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国立がん研究センター

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肺小細胞がんや悪性リンパ腫などでみられるCBP遺伝子変異について合成致死に基づく新しいがん治療標的を発見

2015年12月09日
国立研究開発法人国立がん研究センター

本研究成果のポイント

肺小細胞がんや悪性リンパ腫など様々ながんで変異がみられるCBP遺伝子(別名CREBBP遺伝子)について、「合成致死」の関係性に基づいた新たな治療手法を見出した

  • CBP遺伝子とp300遺伝子は、その両方の機能が失われると細胞は生きていけないという「合成致死」の関係にあることを発見し、そのメカニズムを解明
  • p300タンパク質の機能を阻害する薬剤を用いることで、CBP変異がん細胞を効率よく細胞死に導くことができる

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:堀田知光、東京都中央区、略称:国がん)は、肺がんの中でも悪性度が高い肺小細胞がんや悪性リンパ腫など様々ながんで不活性化変異がみられるCBP遺伝子について、p300遺伝子と相互に補い合い機能する関係があり、両方の遺伝子が機能しなくなるとがん細胞が死滅する「合成致死」の関係にあることを発見し、そのメカニズムを解明しました。これにより、CBP遺伝子変異を認めるがんに対して、p300遺伝子を標的に機能を阻害することで特異的にがん細胞を殺傷する治療手法が見出され、今後、新しい抗がん剤創出に向け研究開発が進められます。

本研究成果は、国立がん研究センター研究所 ゲノム生物学研究分野(河野隆志分野長、荻原秀明研究員)と、同研究所と包括的研究提携契約を締結している第一三共株式会社(代表取締役社長:中山 讓治、東京都中央区)との共同研究および文部科学省研究費新学術領域研究の支援等によるもので、米国がん学会科学雑誌「Cancer Discovery」に発表しました。

「合成致死」の理論に基づいた治療法

がんで見つかる遺伝子の変異には、肺がんに見られるEGFR遺伝子やALK遺伝子などのように活性化をもたらすタイプと、遺伝性の乳がんや卵巣がんに見られるBRCA1、BRCA2遺伝子や今回のCBP遺伝子のように活性を失わせるタイプが存在します。活性化する場合は、その遺伝子を標的に機能を阻害する治療を行いますが、不活性化する場合はその遺伝子自体を標的にすることができません。しかし、不活性化した遺伝子とパートナーの関係で機能を補助する遺伝子が存在する場合があり、このパートナーの遺伝子を阻害すると細胞が致死する現象を「合成致死」といいます。BRCA1, BRCA2遺伝子の不活性化変異を持つ乳がんや卵巣がんでは、PARP1タンパク質の阻害薬が治療効果を示すことが代表例です。「合成致死」は新しいアプローチの治療方法として大きく期待されています。

がんの個別化治療に役立つ遺伝子の研究

p300阻害薬を用いたCBP変異がんの治療法の提案

背景

がん細胞に起きている遺伝子異常を標的とした抗がん剤治療は、他の抗がん剤治療と比べてがんへの選択性が高く、効果の高い治療法として期待されています。これまでの治療標的としては、タンパク質をリン酸化するキナーゼ遺伝子の活性化をもたらす遺伝子異常が代表的であり、国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野でも、肺がんにおいてRET遺伝子の活性化をもたらす異常を同定しました。そして現在、先端医療開発センターにおいてRETキナーゼの阻害薬を用いた臨床試験が行われています。

しかしながら、キナーゼがん遺伝子の活性化変異が陽性のがんを持つ患者さんは一部であることから、より多くの患者さんに効果的な抗がん剤治療を受けて頂くには、キナーゼ以外のがん遺伝子の異常を標的とした治療法を開発する必要があります。そこで、同分野と第一三共株式会社の研究グループは、染色体構造や遺伝子の発現を制御するCBP遺伝子の変異に着目し、CBP遺伝子変異を持つがん細胞を効率よく殺傷する治療法を同定しました。

また、肺がんにはいくつかタイプ(組織型)があり、前述RET遺伝子の異常が見られる肺腺がんのほか、肺扁平上皮がん、肺小細胞がんが代表的なものです。肺小細胞がんはもっとも悪性度が高く、また、キナーゼがん遺伝子の活性化変異が稀にしか生じません。CBP遺伝子は、その肺小細胞がんの15%に変異が見られることで注目を集めています。

本研究成果の概要

本研究成果の概要 図

CBP遺伝子が変異したがん細胞は、正常細胞と比べて、p300タンパク質の必要性が高まっています。これは、CBPタンパク質とp300タンパク質が、細胞内でお互いに補い合いながら働いているため、CBPタンパク質が異常となったがん細胞では、p300タンパク質の機能が生存に必要なためであると考えられます。今回の結果ではCBPタンパク質とp300タンパク質の両方が無くなると、細胞の生存に必要なMYCタンパク質の発現が無くなってしまうことが細胞死の原因であるがことを突き止めました。

CBPタンパク質とp300タンパク質は、染色体を構成するヒストンタンパク質をアセチル化する酵素であり、このアセチル化は、がん細胞を含めたすべての細胞が生きていくために必要な反応です。そこで、p300タンパク質の機能を阻害する薬剤を用いることで、CBP変異がん細胞を効率よく細胞死に導くことができると考えます。つまり、p300タンパク質の機能を阻害する薬剤 (p300特異的阻害剤)が抗がん剤の候補となります。

今回の治療法の提案は、CBP遺伝子とp300遺伝子が、その両方が失われると細胞は生きていけないという「合成致死」の関係に基づいています。同分野ではこれまでも、肺腺がんに対して別の染色体制御遺伝子であるBRG1/SMARCA4について、合成致死に基づく治療法を見出し、抗がん剤の開発を進めています(参考論文1-2)。

今後の展望

今回の結果は、肺小細胞がんなど、新たな治療法の開発が望まれている難治がんに対する新たな治療法の開発のスタートとなるものです。現時点ではCBP遺伝子変異をもつがんを診断する手法やp300タンパク質の活性を特異的に抑えることのできる抗がん剤は存在していません。しかし、すでに国立がん研究センターでは、CBP変異をもつがん患者さんのために治療法を確立するために、CBP遺伝子変異がんの診断法やp300タンパク質の活性を抑える有効な抗がん剤の開発を目指してさらなる研究を進めています。

発表論文

  • 雑誌名:Cancer Discovery (Published Online on November 24, 2015)
  • タイトル:Targeting p300 addiction in CBP-deficient cancers causes synthetic lethality via apoptotic cell death due to abrogation of MYC expression
  • 著者:Hideaki Ogiwara, Mariko Sasaki, Takafumi Mitachi, Takahiro Oike, Saito Higuchi, Yuichi Tominaga, Takashi Kohno
  • DOI:10.1158/2159-8290.CD-15-0754

参考論文

  1. Oike T, Ogiwara H, Tominaga Y…Kohno T. A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1. Cancer Res. 2013; 73(17): 5508-18. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-12-4593.
  2. Oike T, Ogiwara H, Nakano T, Kohno T. Proposal for a synthetic lethality therapy using the paralog dependence of cancer cells--response. Cancer Res. 2014 Sep 1;74(17):4948-9. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-14-0674.

プレスリリース

  • 肺小細胞がんや悪性リンパ腫など合成致死に基づく新しいがん治療標的を発見

関連ファイルをご覧ください。

報道関係からのお問い合わせ先

  • 国立研究開発法人国立がん研究センター
    郵便番号:104-0045 東京都中央区築地5-1-1
    研究所 ゲノム生物学研究分野 分野長 河野隆志(こうの たかし)
    電話番号:03-3542-2511
    Eメール: tkkohno●ncc.go.jp(●を@に置き換えください)
  • 企画戦略局 広報企画室
    電話番号:03-3542-2511(代表)
    ファクス番号:03-3542-2545
    Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp(●を@に置き換えください)

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