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頭頸部扁平上皮癌に対する強度変調陽子線治療の実用化に向けた技術開発と有効性検証

我が国のがん患者数の増加傾向に加えて超高齢化社会の到来は、高齢でかつ合併症などを有する虚弱ながん患者の増加を意味します。手術や化学療法と並んで放射線治療は重要な根治的治療として確立していますが、上記のような時代背景においてはがん治療ではより侵襲が少なく安全に治療可能な治療法開発は喫緊の課題です。放射線治療の中でも粒子線治療はその優れた物理学的な特性から、リスク臓器への線量を低減することで副作用を抑制して高い抗腫瘍効果を得ることが可能な非侵襲的治療の一つであり、これまでに頭蓋底腫瘍を含む頭頸部癌、肺癌、肝細胞癌、前立腺癌などの限局する固形癌に対して、放射線療法の中でも低侵襲の治療として先進医療制度下で実施されてきました。しかし、現在のブロードビームを用いた照射法では複雑な腫瘍形状に即した線量分布実現に限界があり、その適応拡大が進んでいない現状です。一方、X線による放射線治療もIMRTや画像誘導などの技術進歩により、治療成績や有害事象低減に改善が認められていますが、X線という物理学的な特性の限界から、臨床的には改善の余地が残されています。そのため、X線に放射線治療の限界やその問題点の解決や補完に、粒子線治療の技術進歩を応用することは、臨床的な観点のみならず我が国の粒子線治療技術が世界をリードしているという産業力からも、重要でかつ将来性も望める戦略となり得ます。

“革新的がん医療実用化研究事業:平成26年度から28年度”で採択をされた“更なる低侵襲化を目指した強度変調陽子線照射システムの技術開発”(課題番号:16ck0106033h0003)において、腫瘍の進展範囲が広範囲でかつ複雑な形状であるため現状ではブロードビームを用いた陽子線治療では適応困難な局所進行頭頸部扁平上皮癌を対象に、IMPTの適応を実現するための技術開発を進めてきました。1)陽子線画像誘導下システムの開発、2)高精度治療計画装置の開発および3)至適ビームサイズの決定とビームサイズ縮小法、IMRTとIMPTの線量分布比較を含むラインスキャニング照射法の臨床応用とIMPTへの発展、の統合システムを研究の骨子にしており、この成果を応用することで現在は局所進行頭頸部扁平上皮癌の標準的な治療方法として確立しているIMRTを上回る線量分布が実現可能であることを確認しています。これらの研究成果を臨床応用可能な段階にまで発展させて、局所進行頭頸部扁平上皮癌を対象にIMPTの臨床的有効性を検証することを目的にしています。

主な研究内容

  1. 局所進行頭頸部扁平上皮癌に対する陽子線治療実現に向けた技術開発
  2. 陽子線画像誘導・アダプティブ治療システムの開発
  3. 高精度治療計画装置の開発
  4. 臨床試験実施へ向けた取り組み

局所進行頭頸部扁平上皮癌に対する陽子線治療実現に向けた技術開発

局所進行頭頸部扁平上皮癌は腫瘍の進展範囲が広範囲でかつ複雑な形状であるため、現状の陽子線治療では技術的に適応困難な疾患です。しかしその一方で、症例数が多く副作用が起きる可能性がある正常臓器が数多く隣接していることから、侵襲性の低い陽子線を用いて治療することは臨床的に大きな意味があると考えています。そこで、より複雑な腫瘍形状に即した線量分布を実現することが可能な強度変調陽子線治療(Intensity Modulated Proton Therapy, IMPT)を導入し、局所頭頚部扁平上皮癌の臨床適応への道筋をつけるための技術開発を行いました。

IMPTの局所進行頭頸部扁平上皮癌への適応検討

下咽頭癌症例でIMPT の線量分布をシミュレーションしました。下図に示すようにIMPTはX線を用いたIMRTと比較して、腫瘍への高い線量集中性と腫瘍以外の正常臓器への被曝線量低減が図れることが示唆されました。

 また、IMPTでは陽子線のビームサイズが小さいほど、より複雑な線量分布の形状の変化に対応できますが、ビームサイズは照射装置の性能によるところが大きく、設計上の限界があります。そこで、様々なビームサイズを仮定して線量分布をシミュレーションした結果、頭頚部領域においてIMRTよりも優れた線量分布が作成可能になるビームサイズの目標値を決定しました(150 MeVでσ< 6 mm)。

図 8

ビームサイズ縮小化に向けた取り組み

当院の陽子線治療装置において前述の目標値を達成するために、ビームサイズの縮小化に向けた検討を行いました。縮小化の方法として装置の大幅な改修、機器の追加等が考えられますが、下図に示すように現状の装置に別の目的で搭載されている装置(エネルギー選別用スリット)を利用し、スリットの大きさを調整することでビームサイズを縮小し、頭頚部IMPTに必要とされる150 MeVでσ< 6 mmという目標を達成できました。

図 1

図 7

陽子線画像誘導・アダプティブ治療システムの開発

高精度ラインスキャニング照射において、3次元的に腫瘍位置、正常臓器位置を把握し、意図した処方線量を腫瘍に、予定通りに正常臓器への線量を抑える「幾何学的」な正確性・精密性(Accurate/Precise)の高い治療の実現を可能にします。

毎回の治療時の3次元体内情報であるCTを利用した腫瘍および正常臓器の位置・形状の把握を行い、さらにその位置・形状に併せてビーム調整を行う陽子線画像誘導・アダプティブ治療システムの開発を行いました。

陽子線画像誘導・アダプティブ治療システム

高精度線量計算およびレンジ最適化アルゴリズム、画像照合を統合したシステムを開発しました。

高精度な陽子線線量計算法の開発

陽子線は目に見えないため、患者体内で陽子線がどのように当たっているかはシミュレーション装置(治療計画装置)にて把握しています。体内線量分布をより正確に予測できるシミュレータの開発により、「線量」の正確性・精密性(Accurate/Precise)の向上を目標に開発を行いました。

高精度な陽子線線量計算アルゴリズムの開発

従来の計算方法であるペンシルビームアルゴリズム(Pencil beam Algorithm, PBA)は、体内の骨空や空洞の影響によりシミュレーションの精度が低下します。治療計画装置で患者体内の線量分布を高精度に計算し、腫瘍への正確な線量投与や正常臓器の正確な被曝の把握のために、次世代計算アルゴリズムである簡易モンテカルロ法(Simplified Monte Carlo, SMC)の開発を行いました。

陽子線計算精度の検証

単純な不均質媒質中において線量分布計算精度を測定し、新しい線量計算アルゴリズムによる計算の精度を検証しました。放射線治療で一般的に用いられている一致度を示す指標「3D γ-index」を用いて評価した結果、すべてのビーム条件で98%以上のパス率を実現しました。

従来法との患者内での線量分布の比較

頭頸部症例における計算アルゴリズムの違いによる線量分布の変化を把握しました。SMCによる線量分布のシミュレーション結果は、PBAよりもターゲット周辺の線量が10~20%程度大きくなる傾向が見られました(下図)。今後、症例数を増やすとともに、臨床的な影響を評価します。

IMPT線量検証システムの開発

IMPTの複雑な線量分布が精度よく照射されていることを保証するため、治療計画と独立したログデータから線量分布を再構成するシステムを開発しました。開発したシステムの計算精度を評価するために実測値との比較を行った結果、少ない計算時間で測定値と精度よく一致していました(パス率97%以上)。

図 3

臨床試験実施へ向けた取り組み

IMPT臨床実施に向けた技術開発を完了し、局所進行頭頸部扁平上皮癌に対して IMPTが実施可能でIMRTより優れた線量分布が実現できるというPOCを確立しました。IMPTの有効性検証を目的とした多施設臨床試験を実施するために、プロトコール作成、ダミーラン、先進医療B制度下での試験実施の手続きなどを進め、国内初となる局所進行頭頸部扁平上皮癌を対象としたIMPTの有効性検証試験を2021年9月から開始しています。

以下の現在実施予定の試験デザインを提示します。

試験デザイン