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バイオマーカーに基づく既存薬の再定義:ARID1A欠損がんに対するゲムシタビンの選択的有効性

1. 背景:難治性卵巣がんと「既存薬」の可能性

卵巣明細胞がん(OCCC)は、日本人に多く見られる卵巣がんの亜型ですが、標準的な抗がん剤(プラチナ製剤やタキサン製剤)が効きにくく、予後不良な「難治性がん」として知られています。 一方で、OCCCの約50%には、クロマチンリモデリング因子であるARID1A遺伝子の欠損が認められます。私たちは、この高頻度な遺伝子変異を治療の標的(アキレス腱)として利用できないかと考えました。

新薬開発には長い時間がかかりますが、「既存の抗がん剤の中から、ARID1A欠損がんに特異的に効くものを探す(Drug Repositioning)」ことができれば、速やかに患者さんに届けることができます。

2. 研究成果:ゲムシタビンの選択的感受性の発見

GemcitabineE_fin.png
OCCCの標準治療や再発治療で使用される6種類の殺細胞性抗がん剤について、ARID1A欠損細胞と正常細胞での感受性(効きやすさ)を比較スクリーニングしました。

その結果、核酸代謝阻害剤であるゲムシタビン(Gemcitabine)が、ARID1A欠損細胞に対して特異的に高い殺細胞効果を示すことを発見しました (Gynecologic Oncology. 2019)。

  • 選択性: ARID1A欠損細胞は、正常細胞に比べてゲムシタビンに対し約10~100倍高い感受性を示しました 。
  • メカニズム: ARID1A欠損細胞では、ゲムシタビン処理によりアポトーシス(細胞死)が強く誘導されることが確認されました 。これは、ARID1A欠損による代謝リプログラミングが、核酸代謝における脆弱性を生み出している可能性を示唆しています。

3. 臨床データによる実証(Clinical Proof of Concept)

この発見が実際の患者さんにも当てはまるかを検証するため、国立がん研究センターおよび連携病院のOCCC患者さん(計149例)の臨床データを後ろ向きに解析しました。

解析結果:無増悪生存期間(PFS)の延長

再発後にゲムシタビン単剤治療を受けた患者さんを解析したところ、ARID1Aタンパク質を欠損している患者群は、持っている患者群に比べて、治療後の病勢進行までの期間(PFS)が有意に長いことが明らかになりました。

  • ARID1A欠損群の中央値: 6.7ヶ月
  • ARID1A保持群の中央値: 2.9ヶ月 (P = 0.02)

著効例(Case Report)

特に印象的だったのは、術後補助化学療法(パクリタキセル+カルボプラチン)や一次治療(エトポシド+イリノテカン)に抵抗性を示した多剤耐性の患者さんが、ARID1A欠損を持っていたため、二次治療としてゲムシタビンを使用したところ、劇的な腫瘍縮小(Partial Response)を認めた事例です 。

4. 結論と今後の展望:Precision Medicineへの応用

本研究は、すでに臨床現場で使われているゲムシタビンが、「ARID1A欠損」というバイオマーカーを持つ患者さんにとって、特に有効な治療選択肢となり得ることを示しました。

  • 臨床的意義: これまで「何となく」使われていた抗がん剤を、遺伝子変異に基づいて「効く可能性が高い患者さん」に選んで投与する個別化医療(Precision Medicine)への応用が期待されます。
  • 今後の展開: 現在は、この知見を元に、より大規模な臨床データでの検証や、他のARID1A欠損がん(胃がん、子宮内膜がんなど)への適応拡大を目指した研究を進めています。