胸腔鏡下手術が切除可能食道がんの新たな標準治療に~開胸手術に劣らない生存期間が示され低侵襲手術の有効性を世界で初めて報告~
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立大学法人浜松医科大学
慶應義塾大学医学部
日本臨床腫瘍研究グループ
発表のポイント
- 食道は、咽頭と胃を連絡する管状の臓器で、頸部と胸部を縦走するため、外科手術における患者さんの負担が大きく、より低侵襲の手術が求められています。
- 日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)では、食道がんの手術において、これまでの標準治療である開胸手術と、より低侵襲な胸腔鏡下手術の生存期間を比較するランダム化比較試験を多施設と共同で実施しました。
- 本試験の結果、胸腔鏡下手術において開胸手術に劣らない生存期間が示され、また術後の呼吸機能も維持されることが明らかとなり、より低侵襲である胸腔鏡下手術が食道がん手術の標準治療の一つになることが示されました。
- 本研究の成果は、胸腔鏡下手術の長期成績に関する世界初の知見として高く評価され、世界的に権威のある英国学術雑誌「The Lancet Gastroenterology and Hepatology」に掲載されました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院(所在地:東京都中央区、病院長:瀬戸 泰之)が中央支援機構(データセンター/運営事務局)を担い支援する日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)では、科学的証拠に基づいて患者さんに第一選択として推奨すべき最善の治療である標準治療や診断方法等を確立するため、専門別研究グループで全国規模の多施設共同臨床試験を実施しています。
この度、JCOG食道がんグループでは、切除可能な食道がん(食道扁平上皮がん)に対する手術法として、従来の開胸手術と、より低侵襲で患者さんに負担が少ないと考えられる胸腔鏡下手術の生存期間を比較するため、国内多施設によるランダム化比較第III相試験注1を実施しました。
本試験の結果、胸腔鏡下手術を受けた患者さんの生存期間は、開胸手術を受けた患者さんに比べて劣らないことが示されました。また、食道がんの術後早期に呼吸機能低下を来す患者さんの割合が、胸腔鏡下手術を受けた患者さんで低いことが示されました。これらの結果から、胸腔鏡下手術は切除可能な食道がん患者さんに対する標準治療の一つになることが示されました。
食道がんの手術は頸部・胸部・腹部と広範囲に及ぶため患者さんの心身への負担が大きく、より低侵襲な手術が求められています。本研究成果により、食道がんに対する低侵襲外科治療の選択肢が広がるとともに、患者さんの術後の回復が早まり、QOL(生活の質)の向上にも繋がると考えられます。
本試験の結果は、胸腔鏡下手術の長期成績に関する世界初の知見として国際的にも高く評価され、世界的に権威のある英国学術雑誌「The Lancet Gastroenterology and Hepatology」に2025年10月14日(英国時間10月13日)付で掲載されました。
JCOGでは、がん患者さんにとっての最善の医療を確立するための臨床試験を今後も行ってまいります。
背景
食道がんは、食道の粘膜に存在する細胞が悪性化することで発症するがんです。日本における食道がんの主な組織型は、食道の粘膜の最も内側に発生する扁平上皮がんが90%弱を占めており、逆流性食道炎に関連して発生し欧米で多くみられる腺がんは7%程度にとどまります。
食道がんに対する標準治療は長らく開胸して行う食道切除術でしたが、患者さんへの侵襲や負担が大きいため、それを軽減することを目的として、開胸を行わないより低侵襲な胸腔鏡下手術が開発され、世界的にも急速に普及してきました。しかし、これまでのところ、開胸手術と胸腔鏡下手術の長期成績を直接比較した研究はありませんでした。
JCOGでは、2つの治療法の長期成績を検証するために、2015年から本試験(JCOG1409)を開始しました。なお登録期間は当初の計画より1年延長され、2022年6月に予定患者登録数の300名に到達し、登録終了となりました。本試験の主たる解析は2025年6月に実施予定でしたが、2023年6月に2回目の中間解析を実施したところ、胸腔鏡下食道切除術群の全生存期間が開胸食道切除術群に対して劣らないことが統計学的に示されました[ハザード比(HR)注2=0.64(98.8%信頼区間0.34-1.21)、p=0.000726]。この結果を受けて試験を予定よりも早期に中止し、結果を公表することにしました。
研究方法
切除可能な食道がん患者さんを対象に、標準治療である開胸食道切除術に対する、胸腔鏡下食道切除の非劣性注3を本試験で検証しました。2つの治療法をより正確に評価するため、患者さんは、標準治療:A群(開胸食道切除群)、試験治療:B群(胸腔鏡下食道切除群)のいずれかにランダム(無作為)に振り分けられました(図1)。
図1 試験の概要(シェーマ図)
治療内訳
- 標準治療:A群(開胸食道切除群)
- 試験治療:B群(胸腔鏡下食道切除群)
図2 手術方法による手術創の違い
研究結果
主要評価項目である生存期間の評価では、3年後に生存されている患者さんの割合が開胸食道切除術群:70.9%(95%信頼区間61.6%-78.4%)に対して、胸腔鏡下食道切除術群:82.0%(95%信頼区間73.8%-87.8%)で、胸腔鏡下食道切除術群で良好な結果でした。また、開胸食道切除術群の3年時点の無再発生存割合:61.9%に対して、胸腔鏡下食道切除術群:72.9%[HR: 0.68(95%信頼区間0.46-1.01)]と、胸腔鏡下食道切除術群で良好な傾向でした。
図3 全生存期間(3年生存割合)の結果
図4 無再発生存期間(3年無再発生存割合)の結果
手術後の合併症については、Grade 2以上の術後肺炎および縫合不全は開胸食道切除術群でそれぞれ29名(19.6%)、15名(10.1%)、胸腔鏡下食道切除術群ではそれぞれ20名(13.3%)、24名(16.0%)と、大きな違いはありませんでした。一方で、術後3か月時点で呼吸機能低下を来した患者さんの割合は開胸食道切除術群:12.5%、胸腔鏡下食道切除術群:9.7%で、胸腔鏡下食道切除群の方が術後の呼吸機能低下が抑えられることが示されました(p=0.0008)。
本試験の結果、開胸手術に比べて胸腔鏡下手術の治療成績が劣らないことが示され、より低侵襲である胸腔鏡下手術が切除可能食道がんに対する有効な治療選択肢となり得ることが明らかになりました。
表1 主な手術合併症(Grade 2~4 軽度~重度、Grade 4重度)の結果
本試験の詳細
試験名
臨床病期I/II/III食道癌(T4注4を除く)に対する胸腔鏡下手術と開胸手術のランダム化比較第III相試験(JCOG1409:MONET Trial)
患者さんの登録時期
2015年5月20日~2022年6月17日
登録人数
300名
年齢中央値
68歳
研究の実施体制
JCOG中央支援機関(データセンター/運営事務局):福田 治彦、片山 宏(国立がん研究センター)
JCOG食道がんグループ代表:竹内 裕也(浜松医科大学医学部)
JCOG1409研究代表者:北川 雄光(慶應義塾大学医学部)
JCOG1409研究事務局:竹内 裕也(浜松医科大学医学部)
目的
臨床病期 I/II/III(T4 を除く)期胸部食道癌患者を対象に、標準治療である開胸食道切除術に対して、試験治療である胸腔鏡下食道切除術が全生存期間で劣っていないことを第III相試験にて検証する。
対象
- 臨床病期I/II/III(T4を除く)(UICC TNM分類第7版)(注3)で、扁平上皮癌、腺扁平上皮癌、類基底細胞癌と診断されている胸部食道がん
- 年齢が20歳以上、80歳以下
- 他のがん種を含め、化学療法、放射線療法、内分泌療法の既往がない
- 適切な臓器機能を有する
- 食道がん根治切除術が可能と判断されている
- 試験参加について本人から同意が得られている
評価項目
主要評価項目:全生存期間
副次的評価項目:無再発生存期間、根治切除割合、周術期合併症発生割合など
実施施設
国内31施設
UMIN臨床試験登録システム
https://center6.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr_view.cgi?recptno=R000020026(外部サイトにリンクします)
展望
本試験の結果より、切除可能な進行食道がん患者さんに対する手術として、開胸手術に加え胸腔鏡下手術が標準治療の一つになることが示されました。JCOG食道がんグループでは、食道がん手術の患者さんに与える負担のさらなる軽減を目的とし、「臨床病期I-IVA(T4を除く)胸部上中部食道扁平上皮癌に対する予防的鎖骨上リンパ節郭清省略に関するランダム化比較試験」(JCOG2013)を行っています。
ただし、食道がんの手術では、術前の呼吸機能や過去の手術歴など様々な要因を考慮する必要があり、治療法の利点と欠点について、個々の患者さんがよく説明を受けた上で決めることも重要です。また、本試験では、日本内視鏡外科学会の技術認定取得医または同等の技量を有する術者が執刀する、あるいは同等の技量を有する指導者の下で手術を行うことが定められておりました。そのため、施設や手術担当医に応じて適切な治療法を選択することも重要です。
さらに2018年からは、ロボット支援下手術注5が保険適用されるようになり、多くの施設で導入が進んでいます。ロボット支援下食道手術は、より繊細な手術が可能と期待される一方で、導入からの期間が浅く、その有効性が十分には示されておりません。そのため、治療方針を決定する際には患者さんの状況や、治療を受ける施設の状況などを考慮した上で、治療方針を選択してくことが望ましいと考えられます。
論文情報
雑誌名
The Lancet Gastroenterology and Hepatology
タイトル
Thoracoscopic versus open oesophagectomy for patients with oesophageal cancer (JCOG1409 MONET): a multicentre, open-label, randomised, controlled, phase 3, non-inferiority trial
著者
Hiroya Takeuchi, Ryunosuke Machida, Masahiko Ando, Yasuhiro Tsubosa, Hirotoshi Kikuchi, Hirofumi Kawakubo, Kazuhiro Noma, Masaki Ueno, Takahiro Tsushima, Takeo Bamba, Takeo Fujita, Yoichi Hamai, Tomokazu Kakishita, Hiroyuki Daiko, Kazuo Koyanagi, Satoru Matsuda, Ken Kato, Keita Sasaki, Ryosuke Kita, Yuko Kitagawa, on behalf of the JCOG1409 investigators
DOI
10.1016/S2468-1253(25)00207-9
掲載日
2025年10月14日(英国時間10月13日)付
URL
https://doi.org/10.1016/S2468-1253(25)00207-9(外部サイトにリンクします)
研究費
- 日本医療研究開発機構委託研究開発費
研究事業名: 革新的がん医療実用化研究事業
研究課題名: 臨床病期I/II/III食道癌(T4を除く)に対する胸腔鏡下手術と開胸手術のランダム化比較第III相試験
研究代表者名: 北川 雄光 - 国立がん研究センター研究開発費
26-A-4「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究」
29-A-3「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究(JCOG)」
2020-J-3「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究」
2023-J-03「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究」
日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG:Japan Clinical Oncology Group)の概要
国立がん研究センター研究開発費、日本医療研究開発機構研究費を主体とする公的研究費によって助成される研究班を中心とする多施設共同臨床研究グループで、がん診療連携拠点病院を中心とした医療機関の研究者で構成される専門分野別研究グループと国立がん研究センターが管轄する中央支援機構(国立がん研究センター中央病院臨床研究支援部門)、各種委員会から構成されており、法人格を有さない任意団体です。
JCOGウェブサイト: http://www.jcog.jp/index.html(外部サイトにリンクします)
用語解説
注1 ランダム化比較第III相試験
登録された患者さんをランダムに各治療群に割り付け治療成績を比較する、検証的な臨床試験のことです。
注2 ハザード比(HR)
ある治療を行った場合に、一定期間に起こる出来事(本試験でいうと死亡)の「起こりやすさ」を別の治療と比べた数値のことです。数値が低い程、起こる確率が低いことになります。本試験では、「胸腔鏡下食道切除術が開胸食道切除術よりも劣っていない」と判断できる規準をハザード比で1.44と予め決めていました。実際の結果を統計的に解析したところ、信頼区間上限がその規準を超えなかったため、胸腔鏡下食道切除術が開胸食道切除術と比べて劣っていないと証明されました。
注3 非劣性
新しい治療法が既存の治療法と比較して、効果が劣っていない(許容できる範囲内で同程度である)ことを指します。
注4 T4
食道がんの深達度を示します。T1aからT4に分類され、T4はがんが食道周囲の臓器(肺、大動脈、気管など)にまで明らかに広がっている状態で、切除はできません。
注5 ロボット支援下手術
医師が直接患者さんに触れることなく、遠隔操作で手術を行うことを支援する医療用ロボットを用いた手術方法です。この手術では、患者さんの体に小さな穴を開け、そこから内視鏡(カメラ)と手術器具を取り付けたロボットアームを挿入します。医師は、患部の立体映像を見ながら、ロボットアームを遠隔操作して精密な手術を行います。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立がん研究センター中央病院
臨床研究支援部門 研究企画推進部 多施設研究支援室(JCOG運営事務局)
Eメール:webmaster●ml.jcog.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp
国立大学法人浜松医科大学
総務課広報室
電話番号:053-435-2151
Eメール:koho●hama-med.ac.jp
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
電話番号:03-5363-3611
Eメール:med-koho●adst.keio.ac.jp
関連ファイル
関連リンク
- 中央病院 食道外科
- 中央病院 臨床研究支援部門
- JCOG (外部サイトにリンクします)




