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キーワード:制御性T細 CTLA-4抗体 FOXP3免疫のブレーキ役『制御性T細胞』とがんの関係

更新日 : 2026年2月13日

免疫のブレーキ役『制御性T細胞』とがんの関係バナー

私たちの体を異物から守る「免疫」。しかし、その免疫システムが、時としてがん細胞の増殖を手助けしてしまうことがあります。その鍵を握るのが『制御性T細胞』です。
本来は免疫の暴走を防ぐ"ブレーキ役"ですが、がん細胞に利用されると、がんを守る"用心棒"へと変わってしまいます。
この記事では、制御性T細胞の基本的な働きから、なぜがん治療の新たな標的として注目されているのか、最新の研究動向までをわかりやすく解説します。

1、制御性T細胞の基礎知識:免疫の「ブレーキ役」

そもそも、制御性T細胞(Treg)とは何でしょうか?

制御性T細胞は、免疫系の中で、その負の制御(免疫抑制)をしている細胞の一つです。
私たちの体の免疫系は、ウイルスや細菌などの異物(非自己)を攻撃する一方、自分自身の体(自己)は攻撃しない仕組みになっています。
この免疫系が暴走し、正常な細胞を攻撃する「自己免疫疾患」になったり、ウイルスなどへの反応が過剰になったりしないよう、ブレーキをかける役割を担っているのが「制御性T細胞」です。この働きによって、私たちの体の免疫系は正常に保たれています。
リウマチやSLE(全身性エリテマトーデス)と呼ばれるような病気がありますが、これらは自分自身の体(自己)に対して免疫応答が起こったことによって、引き起こされる病気です。
こういった自己免疫疾患が起こらないようにしているのが制御性T細胞です。

図1

制御性T細胞を標的とした臨床応用はどこまで進んでいますか?

現在のところ、自己免疫疾患や免疫が過剰になり過ぎないようにするために、制御性T細胞を臨床で用いるということは、残念ながらできていません。
しかしながら、その機能を代替するような抗体であるとか、タンパク質を使った治療は既に臨床応用されています。
例えば、自己に対する免疫応答、いわゆる自己免疫疾患に対して、CTLA-4と呼ばれる制御性T細胞に発現し免疫抑制機構を発揮する上で重要な分子を人工的に作って投与することで自己免疫疾患を抑制するというような治療が、既に臨床で使われ始めています。

2、がん細胞の"用心棒"? 免疫を欺く制御性T細胞

では、このブレーキ役の細胞が、なぜがんと関係するのでしょうか?

制御性T細胞は、免疫系の働きを抑制するブレーキ役の細胞です。
一方、がんは体内で増殖する過程で、自らが生き残るために、免疫系からの攻撃を抑え込もうとします。
がんは元々、正常な細胞の遺伝子に傷がついて発生するため、免疫系はがん細胞を「自分ではない異物(非自己)」と認識します。本来であれば、免疫系ががん細胞を攻撃・排除してくれるはずです。
制御性T細胞は免疫の暴走を防ぐ重要な細胞です。しかし、がん細胞はこの仕組みを巧みに利用します。
がん細胞は、免疫系からの攻撃を逃れるため、制御性T細胞を自らの周囲に呼び寄せたり、免疫抑制機能を活発にさせたりします。すると、制御性T細胞はがん細胞を敵と見なさず、むしろ他の免疫細胞ががんを攻撃しないようブレーキをかけてしまいます。
このように、体を守るはずの免疫系が、がんの増殖を助ける"用心棒"のような働きに変わってしまうのです。
その結果、本来であればがんを攻撃するはずの免疫系の働きが抑え込まれ、がんの増殖を許してしまうことになります。

3. 現在の治療法と課題

では、この"用心棒"を無力化する治療はすでにあるのでしょうか?

理想は、がん細胞に利用されている"悪い"制御性T細胞だけを標的にすることですが、現時点ではそのような"悪い"制御性T細胞だけを選択的に無力化する治療法は確立されていません。
しかし、関連するがん免疫療法はすでに臨床で用いられています。
例えば、「免疫チェックポイント阻害薬」の一種であるCTLA-4抗体や、血管の形成を抑えるVEGF阻害薬には、制御性T細胞のブレーキ機能を弱めたり、その数を減らしたりする効果があることがわかっています。
このように、制御性T細胞そのものを狙い撃ちする治療は開発途上ですが、その働きを間接的に抑える治療はすでに行われています。

図2

「免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害薬など)」との違いは?

がん免疫療法で広く使われている「免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害薬など)」は、がんを攻撃する免疫細胞(エフェクターT細胞)にかかっているブレーキをはずす薬とイメージすると分かりやすいでしょう。
一方で、先述のようにCTLA-4抗体は、制御性T細胞がかけているブレーキを弱めるアプローチです。
つまりブレーキをかけられている側に作用しているか、それともかけている側に作用しているか、と考えるとわかりやすいでしょう。
しかし、近年の研究で、一部の"悪い"制御性T細胞もPD-1を持っていることが判明しました。
これは、エフェクターT細胞のブレーキをはずして免疫応答を強めるはずの薬が、同時にブレーキ役である制御性T細胞をも元気にしてしまい、結果的に治療効果を下げてしまう可能性があることを意味します。
この発見により、患者さんごとに薬の効果を予測し、より適切に使い分ける研究が進んでいます。

4、今後の展望:制御性T細胞を標的にしたがん研究について

制御性T細胞を攻略する2大戦略

がん細胞に利用される制御性T細胞を無力化するため、主に2つの戦略で研究が進められています。

戦略1:「悪い」制御性T細胞だけを見分ける"目印"を探す

がんに味方する制御性T細胞だけが持つ特有の分子(目印)を見つけ出し、それをピンポイントで攻撃する手段を開発する研究です。
これが実現すれば、体を守る"良い"制御性T細胞を傷つけることなく、がんの"用心棒"になっている"悪い"制御性T細胞だけを攻撃、破壊できます。

戦略2:制御性T細胞ががんに集まるのを"妨害"する

がん細胞は、制御性T細胞を呼び寄せるための特殊な物質(化学メディエーター)を放出したり、制御性T細胞専用の栄養素を用意したりして、"用心棒"を増やし、自分にとって居心地の良い環境を作り出しています。
この「呼び寄せ」や「エネルギー補給」の経路を断ち切ることで、制御性T細胞ががんの"用心棒"になるのを防ぐ研究も活発に行われています。

制御性T細胞に関する新しい発見や注目ポイントはありますか?

制御性T細胞の発見者である坂口志文(さかぐち しもん)博士の研究は、免疫系の理解に新たな扉を開きました。
近年、その研究から派生した、特に「FOXP3(フォックスピースリー)」という分子が注目されています。
これは、制御性T細胞を作り出すための"設計図"の役割を果たす遺伝子です。
さらに、エネルギーの使い方にも大きな違いがあることがわかってきました。
がんを攻撃する免疫細胞が糖分を主なエネルギー源(ガソリン)とするのに対し、制御性T細胞は乳酸や脂肪酸といった特殊な燃料で活動できるのです。
がん組織内は栄養(糖分)が乏しく、他の免疫細胞はガス欠になりやすい環境です。しかし、制御性T細胞はそこで発生する老廃物(乳酸)すらエネルギーに変えて元気に活動できます。
このユニークな「燃費の良さ」の秘密も、設計図であるFOXP3が握っていることがわかってきました。このエネルギー供給路を断つことができれば、制御性T細胞だけを狙い撃ちする新しい治療法に繋がるかもしれません。
こういったFOXP3という転写因子に着目した研究がますます進んでいくと考えられます。

個別化医療の時代へ:あなたのがんに合った治療の実現に向けて

今後、制御性T細胞を標的とする治療は、「がんゲノム医療」と結びつくことで、さらに進化していくと期待されます。
現在、保険適用されている「がん遺伝子パネル検査」などにより、患者さん一人ひとりのがん細胞が持つ遺伝子の特徴を詳しく調べられるようになりました。
例えば、「この遺伝子変異があるがんには、制御性T細胞が集まりやすい」といった関連性が次々と明らかになっています。
つまり、遺伝子情報を道しるべとして、制御性T細胞を標的とする治療が有効な患者さんを、治療前に見つけ出せる可能性が出てきたのです。
すべてのがんが同じではありません。
研究の進展は、一人ひとりの患者さんのがんの性質に合わせた、より効果的で副作用の少ない個別化された「精密医療」の実現を加速させます。
制御性T細胞の研究は、その未来を切り拓くための重要な一歩なのです。

研究者について

腫瘍免疫研究分野 分野長 西川 博嘉

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キーワード

制御性T細胞、CTLA-4抗体、FOXP3