がん医療における自殺対策の手引き 2025年度版
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  7はないか? ” という当初の疑問に答えるには不十分である。なぜなら自殺という事象には、精神医学的背景のみならず、個別の心理特性や経験、社会背景、文化、環境などさまざまな要因が影響して発生することがすでに知られており、うつ病、痛みなど一つ一つの要因からのアプローチでは多要因全体の関連を見ることができないからである。これらの要因がどのように関連しているのか明らかにするためには、自殺という事象をエンドポイントとしたコホートが必要だが、比較的まれな事象である自殺をエンドポイントにするには相当な大規模の集団が必要であり調査が非常に困難であった。しかし、2016年からがん登録等の推進に関する法律に基づく全国がん登録が開始されたことにより、すべての病院および都道府県に指定された診療所から悉皆的に収集された国内のがん患者データを用いて「人口動態統計」による自殺の死亡数と比較できるようになった。ここで初めて “ がんを伝えたら絶望して自殺してしまうのではないか? ” という疑問に、“ がん患者の自殺は一般人口と比べ有意に多いため、がんを伝えたうえで患者をいかに支えていくかを考える時代においては、注目して対策をとるべき問題である ” と回答できたと言える。これまで構築されてきたがん患者の精神心理支援体制や、サイコオンコロジストの役割に自殺予防が改めて明確に加わった。2022年に改訂された「がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針」では、指定要件の一つとして「がん患者の自殺リスクに対し、院内で統一したフローを使用し、対応方法や関係機関との連携を明確化すること」が明記され、具体的な取り組みが進んでいる。このようにがん患者の自殺に関する研究環境が整いつつあるとはいえ、まだ端緒についたばかりである。今後、自殺をエンドポイントとした長期予後や関連要因を明らかにする研究、個別の事例を詳細に検討する研究、個別の要因の自殺への関連を明らかにする研究などを通じ、戦略的に自殺予防に取り組む方法を検討し、さらにその効果を検証していく必要がある。自殺対策基本法に基づき策定され2017年に見直しが閣議決定された自殺総合対策大綱では、がん患者の自殺対策が重点課題のひとつとして位置付けられ、2017年10月に閣議決定された「第3期がん対策推進基本計画」では、初めて「がん患者の自殺」という課題が取り上げられた。こうした背景のもと、がん医療における自殺や自殺対策に関連する国内外の知見を整理し、医療従事者への注意喚起を目的として2019年度版の『がん患者の自殺対策の手引き』(初版)を2020年3月に発刊した。今回の改訂版は発刊から5年を迎え、全国がん登録情報の利活用が進み、国内におけるがん患者の自殺実態調査をもとにした新たな知見を加え、現時点で最善と思われる対策を記載し改訂したものである。本手引きが、がん診療現場における自殺予防対策を着実に推進するための実践的な指針となることを願っている。日本サイコオンコロジー学会 代表理事がん・感染症センター 都立駒込病院 部長秋月 伸哉

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