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教育歴別死亡率を初めてがん部位別に推計
研究概要
- 社会経済的指標の一つとして国際的に用いられる教育歴に着目し、国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージ分析により、わが国の教育歴別死亡率を初めて23種類の詳細ながん部位(がん種)ごとに算出しました。(図1)
- 肺、胃、大腸、肝臓、胆のう・胆管、子宮頸など主要ながん部位では、「中学卒業者」、「高校卒業者」、「大学以上卒業者」の順でがん年齢調整死亡率が高いことがわかりました。
- 乳がんでは2010年代までに報告されていた「教育歴が長い人ほど死亡率が高い」傾向が逆転し、2020年代では「教育歴が短い人ほど死亡率が高い」傾向に変化したことが明らかになりました。
- 膵臓がんと脳・中枢神経系がんの教育歴による死亡率格差は小さいことが明らかになりました。
- がん部位ごとの死亡率格差はそれぞれの傾向が異なるため、公平性を重視したがん医療・予防・検診の強化が重要です。

図1. 教育歴別がん死亡率の分析
研究内容
がん対策基本法に基づく第4期がん対策推進基本計画(2023年3月)では、「誰一人取り残さないがん対策」を全体目標として掲げ、地域や社会経済的背景を考慮したがん対策上の課題の把握・評価を行い、その結果を施策の改善につなげることが重要な課題の一つとされています。健康格差の縮小は世界的な保健医療政策の重要課題であり、世界保健機関(WHO)や国際がん研究機関(IARC)などの国際機関は、健康格差の把握と社会的決定要因への対処を優先課題として位置づけています。
本研究グループは、国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージにより、日本人の教育歴別死因別死亡率(2010–2015年)を2024年に報告しました(関連研究トピックス(1))。しかし、データの制約からがん部位別死亡率の分析は肺がんや胃がんなど主要部位に限定されていました。そこで新たに2020年国勢調査と人口動態統計をデータリンケージした死亡データを作成し(関連研究トピックス(2))、教育歴別死亡率を初めて詳細ながん部位別に推計しました。
総務省の2020年国勢調査と厚生労働省の人口動態統計死亡票(2020年10月−2022年9月)について、統計法第33条に基づく利用申請を行い、個票データを取得しました。「性、生年月、住所(国勢調査基本単位区)、婚姻状況、配偶者の年齢(既婚のみ)」の組み合わせをリンケージキーとし、死亡データ(the 2020 Japanese census-linked mortality database)を作成しました。分析には日本人約8,216万人(25–84歳)と、がん死亡者約47.9万件が含まれました。社会経済的指標(健康格差)の一つとして国際的に用いられる教育歴(「中学卒業者」、「高校卒業者」、「大学以上卒業者」の3つに区分)に着目し、23種類のがん部位別に年齢調整死亡率を分析しました。また、教育歴の人口分布を考慮した格差指標(Relative Index of Inequality: RIIとSlope Index of Inequality: SII)を算出しました。2020年国勢調査における教育歴の選択肢は、『小学』、『中学』、『高校・旧制中学』、『短大・高専』、『大学』・『大学院』の6区分で、本研究では『小学』、『中学』を「中学卒業者」、『高校・旧制中学』を「高校卒業者」、『短大・高専』、『大学』および『大学院』を「大学以上卒業者」と分類し、「不詳」を加えて4区分としました(以下、「不詳」を除く)。
研究成果
肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんでがん死亡率格差が大きい
- 教育歴の分布を考慮すると、わが国のがん死亡率(全部位)の社会格差は約1.5倍(RIIが男性で1.58倍、女性で1.43倍)と推計されました。(図1上段)
- 最も大きな寄与は肺がん(全部位の死亡率格差の大きさに対して男性34.6%、女性23.0%)でした。(図1下段)
- 教育歴ごとに比較すると、「中学卒業者」のがん年齢調整死亡率(全部位)は「大学以上卒業者」に比べて男性1.39倍、女性1.31倍でした。(図2上段)
- 肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんなど主要ながん部位では、「中学卒業者」、「高校卒業者」、「大学以上卒業者」の順でそれぞれ年齢調整死亡率が高いことがわかりました。(図2下段)

図2.教育歴別がん死亡率(主要がん)
乳がんでは2010年代から2020年代にかけて傾向が大きく変化した
- 乳がんは2010年代まで観察されていた「大学以上卒業者」で死亡率が高い傾向が、2020年代初期には他の多くのがん部位と同様に「中学卒業者」で死亡率が高い傾向に変化したことが明らかになりました。(図3上段)
- 膵臓がんや脳・中枢神経系がんの死亡率格差は小さいことが明らかになりました。(図3下段)
- 子宮頸がんでは格差が大きく、「中学卒業者」の死亡率は「大学以上卒業者」の2倍でした。

図3.教育歴別がん死亡率(乳がん、膵臓がん、脳・中枢神経系がん、子宮頸がん)
展望
本研究は、教育歴別死亡率を詳細ながん種ごとに初めて精緻に明らかにし、わが国におけるがん死亡率の社会格差の実態の一端を示したものです。教育歴ががん死亡率に直接影響しているわけではなく、環境要因・生活習慣や医療アクセスなどがんのリスク要因が社会経済状態によって異なることで死亡率の差につながっていると推察されます。わが国のがん死亡率格差は欧米ほど大きくないと示唆されたものの、将来的な格差拡大が懸念されます。今後の展望として、集団全体へ公平性を重視したがん医療・予防・検診の強化だけでなく、健康格差の縮小のために死亡率が高い集団に対してターゲットを絞った対策も重要であると示唆されました。本研究は国のがん対策の新たな目標設定の1つとして役立つデータ基盤となることに加えて、教育歴が環境要因・生活習慣や医療アクセスを介してどのようなメカニズムでがん死亡率に影響を及ぼしているのかを解明する手掛かりとなることが期待されます。
論文情報
Hirokazu Tanaka, Kota Katanoda, Tomoki Nakaya, Kayo Togawa, Yasuki Kobayashi. Educational inequalities in site-specific cancer mortality: a Japanese census-linked study. J Epidemiol Community Health. 2026.
DOI: http://dx.doi.org/10.1136/jech-2025-225721
掲載日: 2026年3月6日(早期公開)
本研究への支援
- 独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業(若手研究)「公的統計と医療ビッグデータを活用したわが国の健康格差分析と対策のための包括的研究」(23K16341) 研究代表者:田中 宏和(国立がん研究センター)
- 厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「誰一人取り残さないがん対策における格差のモニタリングと要因解明に資する研究」(23EA1034) 研究代表者:伊藤ゆり(大阪医科薬科大学)
参考(関連研究)
研究トピックス(1)(2024年3月28日公表):
国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージにより日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計https://www.ncc.go.jp/jp/information/researchtopics/2024/0328/index.html
研究トピックス(2)(2025年9月4日公表):
国勢調査と人口動態統計の新たなリンケージ手法を開発COVID-19死亡率の社会人口学的特徴を初めて分析https://www.ncc.go.jp/jp/icc/surveill-policy-eval/project/index/index.html