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がん研究におけるプロテオーム解析

がん研究におけるプロテオーム解析の意義

がんは遺伝子の疾患であり、ゲノムの広範囲にわたって生じた遺伝子の異常によって正常細胞はがん細胞になります(図1)。ゲノムの異常は最終的には機能的な異常としてがんの臨床病理学的特性を決定するので、ゲノムの異常に基づいたがんの分類は臨床的な特性を反映します。しかし、ゲノムの異常はかならずしもmRNAやタンパク質の異常に反映されてはいないようにみえます。たとえば、DNAのコピー数の異常やメチル化の異常は常にmRNAの発現に影響しているわけではありません。また、mRNAとタンパク質の発現量が相関しないことが多くの論文で報告されています。さらに、翻訳後修飾、活性・機能、細胞・組織の中での局在、形成する複合体などのタンパク質の特性をゲノムの情報から完全に予測することは現在のところできません。一方で、このようなタンパク質の特性に関する異常とがんの悪性度との関係は多数報告されています。つまり、ゲノムに蓄えられた情報の機能的な解釈のためにはプロテオームの情報は必須であり、がん細胞においてゲノムの異常がどのように細胞の形質に反映されているかを知るためにもプロテオーム解析は重要です。

ゲノムの情報
図1 ゲノムの情報は、mRNA、タンパク質へと翻訳され、最終的に細胞の形質を支配しています。プロテオームは細胞の形質のすぐ背景にある分子集団であり、プロテオーム解析はゲノム情報の機能的な解釈やがん研究に有用です。

がんのプロテオーム解析では、できるだけ多くのタンパク質の状態を調べ、異常を来たしたタンパク質が相互にどのように関わりあってがんの発生や進展に関与しているのかを解明します。がんの予防、診断、治療に貢献することが、がんのプロテオーム解析の最終目標です。

がんのプロテオーム解析の流れ
図2 がんのプロテオーム解析の流れ。がんの本態解明と治療成績の向上を目指した研究を行います。

がん研究におけるプロテオーム解析の現状

ヒトゲノム計画の成果と従来からあるさまざまな実験技術の飛躍的な進歩によって、今までとは比較にならないほど多くのタンパク質を調べることが現実的になりました。がん研究におけるプロテオーム解析では、(1)がんの発生・進展の分子メカニズムの解明、(2)治療標的の探索、(3)バイオマーカー開発、が主な研究テーマですプロテオーム解析の技術としては、二次元電気泳動法、質量分析、タンパク質(抗体)アレイ、液体クロマトグラフィーなどが普及しています。いずれの技術もそれぞれに長所短所、向き不向きがあり、どれか一つが他と比べて絶対的に優れているということはありません。研究の目的や研究環境に応じて使い分けたり組み合わせたりして使用されています。

試料調整のための技術がプロテオーム解析では重要です。タンパク質は分解されやすいため、再現性よくサンプリングするための工夫が必要である。また、腫瘍組織はさまざまな細胞を含むため、特定の細胞を選択的に回収するレーザーマイクロダイセクションの技術がプロテオーム解析では使われています。さらに、ごく少量のタンパク質を観察するための超高感度の蛍光色素や、定量的比較解析のためのアイソトープ試薬なども使われています。それぞれについて各社さまざまな製品を販売しており、どれをどのように組み合わせるとどのようなデータが出るのかということについて多くの検討がなされてきました。どれか一つの方法が圧倒的に優れているということはなく、研究目的に応じて使い分けられています。 

がん研究におけるプロテオーム解析の展望

がん研究では、プロテオーム解析はかなり普及しています。技術開発は依然として継続していますが、たとえば、得られた研究成果をどのように臨床応用していくかが次の課題だと考えられています。たとえば、バイオマーカー開発においては、プロテオーム解析で候補タンパク質を同定することは比較的簡単にできるようになりました。バイオマーカー候補の同定に続いてたくさんの症例で統計的、機能的、臨床的検証を行ったり、臨床検査で使用可能なかたちで実用化したりすることが、次の課題です。研究開発の当初から実用化をあらかじめ念頭に置いて戦略を立て、実用化のための機器や抗体を開発したり、実用化にあたっての事業的側面を検討したりする必要があります。すなわち、プロテオーム解析そのものよりも、バイオマーカー開発に向けた研究体制が重要です。

プロテオーム解析によって発現しているタンパク質の全体像を理解することが理想的です。しかしながら、現状ではプロテオーム解析で観察できるタンパク質は、プロテオーム全体のごく一部にすぎません。バイオマーカー開発のような応用研究と並行して既存の技術の革新的な発展や根本的に新しい技術の創造を目指した基礎研究も当分は継続する必要があります。技術の開発においては、その技術がどのように使われるのかを常に念頭においていただきたいものです。

ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームを統合的に解析する「統合的オーム解析」が行われています。異なるオミクスデータをどのように統合するかについては、まだまだ研究が必要です。オミクスデータの最終産物としての臨床病理情報を解析に取り入れることで疾患の背景にあるメカニズムの解明、創薬ターゲットの同定、バイオマーカーの開発などが促進されると考えられます。