若年大腸がんと子宮体がんの罹患・死亡の増加を確認
若年発症がんの病態解明の基盤となる国際共同研究成果
2025年12月25日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 国立がん研究センターを中心とした国際共同研究チームは、世界44の国と地域で2000年から2017年までに診断された若年発症がんの動向を分析しました。
- その結果、日本を含む多くの国や地域で若年(20歳以上50歳未満)でのがんの罹患率が増加していることが明らかになりました。女性では大腸がん、子宮頸がん、膵臓がん、多発性骨髄腫が増加し、男性では前立腺がん、大腸がん、腎臓がんなどの罹患率が顕著に増加していました。日本では、子宮体がんの罹患率が顕著に増加していました。
- なかでも若年層での子宮体がんと大腸がんは、複数の国で罹患率、死亡率ともに増加していることが明らかとなりました。
- 若年発症がんと肥満との関連を分析したところ、肥満率の高い国や地域では、若年発症がんの罹患率も上昇しており、肥満と若年発症がんの関連が示唆されました。
- 若年発症がんの増加は、世界的に重要な課題であるとされています。研究チームは、大規模コホート研究とオミックス解析等の様々な研究手法を組み合わせて、若年発症がんの病態解明に取り組んでいます。また、ハーバード大学などの海外研究機関と密接に連携し国際共同研究も進めてまいります。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(所在地:東京都中央区、理事長:間野 博行)研究所統合がん研究分野とがん対策研究所予防研究部を中心とする国際共同研究チームは、日本を含む世界44の国と地域で2000年から2017年までに診断されたがんの罹患率(年齢調整罹患率注1)・生存率(年齢調整生存率注2)を用いて、若年(20歳以上50歳未満)発症がんの動向を分析しました。
本研究の結果、女性では甲状腺がん、乳がん、悪性黒色腫、子宮体がん、大腸がん、腎臓がん、子宮頸がん、膵臓がん、多発性骨髄腫、ホジキンリンパ腫、男性では甲状腺がん、腎臓がん、精巣がん、前立腺がん、大腸がん、悪性黒色腫、白血病などの整罹患率が若年者で増加していました。また、若年発症がんと高齢発症がんを比較したところ、女性では大腸がん(6か国)、子宮頸がん(6か国)、膵臓がん(5か国)、多発性骨髄腫(5か国)、男性では前立腺がん(12か国)、大腸がん(8か国)、腎臓がん(6か国)などでの若年発症が高齢発症と比べ顕著に増加していました。さらに、若年発症がんの罹患率と死亡率を比較したところ、子宮体がんは日本、韓国、エクアドル、米国、イギリスで、大腸がんは、カナダ、米国、イギリスなどでいずれも上昇していました。
また、がん発症のリスク要因である肥満との関連を調べるため、肥満が関連する若年発症がんの罹患率と若年者の肥満率を比較したところ、肥満率の高い国や地域では、若年発症がんの罹患率も上昇しており、肥満と若年発症がんの関連が示唆されました。
若年発症がんの増加は、世界的な課題ですが、その詳細な状況は十分に分かっていないのが現状です。本研究では、若年発症がんの罹患率は臓器や国によって大きく異なることに加え、大腸がんや子宮体がんでは一部の国では罹患率だけでなく死亡率も上昇していることが分かりました。子宮体がんと大腸がんは、早期に発見・治療できなければ、死亡のリスクが高くなることが知られています。今後、若年発症がんの病態解明が世界的に重要な課題であることが示されました。
本研究は、国立がん研究センター研究所 統合がん研究分野 鵜飼知嵩分野長、寺島美優研修生、鵜飼智子特任研究員、がん対策研究所 予防研究部 田中詩織室長、ハーバード公衆衛生大学院Edward L Giovannucci教授、イチロー・カワチ教授らの研究チームによって行われ、その成果は科学雑誌 「Military Medical Research」 に2025年11月14日に掲載されました。
背景
これまで、国立がん研究センター研究所 統合がん研究分野の鵜飼分野長のグループを始め、複数のグループから、若年発症がんの罹患率が世界中の地域や国で増えていることが報告されています。しかし、がんの罹患率は、がん登録の精度やスクリーニング技術の向上によっても増加するため、高齢発症がんとの比較や、死亡率も合わせて検討することが必要でした。
研究成果
若年(20歳以上50歳未満)発症がんと高齢(50歳以上)発症がんについて、世界保健機関(WHO)の下部組織である国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer;IARC)が世界のがん登録室から収集・公開している5大陸のがん罹患(Cancer Incidence in Five Continents:CI5注3)のデータベースと、国際データベースであるWHO Mortality注4データベースの死亡率を主に用いて以下の検討を行いました。
1.若年発症がんの罹患率のグローバル分析
日本を含む世界44の国と地域の2000年から2017年までに診断された若年発症がんの罹患率の推移を検討しました。
その結果、女性では甲状腺がん、乳がん、悪性黒色腫、子宮体がん、大腸がん、腎臓がん、子宮頸がん、膵臓がん、多発性骨髄腫、ホジキンリンパ腫、男性では甲状腺がん、腎臓がん、精巣がん、前立腺がん、大腸がん、悪性黒色腫、白血病などの年齢調整罹患率が多くの国や地域で増加していることを明らかにしました。
これらのがんの増加は、がん登録精度やスクリーニング技術の向上との関連だけでは説明ができません。
2.若年発症がんの罹患率と高齢発症がんの罹患率の比較
若年発症がんと高齢発症がんの罹患率を比較しました。その結果、女性では若年発症の大腸がん(6か国)、子宮頸がん(6か国)、膵臓がん(5か国)、多発性骨髄腫(5か国)、男性では前立腺がん(12か国)、大腸がん(8か国)、腎臓がん(6か国)などの罹患率が高齢発症がんと比べて、多くの国でより顕著に増加していました。日本では、若年発症の子宮体がんの罹患率が高齢発症がんよりも顕著に増加していました。
これらの要因としては、がんの危険因子や、若年発症がんに特異的な新しい危険因子に若年でより曝露していることにより若年発症のがんが増えている可能性や、高齢発症がんがスクリーニング技術の向上により前がん病変のうちに除去されている可能性などが考えられます。
3.若年発症がんの罹患率と死亡率の比較
日本を含む世界36か国の若年発症がんの罹患率と死亡率を比較したところ、子宮体がんは日本、韓国、エクアドル、米国、イギリスで、大腸がんはカナダ、米国、イギリスなどにおいていずれも増加していました。子宮体がんや大腸がんは、早期に発見・治療することが必要ながんです。
4.若年発症がんの罹患率と若年者の肥満率の比較
がんのリスク要因である肥満との関連を調べるため、若年発症がんの罹患率と肥満率を調べたところ、若年者の肥満率が増加している米国、カナダ、イギリス、オーストラリアなどの先進国を中心に多くの国や地域で、若年発症がんの罹患率も増加していることが分かりました。
日本でも若年者の肥満率は増加傾向にありますが、諸外国と比べるとその傾向は比較的緩やかでした。ただし、日本人を含むアジアの人は欧米人と比較して、軽度肥満でも生活習慣病のリスクが高いため、アジア人における肥満の定義や最適な分類などを適応した今後さらに検討が必要です。
展望
本研究により、様々な若年発症がんの罹患率が高齢発症がんと比較し増加していることが明らかとなりました。なかでも子宮体がんや大腸がんは、死亡率も増加していることから、その要因や病態のより早期の解明が望まれます。がんの罹患率は、がん登録の精度向上や、スクリーニングや診断技術の進歩、効果的なスクリーニングによる前がん病変の除去、さらに若年者における危険因子の暴露など様々な要因が複雑に関係しています。
とりわけ、若年発症がんは現状が十分に把握できていないため、今後、疫学研究での実態把握と基礎研究をさらに行い、現状をより詳細に把握する必要があります。
国立がん研究センターでは、今後、大規模なコホート研究を活用し、発生したがんの組織を詳しく調べ、その組織のデータのオミックス解析注5(ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、腸内細菌、免疫細胞など)と生活習慣や環境要因との関連を解析する研究を進めており、日本主導で国内外の研究機関と協働により、若年発症がんの病態解明を進め、若年発症のがん患者さんの医療および支援の向上に貢献してまいります。
論文情報
雑誌名
Military Medical Research
タイトル
Diverging global incidence trends of early-onset cancers: comparisons with incidence trends of later-onset cancers and mortality trends of early-onset cancers
著者
Miyu Terashima # 1 2 3, Kota Nakayama # 2 3, Sora Shirai # 4, Satoko Ugai # 1 5, Hwa-Young Lee # 6 7, Haruna Matsui # 2, Hiroki Mizuno 5, Shiori Tanaka 8, Minkyo Song 9, Naoko Sasamoto 10, Ichiro Kawachi 3, Edward L Giovannucci 5 11, Tomotaka Ugai 12 13 14 15
- Division of Integrative Cancer Research, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, 104-0045, Japan.
- Okayama University Medical School, Okayama, 700-8558, Japan.
- Department of Social and Behavioral Sciences, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, 02215, USA.
- Department of Electrical Engineering and Computer Science, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, 02139, USA.
- Department of Epidemiology, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, 02115, USA.
- Graduate School of Public Health and Healthcare Management, the Catholic University of Korea, Seoul, 06591, Republic of Korea.
- Catholic Institute for Public Health and Healthcare Management, the Catholic University of Korea, Seoul, 06591, Republic of Korea.
- Division of Prevention, Institute for Cancer Control, National Cancer Center, Tokyo, 104-0045, Japan.
- Laboratory of Epidemiology and Population Sciences, National Institute On Aging, National Institutes of Health, Baltimore, MD, 21224, USA.
- Public Health Sciences Division, Fred Hutchinson Cancer Center, Seattle, WA, 98109, USA.
- Department of Nutrition, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, 02115, USA.
- Division of Integrative Cancer Research, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, 104-0045, Japan.
- Department of Epidemiology, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, 02115
- Department of Pathology, Brigham and Women's Hospital, and Harvard Medical School, Boston, MA, 02115, USA
- Zhu Family Center for Global Cancer Prevention, Harvard T.H. Chan School of Public Health, Boston, MA, 02115, USA
#Contributed equally.
DOI
10.1186/s40779-025-00670-8
掲載日
2025年11月14日
URL
https://mmrjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40779-025-00670-8(外部サイトにリンクします)
研究費
- 国立がん研究センター研究開発費
2025-A-02「がん精密医療に向けた統合アプローチによるがんスペクトラムの解明」
研究代表者名:国立がん研究センター研究所 統合がん研究分野 鵜飼知嵩 - 日本学術振興会 科学研究費助成事業
国際共同研究加速基金(帰国発展研究)
「Transdisciplinary Epidemiologic Consortium for Early-onset Cancer」
研究代表者名:国立がん研究センター研究所 統合がん研究分野 鵜飼知嵩
用語解説
注1:年齢調整罹患率
年齢構成の違いによる影響を取り除き、異なる集団や時点の罹患率を比較するために用いる指標。基準人口の年齢構成に合わせて計算された「もし人口構成が同じだった場合の罹患率」を示します。
注2:年齢調整死亡率
年齢構成の違いによる影響を取り除き、異なる集団や時点の死亡率を比較するための指標。基準人口の年齢構成に合わせて計算された「もし人口構成が同じだった場合の死亡率」を示します。
注3:Cancer Incidence in Five Continents
世界のがん罹患数・率を5年おきにデータブックとしてまとめ、各国のがん対策に役立てるための資料です。各国から、がん患者とその診療に関する情報について、個人が特定されないよう匿名化したデータを提出し、IARC(国際がん研究機関)のサーベイランス部においてデータの精度管理を実施。定められた基準を満たしたデータのみを用いて集計値を算出するため、国際的な標準化と精度管理が行われた信頼性の高いデータです。
注4:WHO Mortality
世界保健機関(WHO)が加盟国から毎年報告される、年齢、性別、死因別の死亡率データを集めたデータベースです。
注5:オミックス解析
ゲノム(遺伝子)、トランスクリプトーム(RNA)、プロテオーム(タンパク質)、メタボローム(代謝産物)など、生物が持つ様々な分子群(オミックス)の全体像を、網羅的かつ大規模に調べる研究手法の総称です。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
統合がん研究分野 鵜飼 知嵩
Eメール:tugai●ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)
