胞のことを「初代培養細胞」と呼んでいます。初代培養細胞は、安定して増殖する段階には至っていませんが、生体内でのがん細胞の性格を比較的よく保っていると考えられています。一方、初代培養細胞を維持しているうちに、長期間にわたって安定して増殖するがん細胞を得ることがあります。そのような細胞のことを「細胞株」と呼んでいます。初代培養細胞も細胞株も、それぞれを必要とする研究テーマがあり、がん研究の分野では過去数十年にわたって多くの研究で用いられてきました。いったん順調に増殖できるようになったがん細胞は、超低温で凍結保存し、必要に応じて目覚めさせて使用することができます。研究者が樹立した培養細胞は、世界中にある「細胞バンク」に保管され、研究者のリクエストに応じて配布され使用されています。培養細胞を用いた研究環境は、多くの研究者と公的機関のサポートによって構築・運用されてきました。

2.培養細胞はがん研究に必須のツール

培養細胞は疾患の分子背景の解析や新しい治療法の開発に必須のツールとして長年用いられてきました。生体から取り出したがん細胞を実験環境で成育させることで、さまざまな遺伝子の発現を調整したり、いろいろな薬剤を投与したりするなどしたときのがん細胞の反応を調べることができます。生体内のがん細胞において、特定の遺伝子を欠損させたり過剰発現させたりするのはたいへんですが、培養細胞であれば比較的簡単にできます。また、薬剤を投与する実験についても、培養細胞を用いることで労力やコストを抑えることができます。動物実験でなければ得難い情報は多く、培養細胞で得られたデータをいずれは実験動物で確認することが往々にありますが、実験の詳細な条件検討や初期のスクリーニングにおいて、培養細胞はより簡便な実験モデルとして用いられています。過去数十年にわたり、がんの発生や進展、新しい抗がん剤の開発において、培養細胞はなくてはならないツールとして用いられてきました。がん細胞を実験環境で成育させるという技術がなければ現代の医学生物学はなかったと言っても過言ではないでしょう。

3.培養細胞を作る立場から

さまざまな種類のがんから数多くの培養細胞が樹立されてきました。しかしながら、生体内で増殖しているがん細胞を実験環境で成育させることは、容易いことではありません。がん細胞は無限に増殖すると考えられていますが、実験環境ではがん細胞が無限に増えることは寧ろ例外的であり、ほとんどのがん細胞は数十回ほど分裂したところでそれ以上は増えなくなります。実験環境があまりにも人工的であることに加え、生体内であっても多くのがん細胞は無限には増殖しないのかもしれません。ごく少数のがん細胞が無限の増殖能を示し実験に使用できるようになるのですが、なぜ一部のがん細胞が無限に増殖するようになるのか、その分子背景は未だ不明です。培養細胞を樹立するためのさまざまな方法が開発されてきました。特定の遺伝子の導入、化学発がん剤の処理、放射線の照射によって、細胞を無限に増殖させることができます。しかし、どのがん細胞にも使える万能の方法というのは未だ確立されておらず、細胞のタイプによって今までの方法を組み合わせたり新しい方法を試したりしているというのが現状です。

4.希少がんの培養細胞の現状

「希少がん」とは「年発生数が人口10万人あたり6例未満の悪性腫瘍」と定義されています(Surveillance of Rare Cancers in Europe)。すなわち、希少がんは発生頻度によって定義される疾患群であり、希少がんに定義される悪性腫瘍は実に数100種類におよびます。個々の希少がんの数は10万人あたり6例未満と、たいへんすくないのですが、希少がんと診断される患者さんの数は全体では膨大な数に及びます(希少がんは希少ではない)。したがって、がんの医療を考えるうえで希少がんの問題は無視できません。また、個々の希少がんの症例数が少ないことに起因する診療や受療上の課題が希少がんには存在することから(希少がん研究分野)、希少がんには特別な対応が必要です。
 

希少がんの研究のおいては、新しい培養細胞の樹立が求められています。それは、希少がんの培養細胞がとても少ないからです。たとえば、代表的な希少がんである肉腫を例にとってみましょう。表1は世界中の細胞バンクに保管されている肉腫培養細胞の一覧です(文献)。

表1 細胞バンクに保管されている肉腫培養細胞の現状(国内2施設、海外5施設)

 

組織型

細胞株の種類(数)

1

Osteosarcoma

41

2

Rhabdomyosarcoma

13

3

Fibrosarcoma

12

4

Ewing's sarcoma

9

5

Leiomyosarocma

7

6

Chondrosarcoma

5

7

Uterine sarcoma

5

8

Liposarcoma

4

9

Epithelioid   sarcoma

4

10

Giant cell   sarcoma

4

11

Chordoma

3

12

Synovial sarcoma

2

13

Angiosarcoma

2

14

Malignant   peripheral nerve sheath tumor

2

15

Dermatofibrosarcoma   protuberants

2

16

Malignant fibrous   histiocytoma

1

17

Clear cell   sarcoma

1

18

Small round cell   sarcoma

1

19

Spindle cell   sarcoma

1

20

Pagetoid sarcoma

1

21

Reticulum cell   sarcoma

 

 

 

121

 

肉腫には100種類以上の組織型が存在し、それぞれが独特の分子背景を有しています。そして、臨床的には組織型によって治療選択が行われています。新しい治療法の開発においても、組織型による層別化は重要です。一方、肉腫の組織型が100種類以上あるのに対し、細胞バンクから入手できる肉腫培養細胞の組織型はわずか21種類にすぎません。肉腫研究においては、臨床医や病理医の協力により臨床検体を用いた研究についてはさまざまな組織型が調べられてきました。腫瘍組織を用いた網羅的解析により、治療選択に有用なバイオマーカーや新しい治療標的の候補が同定されています。バイオバンクにもさまざまな種類の肉腫が保管されており、これからも臨床検体を用いた解析は進められていくでしょう。しかしながら、培養細胞として得られる組織型が限られていることから、肉腫研究で見いだされた遺伝子の機能解析は、培養細胞が得られるごく一部の肉腫についてしか行うことができません。また、新しい薬を用いた治療法の開発も、培養細胞が得難いことから滞りがちです。培養細胞が得難いという問題は肉腫に限ったことではなく、あらゆる希少がんについて当てはまります。
 

このように、研究基盤が脆弱であることが、希少がんの研究および新しい治療法の開発が進みにくいことの原因となっています。そこで、この現状を改善するために、我々は希少がんのPDX(Patient-Derived Xenograft)、初代培養細胞、培養細胞株の樹立を行っています。