小児・AYA世代がん患者のドラッグアクセスの改善を目指す小児・AYA世代を対象とする患者申出療養「PARTNER試験」にて未承認の医薬品「OP-10」コホートが開始
2025年6月6日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 国立がん研究センター中央病院は、患者申出療養制度を用いて小児・AYA世代(思春期・若年成人)のがん患者さんに適応外薬または未承認薬を投与し、安全性と治療効果を評価する医師主導臨床研究「PARTNER試験(NCCH2220)」を2024年1月から実施しています。
- これまで、実施施設は5施設、対象医薬品は8医薬品(5社)で実施していましたが、2025年5月より新たなコホート「OP-10(一般名:ドルダビプロン塩酸塩)」を開始し、対象医薬品が9医薬品(6社)に拡大しました。
- OP-10はH3K27M変異のあるびまん性神経膠腫(diffuse midline glioma, DMG)に対する開発が国内外で進められていますが、現在実施中の治験に参加できず、OP-10の治療を受けられない患者さんもいます。このような状況を受け、びまん性内在性橋膠腫(diffuse intrinsic pontine glioma:DIPG)など、OP-10での治療を強く希望される患者さんの要望に応えるため、PARTNER試験に新たなコホートを追加しました。なお、本試験への参加にはPARTNER試験の適格規準を満たす必要があります。
- 本取り組みは、患者申出療養制度の枠組みを活用し、企業と医療機関が連携することで、未承認薬の迅速かつ安全な提供を可能とするものです。これにより、小児・AYA世代の難治性がん患者さんに対し、新たな治療機会を提供することが期待されています。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:間野 博行)中央病院(病院長:瀬戸 泰之)は、0歳から29歳までの小児・AYA(Adolescents and Young Adults:思春期・若年成人)世代のがん患者さんを対象に、患者申出療養制度注1を活用して適応外薬注2または未承認薬注3の使用を可能とする医師主導臨床研究「PARTNER試験(NCCH2220)」を2024年1月より実施しています。
このたび、本試験において、H3K27M変異を有するびまん性神経膠腫(diffuse midline glioma, DMG)注4を対象とした未承認薬「OP-10」の新たなコホートを開始しました。OP-10は、現在、国内外でDMGに対する治療薬として開発が進められている薬剤ですが、いずれの国においても未承認であり、実施中の治験に参加できない患者さんに対しては治療の選択肢が限られているのが現状です。海外では、人道的見地からの未承認薬の提供注5など、治験や臨床試験でOP-10の治療を受けられない患者さんを対象としてOP-10を使用できるようにする取り組みが行われていますが、国内では使用できないのが現状です。そのため、びまん性内在性橋膠腫(diffuse intrinsic pontine glioma:DIPG)注4などの患者さんやご家族からは、「治験の対象外であってもOP-10での治療を受けたい」という切実な要望が寄せられていました。これを受け、当センターは患者申出療養制度の枠組みを活用し、治験には参加できないものの、本試験の適格規準を満たす小児・AYA世代の患者さんを対象に、安全かつ適切な管理のもとOP-10を用いた治療の機会を提供することといたしました。
なお、本試験で使用する医薬品は製薬企業より無償で提供されており、本試験にかかる費用は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究費*により賄われています。患者さんには治療にかかる薬剤費の自己負担はありませんが、検査や入院に関する費用は、通常の保険診療と同様の自己負担が生じます。
*国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 「臨床研究・治験推進研究事業」「小児・AYA がん患者の薬剤アクセスの改善と薬事承認に利活用可能なデータ収集を目的とした患者申出療養制度に基づく特定臨床研究」
OP-10について
OP-10は、びまん性神経膠腫という治りにくい脳腫瘍の治療に向けて開発されている新しいタイプの薬です。この腫瘍の多くでは、「H3K27M変異」という遺伝子レベルの異常が見られます。この変異は、細胞の中の「ヒストン」というタンパク質の一部に起こるもので、ヒストンは遺伝子の働きを調節する役割を持っています。H3K27M変異があると、がんに関わる遺伝子が本来よりも活発に働いてしまうことが分かっています。加えて、この変異を持つ神経膠腫では、ドパミンD2受容体が異常に多く作られていることが報告されています。ドパミン受容体は、神経細胞のシグナル伝達に関わるタンパク質で、がんの増殖にも影響を及ぼすと考えられています。OP-10は、ドパミンD2とD3受容体に選択的に作用し、これらの働きをブロックすることでがんの進行を抑えるとともに、がん細胞の中にある「ClpP」というタンパク質の働きを活発にし、がん細胞のエネルギーを作る仕組みや、遺伝子の働きを調整する仕組みを乱すことで、がん細胞のアポトーシス(がん細胞が自ら壊れること)を導くと考えられています。
さらに、H3K27M変異を持つ神経膠腫に対しては、OP-10によって、細胞内の異常な状態が改善され、がんの性質を変える可能性が示されています。
OP-10コホートの主な適格規準(記載した以外にも対象患者さんとなるための規準があります)
- 組織診によって小児がん国際分類に含まれる腫瘍と診断されていること
- 標準治療がない、または標準治療に抵抗性である1~29歳の小児・AYA世代のがん患者で、体重10kg以上であること
- 本邦で保険適用済み、または評価療養として実施されている遺伝子パネル検査注6*に基づき、専門家会議(エキスパートパネル)及び担当医からOP-10が推奨されていること
*遺伝子パネル検査の実施には、手術検体もしく生検検体が必要 - 適格規準を満たさないなどの理由により、治験や先進医療に参加できないこと
- 日常生活に大きな支障がなく、重症の合併症を有さないこと
- 血液検査や尿検査等の規準を満たすこと
- 登録前28 日以内に実施した下腿を含む全身CT で静脈血栓症がないこと 等
PARTNER試験について
本試験は、難治性の小児・AYA世代がん患者さんを対象に、患者申出療養制度を利用して適応外薬あるいは未承認薬を投与する臨床研究です。
本試験で使用する医薬品は、すでに国内または海外で小児を対象とした臨床試験が行われており、小児における一定の安全性情報がある医薬品を対象としています。本研究の趣旨に賛同いただいた企業から医薬品を無償提供していただいています。国内で小児に対する用法・用量等が定められていない医薬品については、海外で承認されている小児に対する用法・用量等や小児に対する治験等をもとに、本試験に参加する小児がん患者さんにおける用法・用量等を決めています。
試験名
小児・AYAがんに対する遺伝子パネル検査結果等に基づく複数の分子標的治療に関する患者申出療養(Protocol No. NCCH2220;PARTNER試験)
予定人数
1医薬品あたり最大30人
実施施設
- 国立がん研究センター中央病院
- 北海道大学病院
- 九州大学病院
- 岡山大学病院
- 名古屋大学医学部附属病院
対象医薬品リスト
分類 | 一般名 | 商品名 | 製造販売業者等 |
---|---|---|---|
BCR/ABL阻害薬 | イマチニブメシル酸塩 | グリベック®錠100mg | ノバルティス ファーマ株式会社 |
マルチキナーゼ阻害薬 | パゾパニブ塩酸塩 | ヴォトリエント®錠200mg | ノバルティス ファーマ株式会社 |
JAK阻害剤 | ルキソリチニブリン酸塩 | ジャカビ®錠5mg/10mg | ノバルティス ファーマ株式会社 |
MEK阻害剤 | トラメチニブ ジメチルスルホキシド付加物 | メキニスト®錠0.5mg/2mg Mekinist for oral solution メキニスト®小児用ドライシロップ 4.7mg |
ノバルティス ファーマ株式会社 |
抗PD-L1 ヒト化モノクローナル抗体 |
アテゾリズマブ (遺伝子組換え) |
テセントリク®点滴静注840mg/1200mg | 中外製薬株式会社 |
マルチキナーゼ阻害剤 | カボザンチニブリンゴ酸塩 | カボメティクス®錠20mg | 武田薬品工業株式会社 |
EZH1 /2阻害剤 | バレメトスタットトシル酸塩 | エザルミア®錠50mg/100mg | 第一三共株式会社 |
チロシンキナーゼ阻害剤 | クリゾチニブ | ザーコリ®カプセル200mg/250mg | ファイザー株式会社 |
ドパミンD2受容体拮抗薬 | ドルダビプロン塩酸塩 | OP-10(未承認薬のため、開発番号を記載) | 大原薬品工業株式会社 |
本試験で使用する医薬品はすべて企業から無償提供されています。
今後も、対象医薬品が増えていく見込みです。
展望
本試験では、小児・AYA世代のがん患者さんが治療を希望される可能性のある適応外薬や未承認薬をあらかじめ準備し、必要なときに速やかに使用できる体制の構築を目指しています。今回、新たに「OP-10」コホートが追加されたことで、治験には参加できないものの治療の選択肢を求める患者さんの一部に対し、医師の適切な管理のもとで薬剤を使用する機会を提供できるようになります。
また、本試験を通じて得られる国内小児・AYA世代における治療効果や安全性に関するデータは、将来的に患者さんにとって有益な医療の提供や、薬事承認および保険適用の検討材料として活用されることが期待されます。今後も、より多くの患者さんに治療の機会を提供できるよう、引き続き対象施設や対象薬剤の拡大を図ってまいります。
用語解説
注1 患者申出療養制度
困難な病気と闘う患者の思いに応え、先進的な治療を受けたいという患者さんの申し出を起点とし、身近な医療機関で迅速に受けられるようにする制度です。患者さんの申し出をもとに臨床研究中核病院が臨床研究を立案し、国の患者申出療養評価会議の承認を受けた上で、患者さんの希望する療養を安全性・有効性等を確認しながら臨床研究として実施します。国内の未承認・適応外のさまざまな治療法が対象になりますが、保険収載を前提とするものに限ります。したがって未承認薬等の費用に加え、保険収載を目指すためのデータ作成に対し、研究支援者の人件費や研究の品質管理、統計解析の費用などがかかり、それらを研究費から負担します。
厚生労働省「患者申出療養」制度とは?https://www.mhlw.go.jp/moushideryouyou/(外部サイトにリンクします)
注2 適応外薬
医薬品はその薬を使用する病気に対する効能・効果や用法・用量等が細かく定められた上で承認され、公的保険での投与が可能となっています。承認されている効能・効果や用法・用量以外で使用される医薬品を「適応外薬」といいます。適応外薬の使用は原則保険外診療として実施する必要があります。
注3 未承認薬
日本で薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)で承認されていない医薬品のことをいいます。未承認薬を使う場合、基本的には臨床試験のもとで使うことが必要となります。
注4 びまん性神経膠腫(diffuse midline glioma, DMG)およびびまん性内在性橋グリオーマ(DIPG)
どちらも悪性脳腫瘍で、よく似た特徴を持ちますが、DIPGは脳幹の一部である「橋」にできる腫瘍をさし、特に子どもに多く見られます。一方、DMGはより広い意味を持ち、DIPGをふくめ、視床や脊髄など脳や脊髄の中心(midline)にできる同じようなタイプの腫瘍をまとめた名称です。どちらも「H3K27M変異」と呼ばれる遺伝子の変化が関係していることが多く、この変化を手がかりにした治療法の研究が進められています。
注5 人道的見地からの未承認薬の提供
まだ正式に承認されていない新しい薬を、重い病気で他に治療法がない患者さんに対して使うことを認める制度です。今回の米国での場合は食品医薬品局(FDA)の「Expanded Access Program(EAP)」として知られ、他に治験や臨床試験がない場合に、製薬企業の協力と医師の申請を経て、個別の患者に対して例外的に薬剤の使用が許可される仕組みです。
注6 がん遺伝子パネル検査
がんにかかわる遺伝子の変化(遺伝子異常)を1度に多数調べる検査で、見つかった遺伝子異常に合う治療薬を選び、その後の治療に役立てることを目的としています。がんゲノムプロファイリング検査とも呼びます。単一遺伝子の異常を調べる検査を複数回行うよりも検査時間が短く、患者さんが生検を何度も受けるという負担も軽減できます。がん遺伝子パネル検査を受けても遺伝子異常や対応する医薬品が見つからない場合もあります。
国立がん研究センター「がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査」https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp(外部サイトにリンクします)
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立がん研究センター中央病院 小児腫瘍科 荒川 歩
〒104-0045 東京都中央区築地5-1-1
電話番号:03-3542-2511(代表) Eメール:ncch2220_office●ml.res.ncc.go.jp
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国立がん研究センター中央病院 がん相談支援センター
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