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たばこ流行との戦いにはただ一つの方法しかないという事は広く同意されています。その方法とは、包括的、継続的、持続可能、そして十分な資金を投入したたばこ規制戦略を導入することです。たばこ規制の取り組みには以下の点に焦点を当てるべきです;
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人々がたばこの消費を始める事を防止する |
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たばこ使用の中止を促進する |
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非喫煙者をたばこの煙に曝されることから保護する |
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たばこ製品を規制する |
たばこ規制措置はさまざまな方法で分類され得ますが、WHOはその介入措置として大きく2種類に分類しています。一つはたばこの需要を減少させるための措置であり:
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価格及び課税に関する措置 |
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たばこの煙に曝されることからの保護 |
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たばこ製品の成分の規制と開示 |
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包装およびラベル |
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教育、情報の伝達、訓練及び啓発 |
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たばこの広告、販売促進およびスポンサーシップの包括的禁止と制限 |
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たばこへの依存及びたばこの使用の中止を図る措置 |
そしてもう一つはたばこの供給を減少させるための措置です。たばこの供給削減に関して重要な措置は密輸の規制であると証拠付けています。
医療従事者には医師、看護師、助産師、歯科医、心理学者、精神科医、薬剤師、カイロプラクティック師、その他の保健医療に関わる専門家が含まれます。医療従事者の役割と参画は、たばこの無いライフスタイルと文化を促進する上で欠かすことが出来ません。その専門的な活動を通じて、忠告やガイダンスを与え、たばこの使用やその健康への影響についての質問に答えるといった方法で、医療従事者は人々を援助することが出来ます。一般の人々や政策立案者を啓蒙するメディアの参考となることが出来ます。また専門家で構成された団体を通じて、より良いたばこ規制の実現に向けて国内的および国際的なレベルで影響を与え、政策の変更を導くことも可能です。 |
たばこ規制活動の枠組み
たばこ規制活動を継続可能なものにするためには、まずそれを既存の国や州、地域レベルの保健医療構造に組み込み、既存の部門とその責任の所在を明らかにすることが考えられます。政府の保健医療機関を参画させる事により、保健医療関係者の認識を高め、持続可能なたばこ規制プログラムの開発への国家レベルの貢献が期待できます。このような体系的な働きかけをすれば、たばこ規制活動が部門を越えて普及するよう、さまざまな国で道を開くことが出来るのです。
1.たばこ規制戦略は広く持続的で全ての階層が参画するものでなければならない。
部門および専門領域を越えた人々の参画が無ければたばこ規制の効果は得られない、という点については幅広い合意が得られています。政府内では通常、保健当局がたばこ規制プログラムを調整していますが、その他財務や商業・貿易
、外務、法務、内務、課税、教育等 の各当局 が、省庁の枠を越えて構成されるたばこ規制委員会のメンバーとして参画するべきです。市民社会においては、非政府機関(NGO)、専門団体及びその他の組織体の活動がたばこ規制において極めて重要です。実際、この活動には全社会の参画が必要ですが、その中でも重要な役割を果たすべき部門があります。そういった部門の中でも、さまざまな医療従事者団体は、たばこ規制活動を行いリードするよう位置付けられるのが理想です。政府と自らの地域社会の両方から価値を認められることで、全ての医療従事者は、個人的にも組織的にも、たばこ使用とその健康、経済への影響の削減という戦いに大きな影響を及ぼすことができます。
2. 医療従事者は包括的たばこ規制プログラムの中にいかに適合するか。
上記にあるように、全ての医療従事者は、たばこ消費とその悪影響の減少に貢献することが出来ます。たばこに関係する問題とたばこ規制は健康上の規律という面で広範囲に渡って影響します。医療従事者の役割の一つは、たばこ消費の影響を受けている人々、また保健医療部門に従事している全ての人々からの協力を確実にする事です。
医療従事者には医師、看護師、助産師、薬剤師、歯科医、生理学者、カイロプラクティック師、その他の保健医療に関わる専門家がありますが、たばこの流行と戦う上で重要な役割を果たす非常に大きな可能性を持っています。
医療従事者には共通の役割、そして一体となって取り組むべき役割がいくつかありますが、ある一人の役割を他の人が代わりに行う事は出来ません。これらの役割には以下が含まれます:
模範
地域や臨床の現場では、医療従事者は健康問題に関する知識が最も深く、その知識に基づいて行動することが期待されています。彼らの属している社会や地域においては、その他の人に対する模範であることが求められます。それには一般に、食事や運動、特に喫煙などの健康に関する問題においての彼ら自身の行動が含まれます。実際には、たいていの人は医療提供者になろうと思う前に、たばこを常用するようになっています。ちなみに、成人の喫煙者の90%以上が10代かそれ以前に喫煙を開始し、その内半分以上が19歳になるまでには毎日喫煙をするようになります(VIII)。確かに、医療従事者は異なる分野の専門家以上にたばこを常用することによる健康上の結果について知識があります。しかし、喫煙が健康に及ぼす害を知っているからといって、多くの場合たばこ依存に打ち勝つことができるとはいえません。更なる援助が必要です。世界中の国々で、医療従事者の集団における喫煙者割合が他の人のものと比べて、高くはないにしても同様くらいである場合はまれではありません。2004年の記事では、「ロシアの医療従事者の喫煙者割合は、一般集団のもの(男性で63%、女性で12%)と同じであった。」と記し、更に「医療従事者はロシアの喫煙問題の解決を導きうる。もし彼らが職業的にも一般的にも尊敬されていれば、つまり、もし医療従事者が、喫煙患者とは異なり、喫煙習慣、誤解、意欲の欠如がなければ、現在の喫煙の傾向を変え、国民的な禁煙運動の先頭に立つことが出来る。」と続けています。このような考えは、医療従事者に葛藤をまねき、たばこ規制の代弁者としてのイメージと信用に影響をきたすかもしれません。更に調査によると、喫煙している医療従事者は、禁煙の促進やたばこ規制に従事しない恐れがあるとも報告されています。医療従事者の組織や学校において、彼らが禁煙の模範となるよう支援をする試みが必要といえます。
先ほどのロシアの場合では、既に述べた禁煙プログラムがロシアの内科医に対し、患者だけでなく彼ら自身の手助けとなるように促しています。
BOX 2 たばこの規制に関する世界保健機構枠組条約(WHO
FCTC:たばこ規制枠組条約)
効果的なたばこ規制には、国際的な合意と協力が必要です。1996年5月の世界保健総会においてWHO加盟諸国は、WHO事務局長に対してたばこ規制枠組条約の作成開始を求める決議案を採択しました。たばこの規制に関する世界保健機構枠組条約(WHO
FCTC) はグローバルなたばこ流行を規制するために作成された、国際的な法的手段です。4年近くの交渉の後、2003年3月1日、条約案が合意されました。そして2003年5月21日、世界保健総会において満場一致で採択されました。2004年11月29日、批准または同等の法的措置を行った締約国数が40ヵ国に達し、同日の後90日目に効力を生ずる事となりました。2005年2月27日、WHO
FCTCは最初に批准した40カ国間の国際的、法的な規制手段として成立しました。同日までに計57カ国が批准しています。
WHO FCTC議定書のアプローチはグローバルな基準設定の動的な事例です。「枠組条約」という表現も、特定の問題における広範囲の責務や総合的な管理システムを構築するためのさまざまな法的合意を示すために使われています。WHO
FCTCが配備されれば、多国間の不統一によって起き得る事象(例 密輸及び国境を越えた宣伝活動、推進、資金提供)による妨害のリスク無しで、国家のニーズに基づいて設定された公衆衛生政策を促進していく事が可能です。
WHO FCTCの序文は特に、たばこ規制における医療従事者の役割について述べています。第12条「教育、情報の伝達、訓練及び啓発」、第14条「たばこへの依存及びたばこの使用の中止についてのたばこの需要の減少に関する措置」もまた、特に医療従事者が関わる部分です。 |
臨床医
医師、看護師、歯科医師、薬剤師、また全ての医療現場における専門職の者は、業務の標準的なことの一つとして、たばこ依存に取り組む必要があります。喫煙に関する質問はバイタルサインをモニタリングする際にするべきですし、患者さんと会うたびに喫煙について評価し、記録をとるべきです。2004年8月の記事では、アメリカのカイロプラクティック学会誌が「カイロプラクティックの医師は運動や食事についてよく助言するものの、喫煙やたばこについてはあまり重きは置いていない」と述べています(X)。同様のことは他の医療従事者にもいえるでしょう。これを実施することは、簡単に取り組むことができますし、たばこ製品の使用が個人にとっても共同体にとっても重要な決定因子のひとつであるという前提の下ではとても重要といえます。たばこを使用している患者がいる場合は、全ての医療従事者は、たばこをやめることが健康のために最も良いことであることを助言すべきです。そして、簡単に素早く、たばこをやめることによる短期的・長期的な利益を述べ(BOX
3)、たばこは何歳でやめても大きい健康上の利益があり、早ければ早い方が良いことを指摘しましょう。このような短い評価と助言を全ての患者に行うことは、医療提供者にとって3分にもかからないでしょう。
調査によると、喫煙者の約70%がいずれは止めたいと考えていることを認めています。半分の人は既に何回か試みたことがあり、少数の人は直ちに試みる準備をしています。10%以下の人はある試行で成功しており、試行回数が増えるほどたばこを止める目的に到達する人は増えるようです。
医師から簡単な助言をすると、全く助言をしない場合と比べ有意に禁煙率をあげる(30%まで)ということが示されています(XI)。同様に、禁煙への看護師主導の介入は、禁煙を成功させる機会を1.5倍に増加させます(XII)。
別の調査では、多様な医療提供者を使う介入はとても効果的であり、全ての医療従事者が禁煙の助力に影響を与え得ます(XIII):特に、全ての医療従事者から一貫したメッセージを聞けば聞くほど、禁煙に成功できるようである、ということを明らかにしました。
米国保健社会福祉省によって刊行されたガイドライン(the Treating Tobacco Use and Dependence
- Clinical Practice Guideline)では、5Aのアプローチを推奨しています。
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喫煙しているかどうかを尋ねる |
(Ask) |
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すべての喫煙者に禁煙をアドバイスする |
(Advise) |
・ |
禁煙する意志がどれほどあるか見極める |
(Assess) |
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患者が禁煙するのを助ける |
(Assist) |
・ |
追跡するための診療予約をとる(XIV) |
(Arrange) |
全ての医療従事者が、禁煙専門家となる必要はありません。一方でこの仕事は、特別に訓練されたカウンセラー(看護師、ソーシャルワーカー、心理士や他の医療従事者がなることも可能である)によってなされるべきです。しかし、全ての医療従事者は質問、助言、評価といった日常診療における短い介入に加え、日常的な医療サービスとして集中的なカウンセリングを行う、他の医療施設への紹介を行うことができます。これらがなくとも、全ての医療従事者は、喫煙の有無の質問、禁煙の意思の評価、禁煙のすすめ、禁煙サービスの紹介といった、最小限の介入を義務付けられています。また、科学的で実用的な、文化・民族的背景・年齢・言語・患者の健康状態・その時々の禁煙への態度に適した、禁煙の教材を開発し広めるべきでもあります。可能ならば、医療従事者は現在の診断・生活習慣にリンクした患者の状態に適した禁煙の助言をする必要があります。
例えば、喫煙が悪臭の原因になるとか、お金がかかるとか、運動能力が下がるとかいった議論は、若い患者にとっては肺がんになる可能性よりも関心が大きいことがあります。一方で、肺がんになる可能性の原因は、長い間たばこを使用してきたより年をとった患者にとっては重要な関心事といえるでしょう。
医療従事者の臨床の現場におけるもう一つの重要な役割は、たばこの煙への曝露を評価し、全ての曝露を避けるための情報を与えることです。これは、患者の喫煙が、患者自身の問題ではない、小児科や産婦人科の分野でより重要といえます。医療従事者はこのような喫煙の評価を業務に組み込む必要があります;そうすることによって、喫煙の評価と禁煙への助言は、様々な臨床の現場に組み込まれます。
WHO FCTCの前文
・・・たばこ産業と関係を有しない非政府機関及び市民社会の他の構成員(保健関係の専門職能団体、女性の団体、青少年の団体、環境に関する団体及び消費者の団体並びに学術機関及び保健機関を含む。)による国内の及び国際的なたばこの規制のための努力に対する特別の貢献並びに国内の及び国際的なたばこの規制のための努力において当該非政府機関及び当該構成員の参加が極めて重要であることを強調し、・・・
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BOX 3 禁煙による短期的・長期的な恩恵
−禁煙後−
20分 |
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血圧と脈拍が正常の速度に落ちる |
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手足の熱が正常まで上がる |
8時間 |
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血中の一酸化炭素レベルが正常まで下がる |
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血中の酸素レベルが正常まで上がる |
24時間 |
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心臓発作になる可能性が減る |
48時間 |
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神経端末は再び成長し始める |
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臭覚と味覚がよくなり始める |
2週間から3ヶ月 |
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血行がよくなる |
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歩行がより楽になる |
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肺機能が30%改善する |
「また階段を上りながら、話すことができるなんて!」
「いつも咳をしなくても良いのは素敵なことだ。」 |
1ヶ月から9ヶ月 |
・ |
咳、鼻つまり、疲労と息切れが減る。 |
・ |
繊毛が肺の中で成長して粘液を分泌し、肺をきれいにして感染を減らす |
「風邪と咽喉痛にかかることが少なくなったので、仕事を休むことがなくなった。」
「頭痛で何もできなくなることがなくなって安心だ。」
「ずいぶん集中できるようになった。」 |
1年 |
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冠動脈疾患の危険性は、喫煙者の半分になる |
「私はもう朝の胸の重さにおびえることはない。」 |
5年 |
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肺がん死亡率は、半分になる |
・ |
脳卒中の危険性は、非喫煙者と同じくらいになる |
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口腔、咽頭、食道、膀胱、腎臓とすい臓がんの危険性は下がる |
追加:もし糖尿病、喘息または腎不全のような慢性疾患にかかっているとしたら、禁煙することによってあなたの健康は劇的に増進します。
出典: http://www.freeclear.com/quit-for-life/info-on-quitting/health-benefits/c_default.aspx
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教育者
医療従事者には、次世代の医療従事者の準備をする重要な役割があります。医療従事者の教育には、大学の学部と大学院の教育、臨床教育、その後続く教育・指導や研究、評価にも含まれます。ある調査では、医療従事者を教育することは彼ら自身の行動を変化させるのに効果的です(XV)。一方、医療従事者の学校におけるたばこ規制の内容は理論的にも実践的にも不適切であるとも述べています。
たばこ規制の全ての側面が既存の医療従事者のカリキュラムに組み込まれる必要があります:たばこ規制は既存の内容(疫学、健康増進、予防、治療など)の一つとしても、また別の問題としても教えられます。たばこの健康影響は様々な分野に組み込まれ、学生はたばこ規制の政策やそれに伴う公衆衛生への恩恵について学ぶのと同様に、喫煙・禁煙の評価と助言についての実際の技術を身につける機会を与えられるべきです。
このようなアプローチの一例は、スコットランドで先立って行われたプログラムであり、そこでは2つのスコットランドの大学の歯学部のグループが、喫煙者が習慣を絶つ助けをするための教育を受けました。グラスゴーとダンディーの大学で勉強している歯科衛生士は喫煙者を相手に禁煙を忠告するような特別な教育がされています(XVI)。例えば、歯科医師は患者に口腔がんのような喫煙に関連した深刻な口腔内のリスクのいくつかについて、患者に注意する立場にあります。日常診療において、患者の喫煙傾向を評価し、必要ならば助言や問い合わせをするために5分から10分をかけるのは容易なことです。アメリカ合衆国では、カリフォルニア大学の薬学部がカリキュラムを展開させて、臨床医が禁煙介入を行うように治療法を変更し、たばこ規制のそれ以外の側面についても取り組むようにしました。プログラムは国中の薬学部で成功して広まり、医学部や看護学部にも用いられつつあります。
科学者
たばこ規制対策は、事実と証拠に基づいていなければなりません。臨床的、疫学的、政策的な研究は、評価と同様に、たばこ消費を減らすことを目的とした対策を実施するときに考慮すべき重要な内容といえます。それは、医療従事者が診療内でどのようにたばこ規制対策を実行するかについての科学に基づく情報について認識していなくてはならないからです。プログラムや政策の実行と評価など新しい分野における研究についても同様です。たばこは他の多くの医療分野における分野横断的な問題だとすると、たばこに関する研究はがんの臨床試験、母子保健の問題、循環器疾患などの様々な分野に含まれます。科学者の役割として、医療従事者は、この世界中の流行病に取り組むための研究に適切な財源が維持され更に高められるように、たばこ消費が個人や共同体や社会健康の全ての側面に影響を与えることについて認識を高め、出資機関や研究機関に助言を行う義務を負います。
指導者
医療従事者の中には、様々な分野で指導的立場にある者も多く、一般の人々に信頼されている者もいます。地域の指導者または雇用者から保健当局のトップに至るまで、指導者は人々の健康を維持する重い責任を負っています。包括的たばこ規制を支持する政策決定過程に関与することは、指導的立場にある医療従事者が担うことのできる多くの活動の中の一つです。その活動は、たばこのない職場環境を作り喫煙者が禁煙しやすくすること、たばこ製品の増税と値上げ、若者が喫煙を始めるのを防ぐこと、およびたばこ規制プログラムに財政的支援をすることなどです。指導者がその指導力を発揮する場は、各人の能力と環境に応じて、地域社会レベル、国家レベル、または国際レベルなどが考えられます。すべての医療従事者がたばこ規制に関わるすべての問題に取り組むことができるわけではありませんが、すべての医療従事者がそれぞれの活動の場で少なくとも一つの問題に取り組むことは可能です(例えばたばこのないの環境づくり)。また、各人の立場に応じて、チャンスがあればより大きな政策や課題に取り組むことも可能です。「医療施設のたばこ規制に関する倫理綱領」(BOX4)にまとめた通り、医療施設に属する医療従事者は、組織に働きかけてたばこ規制の政策づくりに関わらせることや、たばこ問題を組織の課題に加えさせることもできます。
これまで様々な分野で、医療従事者とその属する団体が積極的に行動を起こしてきました。国際薬学連合は、「薬剤師と消費者が禁煙の環境を確実に享受する」ために、たばこ製品の使用販売禁止を導入する要望書を発表しました。その要望書の中で国際薬学連合は、すべての認可された医療施設からたばこの販売をなくすための法律を支持すると述べています。彼らは、薬剤師は消費者の健康を守る責任があり、薬剤師個人が自らをたばこのない環境に置くことによって指導的立場を発揮すべきである、と指摘しています。
英国では、1986年から英国医師会が閉鎖された公共の場所での喫煙を禁止する法律を求めています。2004年11月に英国医師会は、自ら指導的役割を果たして、公共の場所での喫煙を禁止する期日を設定するよう英国保健相に求めました。
世論形成者
地域社会の一市民として、あるいはNGOや国の機関のメンバーとして、たばこ規制を支持する世論形成者は大きな可能性を持っていますが、医療従事者がこの点に注目することは今日までありませんでした。すべての医療従事者がたばこ規制を仕事の中心に置くことはできませんが、医療従事者はたばこ問題が疾患や早期死亡だけでなく社会への経済的負担という観点においても重大な問題であることをはっきりと表明してたばこ規制を支持することができますし、またそうすべきでもあります。政策立案的な活動をすることやたばこ規制を担っている団体を支持することは、たばこ規制に関与する一つの方法です。他にも、新聞や他のメディアに投書すること、国内的、国際的に重要な日に報道発表を行うこと、あるいは情報の普及を助けることなどの方法があります。行動のレベルに適した資料を用意することも重要です。国ではなく地方の政治家に対して、世界の実情を示す数値をいくら提示しても、禁煙支援予算を分配してもらえるとは期待できません。医療従事者は世論形成者として、どんな情報源があるかを把握しておく必要があります。
2005年1月タイ国王は、2004年Mahidol王子賞受賞者の一人である米国のJonathan Samet博士に拝謁を許しました。受賞の際、Samet博士はタイ政府に、人々を間接喫煙から守るためにパブやバーを含むすべての職場での喫煙禁止を厳しく実施するよう求めました。Samet博士は、喫煙禁止措置を採用してその効果を体験しているいくつかの国を例に挙げて、そのような対策の重要性を強調しました。
マレーシアにもう一つの例があります。2004年、マレーシア理科大学副学長のDatuk Dzulkifli Abdul Razak教授は、国際たばこ産業博覧会がクアラ・ランプールで開催されることに抗議して署名活動を開始しました、百万人の署名を集めてマレーシア首相に覚書を提出するためです。
協力関係の構築者
健康はすべての医療従事者にとって、また医療従事者以外の関係者にとっても重要です。公衆衛生は特定の人々の領域ではなく、すべての人が活躍すべき舞台です。時には医療従事者だけが行動すべき場合もありますが、他の関係者と協力することも常に念頭に置いておく必要があります。たばこに関連する問題とたばこ規制は、広大な範囲の医療領域にまたがっています。すべての関係者が何らかの形でたばこ規制を支持できるようにすることが、医療従事者の役割の一つです。
医療従事者は個人として協力関係を築くことができますが、協力関係は社会や組織の間に築くこともできます。そのような組織間の協力関係はより大きな影響力を持つことができますし、たばこ規制の成果にも大きく貢献します。
2004年1月28〜30日に世界保健機関たばこのない世界構想(Tobacco Free Initiative: TFI)が招集してジュネーブで開かれた会議はその一例です。TFIは、世界中のメンバーと支部に加えて、30の異なる国際的な医療従事者団体から代表を招待しました。この会議は、WHO
FCTCの署名、批准、および実施においてどのような役割を担うか、また、たばこ規制と公衆衛生の目標を達成するためにどのような方法が可能かを協議することを目的に開かれました。会議では実りある議論が行われ、優れた成果があがりました。「医療施設のたばこ規制に関する倫理綱領」が採択され、たばこ規制に関して行うアプローチや活動において、異なる分野の医療従事者が共通に採るべき標準戦略が取り決められました。「たばこ規制において医療従事者が果たすべき役割」というテーマが「世界禁煙デー」のために選ばれたのも、このような組織間の「協力関係」の成果です。さらに、組織間の協力関係は世界保健機関たばこ規制枠組条約を推進、啓蒙するためのウェブサイト(http://www.fctcnow.org)の立ち上げにつながりました。このサイトでは、個人と団体が支持を表明するために署名できるようになっています。今日までに、世界中の約650の団体と3600人の個人から署名を集めました。
たばこ産業の監視
医療従事者は個人としてあるいは団体として、地域、国、または国際レベルのたばこ規制の努力を妨げるようなたばこ産業の戦略を非難し、企業の利益よりも自国民の健康と生命の質を優先する政策の採用を職業的な立場から求める義務があります。加えて医療従事者は、たばこ産業のお金が私たちの社会の多くの場面で悪い影響を与えることに反対する必要があります。たばこ産業の勢力範囲から逃れることは容易ではありません。彼らの資源、製品、あるいは影響は必ずしも目に見える存在とは限りません。医療従事者は、他の人々よりもこの影響力に十分に注意を払うべきです。たばこ産業の好ましくない影響について意識を高め、それから距離を置く方法としては、施設内でのたばこ製品の販売と消費を禁止すること、たばこ産業からプロジェクトや研究のための資金を受け取らないこと、およびたばこ産業との関係を調整する団体、メンバー、関係者について利害関係を公表することが挙げられます。これらの点はすべてジュネーブで採択された「医療施設のたばこ規制に関する倫理綱領」に含まれています。
さらに、他の分野の医療従事者と協力関係を築くことによって、たばこ産業の影響力についての認識が高まり、より効率的にそれに対抗できるようになります。したがって、たばこ使用のもたらす結果を直接目にする立場にいる医療従事者だけでなく、すべての医療従事者がたばこ規制に関わることが重要です。たばこ規制の規範を示したり政策や世論を変えたりすることに関心がある医療従事者は、臨床家としての義務あるいは患者個人の義務を超えたレベルで行動すべきです。
その例として、カナダ医師会のアプローチが挙げられます。2004年8月、カナダ医師会は、カナダの年金基金がたばこ関連企業の株式に投資していることに対して、公衆衛生における努力を無駄にするものであるとしてそれを中止するよう求めました。カナダ保健大臣は、約9,500万カナダドルものお金が年金基金からたばこ産業に投資されているのを知り、驚きと怒りを覚えたと語っており、カナダ医師会はこの保健大臣の支援を受けました。
同様のアプローチをエジンバラの学生グループがとっています。彼らは2004年11月にエジンバラ大学にたばこ関連企業の株式を手放すよう説得するキャンペーンを開始しました。大学が医学研究を行っていることとブリティッシュ・アメリカン・タバコのような企業の株式を所有していることは矛盾するというのが彼らの主張でした。
医療従事者がたばこ規制に関与することへの障害
医療従事者がたばこ規制に十分に関与することには依然としていくつかの障害があります。
1)たばことたばこ規制についての知識と技術の不足
一般的に、医療従事者の教育課程には、予防から禁煙と対策まで、たばこ関連の諸問題に関する適切な教育内容と実践が欠けています。健康への害についての一般的な側面のいくつかはカバーされていますが、たばこの流行とその問題がいかに広く深いかについては全体像が見落とされています。たばこは世界の予防可能な疾患と死亡の最も重大な原因の一つであることを考えると、医療従事者関連の学校はこの問題に割り当てる時間を再検討する必要があるでしょう(倫理綱領第6条)。
2)組織的なリーダーシップの不足
世界の多くの地域では、まだ医療従事者団体がたばこ規制への参加と支援を行っていません。多くの団体が、たばこ使用の疫学的側面と世界の健康に与える影響について認識していません。いくつかの国際レベルの団体の活動が行動を起こし、いくつかの国内レベルの団体もたばこ規制のすべての側面に積極的に関わるようになった結果、この状況は徐々に変わりつつあります。しかし、すべての医療従事者がたばこ規制を自分たちの仕事の一部だと認識するまでには多くの課題が残されています。
3)依然として多い医療従事者のたばこ消費
世界の多くの地域で、医療従事者は、一般の人々よりも高くはないものの、しばしば同じくらいの喫煙者割合を示しています。インターネットで公開されている最新の「たばこアトラス」によると、例えば中国では一般男性の喫煙者割合が66.9%であるのに対し男性医師は61.3%です。一方女性では、医師が一般集団の約3倍の喫煙者割合を示しています(それぞれ12.2%、4.2%)。ロシアでも、女性医師の喫煙者割合(13%)が一般女性の値(9.7%)を上回っており、女性における喫煙の流行が広がりを示しています。スペインでは、女性医師の喫煙者割合が高く、女性看護師の喫煙者割合が一般女性よりも高い値となっています。自身もたばこを消費する医療従事者はしばしば、そうでない医療従事者に比べてたばこ規制に対して積極的でない、ということはよく知られています。医療従事者関連の学校と団体は禁煙を希望する者への支援を提供するために努力をする必要があります。事実、いくつかの国で行われた2003年の調査では、看護師と医師の喫煙者割合がその国のたばこ規制の活発さと関連していることを示しています。たばこ使用者割合が下降している国では、医療従事者の喫煙も減っています。喫煙者割合が上昇しているか横ばいの国では、医療従事者の喫煙、特に女性の喫煙も増加しています。
看護師は伝統的に喫煙者割合の高い医療従事者集団です。米国では、患者の禁煙支援だけでなく看護師の禁煙も支援するために「たばこのない看護師構想」が作られました。彼らは自身を「患者と看護師を支援してたばこのない社会の実現を目指す看護師集団」と表現しています。これは医療従事者自身の禁煙支援のために必要な活動の一例です。
世界医療従事者たばこ調査
医師、薬剤師、看護師、歯科医師などの医療従事者はたばこ規制において主要な役割を担っていますが、しばしばこれらの人々は高い喫煙者割合を示しています。多くの国は医療従事者の間のたばこ使用状況を把握するための技術的支援を求めています。米国疾病対策予防センターは、世界保健機関と協力して、様々な医療従事者におけるたばこ問題の実態を把握するために予備調査を実施しています。この調査は「世界若年者たばこ調査(GYTS)」や「世界教職員調査(GSPS)」などの確立された世界規模のたばこ調査と同じ手法をとっているので、医師、歯科医師、看護師、薬剤師課程の3年生が予備調査対象者に選ばれています。その根拠は、「世界青少年たばこ調査(GYTS)」の対象学生から学校単位で自記式データを収集した経験と費用効率に基づいています。この調査は、たばこ規制とたばこ関連問題の教育訓練に関する知識と態度についても質問しています。この調査の目的は2つあります。まず、この年齢階級の人々を代理集団として、成人のたばこ消費と他のたばこ関連問題に関して世界規模の調査を行うシステムとして機能すること、次に、医療従事者の間のたばこ消費のパタンを把握することです。この点において、この調査は医療従事者のたばこ消費減少を達成するために必要な要素を見つけるでしょうし、医療従事者が自分たちの国でたばこ規制を実行し、たばこ規制の支持者として行動するための助けとなるでしょう。「世界医療従事者たばこ調査(GHPS)」は世界保健機関の6つの地域でそれぞれ予備テストが行われています。予備調査に含まれている地域は、アルバニア、アルゼンチン、バングラディシュ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、エジプト、インド、フィリピン、およびウガンダです。調査結果は数ヵ月後に出る予定です。この予備調査の結果により、予備的な解析結果がわかるだけでなく、方法論が適切かどうかの評価ができ、世界規模の調査の計画をする助けとなるでしょう。 |
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