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がんによって教育された体内環境を一斉に修正しうるがん根治療法の開発

がん組織は、がん細胞だけでなく、血管系、間質系、免疫系など多様な細胞集団で構成されています。

つまり、がん細胞の性質や能力は、それ自身の変異や増幅、欠失などの遺伝子や形質の変化だけではなく、それら周囲の様々な細胞によって外部修飾を受け、それらの細胞群もまたがん細胞との相互作用によって影響を受けて、その分だけさらにがん細胞は修飾されていると考えられます。

さらに、患者さん個々人に依る体質や生活習慣、治療などの違いが加わることで、がん細胞の生物学的特性はより一層多様化し、がん進展を支持するこの負の連鎖反応によって体内環境はますます複雑化して、がんは治療による攻撃から逃避していると考えられます。

私達は、このような難治性のがんでも効果的に治療することを目的に、がん側または宿主側どちらか一方にのみ焦点を当てられがちであった従来のがん研究とは異なり、“がん細胞の生物学的特性を対宿主的観点から解析する”という独自の研究戦略で、がんに対する新しい予防法や治療法の研究開発に長年の間取り組んできました。

遺伝子、タンパク、細胞、動物、ヒトと、基礎から臨床まで一貫した『Translational Research (橋渡し研究)』を展開することで、がんの難治性を形成する複雑な分子・細胞ネットワーク分子機構を解明し、がんの進展を支持する負の連鎖反応を根元から断ち切れる画期的ながん治療法の開発を目指しています。「(AMED工藤班研究プロジェクト)」

がん幹細胞を効果的に排除する新規がん治療法の研究開発

私達はこれまで、がん細胞が高い浸潤・転移性や幹細胞性を獲得する際に生じる『上皮間葉転換(Epithelial-to-Mesenchymal Transition, EMT)』に焦点を当て、EMTを生じたがん細胞が生体内環境に与える影響について網羅的に解析してきました。

その結果、がん細胞がEMTを生じることで、自らの悪性形質を亢進させるだけでなく、周囲のがん細胞にも作用してEMTを誘導し、がん微小環境からがん幹細胞 (Cancer Stem Cell, CSC)の住処とされる骨髄ニッチへ移動するための指向性を賦与するという分子機序を同定しました (Cancer Research 2013)。

がん細胞同士がお互いにその能力を高め合って難治性を形成・維持していることが示唆されます。私達は、このCSC増幅機構を崩すための治療法を研究中で、将来的には、生体内からCSCさえ排除し得るがん根治療法を開発していきたいと考えています。

免疫抑制・不全を効果的に解除する新規がん治療法の研究開発

最近、免疫系を抑制性に傾けてしまう『免疫チェックポイント』を制御する分子群の機能を阻害する治療薬が世界中で多数開発されています。

臨床治療においても高い治療成績が報告されており、免疫抑制を解除することの意義が再認識されていますが、その一方で、有効性が見られる患者は一部に限定されているのが現状です。

私達は、EMT研究を通じて、CSC様の難治性がん細胞は、自らの増殖や転移に有利に働くように免疫系を積極的に編集する分子機序を同定し、がん転移と免疫抑制が密接な関係にあることを世界で初めて提唱しました (Cancer Cell 2009, Clin Exp Met 2013, Cancer Research 2013, 2014)。

現在、このがん進展を支持する免疫ネットワーク機構の中でも要となる特定分子を標的とした阻害治療薬を企業と共同で開発中です。患者体内の免疫環境を適切かつ最大限に改善できる治療法として確立することを目指しており、その実用化を早期に実現するため、大規模な臨床解析を進めようとしています。

がん関連間葉系幹細胞を標的にした革新的ながん治療法の研究開発

私達は、EMT/免疫に関する研究を通じて、難治性のがん細胞が誘導する免疫抑制・不全機構において中心的役割を果たすエフェクター細胞として、従来注目されてきた制御性T細胞 (Regulatory T cell, Treg)や単球系抑制性細胞 (Monocyte-Derived Suppressor Cell, MDSC)を上流で誘導するユニークな間葉系幹細胞 (Mesenchymal Stem Cell, MSC)を同定しました (Cancer Research 2013, 2014, Frontiers Cell and Dev Biol 2015)。

このMSCは、正常なMSCが有す自己増殖能や多分化能などの幹細胞性や免疫抑制誘導活性に加えて、がん細胞に高い増殖性、転移性、治療抵抗性などを付与し、自らも高率にがん化することも分かっています。

MSCは、がん進展を支持する間質を構成する線維芽細胞 (cancer-associated fibroblast, CAF)や血管細胞にも分化することから、「がん」「間質」「免疫」の三者間を繋ぐがん進展支持生体環境ネットワークの重鎮と言えますが、がん研究分野では、MSC自身についての研究はあまり進んでいません。

そこで、私達は、がん関連MSCの遺伝学的・生物学的特性を分子レベルで明らかにすることに挑んでおり、将来的には、その弱点を突いてがんによって構築される“三角関係”を崩壊し得る革新的ながん治療法を開発していくつもりです。

がんの発症を招く根本的要因の究明に基づく新規がん治療法の研究開発

私達は、EMT/MSCに関する研究を通じて、がん関連MSCに酷似したMSCが、がんではない病態の状況下でも増加してくること、しかも、その個体にがんを移植すると、様々な治療が奏功しないことを動物実験で明らかにしています。

生活環境における多様な要因(加齢、生活習慣病など)が、がんの発症と関連することが示唆されていますが、その詳細な分子機構については未だ不明です。

そこで、私達は、がんだけでなく様々な疾患との関係性を科学的に明らかにすることで、個々人の体内環境の変化や状態とリンクする分子機構を見出すことに挑んでいます。将来的には、初期段階で発がんを予防・治療できる画期的な方法を開発していきたいと考えています。