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遺伝子変異に基づく合成致死性を利用したがん治療法の開発(ゲノム生物学研究分野)

このプロジェクトは、がんにおける遺伝子失活変異に着目した、がん個別化治療法の確立を目指した創薬開発研究です。

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1-2 クロマチン制御関連遺伝子失活がんにおける合成致死治療法の開発

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近年の急速なゲノムシークエンス技術の発展により、それぞれのがん患者についてがん細胞のゲノムを解読することが可能になっています。これからは、個々のがん細胞の遺伝子異常を把握することで、それぞれのがん患者に対する個別化医療を進めていくことが重要と考えます。肺がん細胞でみられるEGFR遺伝子変異やALK遺伝子融合、RET遺伝子融合は、キナーゼタンパク質の活性化をもたらし、がん細胞の増殖の鍵となっています。活性化したがん遺伝子産物(タンパク質)に対しては、そのタンパク質の阻害剤を用いることで、遺伝子異常を持つがん細胞の増殖を特異的に抑えることができます。実際に、肺がん組織のゲノムDNAを調べ、EGFR遺伝子変異やALK遺伝子融合が検出された場合には、それらの阻害剤による治療が行われます。


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  一方で、がんで見つかる遺伝子異常は、活性化をもたらすものばかりではなく、逆に活性を失わせるものもあります。遺伝性の乳がんや卵巣がんで見られるBRCA1やBRCA2遺伝子の異常(変異や欠失)では、その遺伝子の機能が失われることにより、がん化に寄与していると考えられます。このような失活した遺伝子に対しては、その遺伝子自体を阻害する治療はできません。しかし、ヒトの細胞というのは、細胞の増殖のために様々な遺伝子同士のバックアップ機能が備わっています。そのようながんで、バックアップする遺伝子の機能を阻害することができれば、がん細胞の増殖を抑えることができます。例えば、BRCA1やBRCA2遺伝子に変異のあるがん細胞に対しては、PARP阻害剤によってPARP1遺伝子の機能を阻害することで、がん細胞の増殖を抑えることができます。このようなある遺伝子Aが変異したがん細胞に対して、遺伝子Bを阻害すれば細胞が致死となる現象を合成致死といいます。がんの遺伝子異常に基づいた合成致死遺伝子を標的とした分子標的治療は、正常細胞への影響が少なく、がん細胞の増殖を特異的に抑制することが期待できるため、新しいがん治療法として脚光を浴びています。


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私たちは、肺がんにおいてクロマチン制御関連遺伝子であるBRG1、CBP、ARID1Aが高頻度に変異していることを明らかにしてきました。また、近年の高速シークエンサーによるゲノム網羅的な解析により、様々ながんにおいて、BRG1、CBP、ARID1A以外のクロマチン制御関連遺伝子にも高頻度で失活変異していることが分かってきました。すなわち、これらのクロマチン制御関連遺伝子はがん抑制遺伝子であると考えられます。そこで私たちは、これらのクロマチン制御関連遺伝子と合成致死となる遺伝子を探索しています。このような合成致死遺伝子が見つけることで、がんでクロマチン制御関連遺伝子に高頻度で変異しているがんに対して、その合成致死遺伝子を標的とした”合成致死治療法“の個別化医療としての臨床応用を目指しています。

1 BRG1変異がんを対象とした合成致死治療法の開発

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  私たちは、肺がんなどの約10%の患者で変異しているBRG1遺伝子に着目しました。BRG1は、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体に含まれるサブユニットの一つです。SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体は、BRG1を含む複合体と、BRG1がBRMに入れ替わった別の複合体が存在します。BRG1変異がんにおける治療標的を探索するために、BRG1との合成致死遺伝子を探索した結果、BRG1の合成致死遺伝子としてBRMを同定しました。BRG1の発現が消失している肺がん細胞にBRMを抑制すると、細胞老化を誘導し、がん細胞の増殖を抑えることができることがわかりました。また、マウスへの移植腫瘍の増殖も抑えることができることを見出しました。この時、BRG1が正常な細胞にBRMを抑制しても細胞増殖には影響がないことから、BRMの阻害剤を治療に使った際に副作用が少ない可能性も示唆されました。これらのことから、BRG1変異がんでは、BRG1を含む複合体が機能できなくなりますが、BRMを含む複合体がBRG1を含む複合体の機能を補っていることが考えられます。しかし、BRMを抑制することによって、BRMを含む複合体が機能できなくなることで、BRG1およびBRMをそれぞれ含む複合体がどちらも機能できなくなります。すなわち、BRG1欠損がんにおいてBRMを抑制するとSWI/SNF複合体全体が機能できなくなることで合成致死となることが考えられました。

103例の肺がん患者のBRG1の発現を調べたところ、約10%の肺がん患者で発現が消失・減少していることがわかりました。さらにEGFR変異やALK融合がないため、分子標的治療の対象にはならないがんの中に、BRG1の発現が消失しているがんが集中しています。つまり、BRG1の発現が消失しているがんを持つ患者さんに対してBRM阻害剤を用いた新しい分子標的治療が有効かもしれません。現在、その治療を実現すべく製薬企業と共同研究でBRM阻害剤を開発しています。

Oike T, Ogiwara H, Tominaga Y, Ito K, Ando O, Tsuta K, Mizukami T, Shimada Y, Isomura H, Komachi M, Furuta K, Watanabe S, Nakano T, Yokota J, Kohno T.
A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1. Cancer Res. 2013 73:5508-5518.[PubMed](外部リンク)

2 CBP変異がんを対象とした合成致死治療法の開発

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 私たちは、肺がんやリンパ腫などの様々ながんで高頻度に機能喪失型の遺伝子異常があるCBP(CREBBP)遺伝子に着目しました。CBPは、ヒストンをアセチル化することでクロマチン機構を緩ませる働きによって、転写やDNA修復を促進する機能があります。CBP変異がんを対象とした治療標的を探索するために、網羅的siRNAスクリーニングによるCBPとの合成致死遺伝子を探索した結果、CBPの合成致死遺伝子としてp300を同定しました。CRISPR/Cas9システムによるゲノム編集技術を用いて作成したCBPノックアウト細胞においてp300を抑制すると、細胞増殖に重要な遺伝子であるMYCの発現が抑制されることが分かりました。さらに、CBPとp300はどちらもMYCの遺伝子のプロモーター領域のヒストンをアセチル化するために必要であることが分かりました。そして、CBPノックアウト細胞において、p300を抑制すると、MYC遺伝子のプロモーター領域のヒストンのアセチル化が消失し、さらに転写も抑制されることを明らかにしました。また、CBP機能喪失変異型の肺がん・血液がん細胞株は、siRNAでp300遺伝子の発現を抑制するだけではなく、p300阻害薬を用いることで選択的に合成致死となることが分かりました。しかし、CBP正常型の細胞ではp300を抑制しても致死性を示さないことから、p300阻害薬の副作用への影響は少ないことが示唆されました。したがって、CBP欠損がんにおいてp300阻害薬を用いた合成致死治療薬は有望であると考えられました。

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 CBP欠損がん患者において、がん細胞以外の正常な細胞ではCBPとp300は両方機能しています。そのため、p300阻害薬を用いた治療を行った場合、正常細胞においてCBPは機能できるためにMYC遺伝子を発現させることができるため、副作用の可能性が低いことが予想されます。一方で、CBPが欠損したがん細胞では、p300阻害薬を用いた治療によって、CBPとp300の両方が機能できなくなることで、MYC遺伝子が発現できなくなる。そのため、CBP欠損がん細胞は選択的に致死となることが考えられます。つまり、CBP欠損がんを持つ患者さんに対してp300阻害剤を用いた新しい分子標的治療が有効かもしれません。現在、その治療を実現すべく製薬企業と共同研究でp300阻害剤を開発しています。

Ogiwara H, Sasaki M, Mitachi T, Oike T, Higuchi S, Tominaga Y, Kohno T.
Targeting p300 Addiction in CBP-Deficient Cancers Causes Synthetic Lethality by Apoptotic Cell Death due to Abrogation of MYC Expression. Cancer Discov. 2016 6:430-45.[PubMed](外部リンク)

がん研究センタープレスリリース
2015年12月09日
肺小細胞がんや悪性リンパ腫など合成致死に基づく新しいがん治療標的を発見[PubMed](外部リンク)

 
  さらに、新しい合成致死治療法を開発するために、がんで高頻度に変異している遺伝子の中で、私たちは特にクロマチン制御関連遺伝子に着目しています。そして、それらのクロマチン制御関連遺伝子のノックアウト細胞をゲノム編集技術で作製しています。現在、これらのノックアウト細胞株を用いて、合成致死遺伝子をsiRNAライブラリーや化合物ライブラリーによって網羅的に探索しています。最終的には、がんでの遺伝子異常に基づいた合成致死治療法を開発し、臨床応用を目指しています。

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