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がん治療学研究分野

研究室の紹介

がん治療学研究分野は2019年9月に開設された研究室で、「薬でがんを治す」ことを目指した研究に取り組んでいます。

私たちは、がんの最大の特徴である遺伝子異常に着目し、それぞれのがん患者さんに特徴的な遺伝子異常に基づいた個別化がん治療法を開発することを目指しています。がん治療法を臨床応用するためには、がん治療法が有効な理由を明らかにすることが重要です。やみくもに抗がん剤を使うのではなく、科学的根拠に基づいたがん治療薬を選択することで、患者さんそれぞれに適した負担の少ない治療薬を使うことが期待できます。

そこで私たちの研究室では、3つのステップを踏んで、がん治療法の開発を目指しています。

  • ある遺伝子異常をもつがんに有望な治療標的分子を発見する。
  • 標的分子を阻害したときに、どのようにしてがんを抑えられるかの分子メカニズムを明らかにする。
  • 製薬会社と協力して創薬開発を行い、臨床応用を目指す。

このように私たちは、がんの治療法を見つけ出すだけでなく、どうしてその治療法が有効なのかを明らかにすることで、科学的根拠に基づいた有望ながん治療法を開発したいと考えています。特に、これまで治療法がなくて困っているがん患者の方々の役に立てるような革新的ながん治療法の開発を目指しています。

当研究室が関与したプレスリリース一覧

当研究室や当研究室の研究者が携わったプレスリリースをご紹介します。

主要論文

Sasaki M, Kato D, Murakami K, Yoshida H, Takase S, Otsubo T, Ogiwara H.
Targeting dependency on a paralog pair of CBP/p300 against de-repression of KREMEN2 in SMARCB1-deficient cancers.
Nat Commun. 2024 15(1):4770.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38839769/

Ogiwara H., Takahashi K., Sasaki M., Kuroda T., Yoshida H., Watanabe R., Maruyama A., Makinoshima H., Chiwaki F., Sasaki H., Kato T., Okamoto A., Kohno T.
Targeting the Vulnerability of Glutathione Metabolism in ARID1A-Deficient Cancers.
Cancer Cell. 35:177-190.e8. 2019
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30686770/

Ogiwara H., Sasaki M., Mitachi T., Oike T., Higuchi S., Tominaga Y., Kohno T.
Targeting p300 addiction in CBP-deficient cancers causes synthetic lethality via apoptotic cell death due to abrogation of MYC expression
Cancer Discov. 6(4):430-445. 2016
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26603525/

Oike T., Ogiwara H., Tominaga Y., Ito K., Ando O., Tsuta K., Mizukami T., Shimada Y., Isomura H., Komachi M., Kohno T.
A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1.
Cancer Res. 73:5508-5518. 2013
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23872584/

Sasaki M and Ogiwara H.
Synthetic Lethal Therapy Based on Targeting the Vulnerability of SWI/SNF Chromatin Remodeling Complex-Deficient Cancers.
Cancer Science. 111(3):774-782. 2020
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31955490/

主な研究内容

合成致死性を利用した新しいがん治療法の開発

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がんゲノム医療とは、がんの遺伝子異常に基づいた個別化がん治療法のことです。従来から行われているがんゲノム医療は、主にがん遺伝子などの活性化型の遺伝子異常を持つがんに対する治療法です。活性化型の遺伝子異常をもつがんでは、その異常によって生じた活性化タンパク質を薬で阻害することでがんを抑えることが期待できます。これまで、活性化型の遺伝子異常が起こる“がん遺伝子”が多く発見され、それらの遺伝子異常を抑える薬が臨床現場でも実用化されています。しかし、このような活性化型の遺伝子異常が起こるがんは、一部のがんに限られています。それ以外のがんの原因となる遺伝子異常とは、“がん抑制遺伝子”の欠損型(機能喪失型)の遺伝子異常です。がん抑制遺伝子に欠損型の遺伝子異常が起こると、その遺伝子をもとにして作られたタンパク質は機能を失っていますので、薬で阻害することはできません。しかし、がん細胞は欠損型遺伝子異常が起こると、その遺伝子異常とは別の遺伝子に頼ってがん細胞の増殖を維持するようになります。そのため、欠損型遺伝子異常をもつがん細胞が生きるために頼っている因子(合成致死性因子)を薬で阻害することで、がんを抑えることが期待できます。これまで、欠損型遺伝子異常は多く見つかっているものの、その遺伝子異常に対する合成致死性因子の探索は始まったばかりです。これからは、欠損型の遺伝子異常を持つがんに対する合成致死性因子の阻害薬を用いた治療法(合成致死治療法)の開発が期待されています。特に難治性がんでは、がん遺伝子の異常は一部にしかなく、ほとんどは欠損型の遺伝子異常であることがわかってきました。つまり、欠損型遺伝子異常に対する治療法を開発することは、難治性がんの治療法を開発につながっていくのです。


従来のがんゲノム医療

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近年の急速なゲノムシークエンス技術の発展により、それぞれのがん患者さんのがん細胞のゲノムを解読することが可能になりました。2019年6月より、がん遺伝子パネル検査が日本でも保険適用となり、がんの遺伝子異常に基づいた最適ながん治療法を行う「がんゲノム医療」が始まっています。これからは、個々のがん細胞の遺伝子異常を把握することで、がん患者さん毎に個別化医療を進めていくことが実現可能になっていくと考えられます。例えば、肺がんでみられるEGFR遺伝子変異やALK遺伝子融合、RET遺伝子融合など遺伝子異常は、キナーゼタンパク質の活性化をもたらし、がん細胞の増殖の鍵となっています。つまり、そのようながん細胞は活性化したがん遺伝子に依存して生きるようになるのです。したがって、活性化したがん遺伝子産物(タンパク質)に対しては、その阻害薬を用いることで、がん遺伝子に異常を持つがん細胞の増殖を特異的に抑えることができます。実際に、肺がん患者さんの肺がん細胞のゲノムDNAを調べたときに、EGFR遺伝子変異、ALK遺伝子融合、RET遺伝子融合が検出された場合には、それらの阻害薬による治療が既に臨床現場で実施されています。このようにがん細胞に起きている活性化型遺伝子異常を標的とした分子標的治療は、従来の抗がん剤治療と比べてがんへの選択性が高く、効果の高い治療法(最適化がん治療法・精密医療・プレシジョンメディシン)として期待されています。

「合成致死性」理論に基づいた新たながんゲノム医療の開発(合成致死治療法)

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がんで見つかる遺伝子異常は、活性化をもたらすものばかりではなく、逆に活性を失わせるものもあります。遺伝性の乳がんや卵巣がんで見られるBRCA1やBRCA2遺伝子の異常は、機能が欠損するような遺伝子異常によって、その遺伝子の機能が失われることにより、がん化に寄与していると考えられます。このような欠損型異常のあるがん抑制遺伝子というのは、そもそも機能がなくなっているため、その遺伝子自体の機能を薬で阻害する治療はできません。しかし、ヒトの細胞というのは、細胞の増殖のために様々な遺伝子同士のバックアップ機能が備わっています。そのようながんでバックアップする遺伝子の機能を阻害することができれば、がん細胞を死滅させることができます(BRG1とBRMの関係; Oike, Ogiwara et al., Cancer Res, 2013)(CBPとp300の関係; Ogiwara et al., Cancer Discov, 2016)。あるいは、がん細胞において遺伝子が変異等により機能を失った場合に、その遺伝子が機能しなくなることで、それだけでは細胞は死なないものの、その遺伝子が関連する機能が弱まることがあります。つまり、それはがん細胞に”弱点”が生じることになるのです。そして、この脆弱性を支える遺伝子(タンパク質)を阻害すると、がん細胞の弱点を突くことになり、がん細胞の死滅させることができます(ARID1AとGCLCの関係; Ogiwara et al., Cancer Cell, 2019)。このように、がん細胞というのは、欠損型遺伝子異常が起こると、ときには他の遺伝子に頼って生きていたり(依存性)、あるいは弱点を抱えながらも生きていたり(脆弱性)すると考えられます。

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 ある遺伝子Aの機能を失っているがんにおいて、遺伝子Aの機能の欠損によって、依存あるいは弱点となっている遺伝子Bを阻害すると、がん細胞が死んでしまう現象を「合成致死性」を言います。つまり、遺伝子Aと遺伝子Bの機能の両方が失われることで、細胞が致死となる現象が「合成致死性」です。BRCA1、BRCA2遺伝子等の欠損型の遺伝子異常を持つ乳がんや卵巣がんにおいて、PARP1は合成致死性因子であり、PARP1の阻害薬を投与することで、BRCA1あるいはBRCA2欠損型がんで合成致死性による治療効果を示し、現在臨床応用されています。

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このように、がんの欠損型遺伝子異常に基づいた合成致死性因子を標的とした分子標的治療は、正常細胞への影響が少なく、がん細胞を特異的に抑制することが期待できます。「合成致死性」を利用したがん治療法(合成致死治療法)は新しいアプローチのがん治療方法として大きく期待されています。

 クロマチン制御遺伝子欠損がんを対象とした合成致死治療法の開発 

 がん遺伝子の活性化型の遺伝子異常をもつがん患者さんは、従来の分子標的治療法が適用されます。しかし、実際にはこのようながん患者さんは、一部のがん患者さんにしか対象となりません。より多くのがん患者さんに効果的な薬物療法を受けられるようになるためには、がん遺伝子以外、つまりがん抑制遺伝子などの欠損型の遺伝子異常をもつがん患者さんを対象とした合成致死治療法を開発する必要があります。近年の次世代シークエンサーによるゲノム網羅的な解析により、様々ながんにおいて多くのクロマチン制御遺伝子が高頻度で変異していることが分かってきました。すなわち、これらの欠損型の遺伝子異常がおきているクロマチン制御遺伝子はがん抑制遺伝子であると考えられます。

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 クロマチン制御因子は、クロマチン構造の制御に関与する因子です。クロマチン制御因子を大別すると、クロマチンリモデリング複合体とヒストン修飾因子があります。クロマチンリモデリング複合体は、クロマチンに巻き付いているヌクレオソームを移動させたり、取り除いたりすることによってクロマチンの凝集状態を制御し、クロマチン構造の恒常性を維持しています。また、ヒストン修飾因子は、ヌクレオソームを構成するヒストンをメチル化、アセチル化、ユビキチン化などを行うことでヒストンとDNAとの相互作用を調整し、クロマチンリモデリング複合体や転写因子などのクロマチンへの結合を制御します。このように、クロマチン制御因子はクロマチン構造を変換することによって、転写を介した発生、分化に関与するだけでなく、DNA修復、DNA複製、染色体分配を介した染色体の安定性にも関与します。

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 がん細胞においてクロマチン制御遺伝子が欠損することで、何らかの脆弱性や依存性が生じると考えられます。そして、それががんにとっての弱点となるため、その弱点を薬で阻害することでがんを抑えることができるようになると考えられます。このように正常細胞とがん細胞の違いである遺伝子異常を元に、がんの弱点を見つけ出すことで、有望ながん治療法を確立することにつながるのです。

 従来型の合成致死性から次世代型の合成致死性への発展

合成致死標的探索法の発展性
現在、1000種類以上のがん細胞における遺伝子異常と依存性遺伝子(各細胞で抑制すると致死となる遺伝子)の情報がDepMapサイトにおいて、データベース化されています。このデータベースを活用することで、がんでの遺伝子異常に対する合成致死性遺伝子のゲノム網羅的な探索が可能な状況になっています。ただし、この合成致死性の関係性は、がんでの1つの遺伝子異常に対して、1つの合成致死性遺伝子(タンパク質)を標的とする“1対1”対応型の合成致死性になります。現状では、がんの治療法に応用されているのは、従来型の“1対1”対応型の合成致死治療法です(図1)。

元来の合成致死性とは、細胞内の2つの遺伝子が同時に抑制されたときに細胞が致死となる現象でした。つまり、従来型の合成致死性は、2つの遺伝子間の合成致死性でした。次世代型の合成致死性は、3つ以上の遺伝子間の合成致死性も考えられます。

これから期待される次世代型の合成致死治療法として、“1対2”対応型、すなわち、がんでの1つの遺伝子異常に対して、2つの遺伝子(タンパク質)を同時に阻害することで合成致死性を誘導する方法です(図2)。つまり、3つの遺伝子間の合成致死性です。しかし、次世代型の“1対2”対応の合成致死性に基づいた合成致死性遺伝子をゲノム網羅的に探索するには、同時に阻害する2つのタンパク質をどのように組み合わせるかが問題となります。ゲノム網羅的にヒト全遺伝子の組合せを検討する場合、一般的な網羅的標的探索手法で対象とされている約20,000遺伝子の中で、2つずつのペアの組み合わせは“1対1”対応の10,000倍以上の組み合わせ総数になってしまいます。“1対1”対応型のゲノム網羅的標的探索法は、既に技術的な限界に達しています。その10,000倍以上の規模の“1対2”対応型のゲノム網羅的な標的探索法の確立は、現時点では実現不可能な状況です。

そこで私たちは、次世代型の“1対2”対応型の合成致死性に基づいた合成致死標的の探索において、同時に阻害する2つの標的をパラログしてみたらどうかと考えました。パラログとは、相同性の高い類似したタンパク質のことです。パラログである2つのタンパク質(パラログペア)は類似したタンパク質構造をもつため、1つの阻害剤でパラログ同士の2つのタンパク質を同時に阻害することが可能になります。この概念に基づいた次世代型の“1対2”対応型の合成致死性標的の探索法として“パラログ同時阻害法”を考案した。”パラログ同時阻害法“の重要な利点は、従来型の“1対1”対応型の合成致死性に基づいた標的探索方法では発見できなかった、パラログペアのような2因子同時阻害による合成致死性標的を同定できることです。

これまでに私たちは、“パラログ同時阻害法”を用いて、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体因子であるSMARCB1欠損がんにおける合成致死パラログペアを探索する研究を行ってきました。その結果、ヒストンアセチル化酵素であるCBP/p300のパラログペアを同定しました。SMARCB1正常型細胞株群では、CBPとp300を同時に抑制しても細胞は生存できますが、SMARCB1欠損型細胞株群では、CBP/p300を同時に抑制すると細胞が死んでしまいます。このとき、SMARCB1欠損型細胞株において、CBPあるいはp300を単独で抑制しても部分的な増殖抑制しか示しません。この現象はまさに1対2対応型の合成致死性です。つまり、がんでの1つの遺伝子異常(SMARCB1欠損型異常)に対して、パラログペアの2つの標的(CBPとp300)を同時に阻害したときに合成致死性が誘導されたということです。したがって、SMARCB1欠損がんにおいて、CBPとp300のパラログペア(2つの因子)を同時に抑制することで合成致死性を示す、次世代型の“1対2”対応の合成致死性を発見しました (Sasaki et al., Nature Communications, 2024)(2024年6月26日プレスリリース)。

現在、次世代型の“1対2”対応型の合成致死性に基づいた合成致死標的をゲノム網羅的に探索するために、”パラログ同時阻害法“に基づいたゲノム網羅的な創薬標的の探索手法を確立しています。

今後は、次世代型の合成致死標的探索を用いて、肺がん、びまん性胃がん、膵臓がん、食道がん、卵巣明細胞がんなどの難治性がんや、ラブドイド腫瘍、類上皮肉腫、滑膜肉種などの小児がん・AYA世代がん(若年性がん)などを対象として、アンメットメディカルニーズに貢献できるようながん治療法を確立していきたいと考えています。

私たちは、がんの欠損型遺伝子異常に基づいた合成致死性因子を同定し、作用機序を解明することで、科学的根拠に基づいた個別化がん治療法の開発を目指しています。そのためには、合成致死因子を標的とした阻害薬の創薬開発も重要になってきます。そのために製薬会社と共同で創薬開発も行ってきています。そして、最終的な目標として、合成致死性に基づいた有望ながん治療薬を開発し、”薬でがんを治す”ことを目指しています。

当分野の研究に興味をお持ちの方へ

 現在、がん治療学研究分野では、がん細胞株モデルやマウス移植腫瘍モデルを用いたがん治療法の開発を目指した研究に一緒に取り組んで頂ける方を”特任研究員”として募集しています。
また、研究室見学や相談も随時受け付けています。ご興味のある方は、荻原までお問い合わせください。

創薬シーズをお求めの製薬企業の方へ

 がん治療学研究分野では、がんでの遺伝子変異に基づいた合成致死性に基づいた治療標的の探索プロジェクトに取り組んでいます。それらの中から同定した有望な創薬シーズを、創薬開発のために製薬企業へ導出することを積極的に行っています。また、独自で構築している難治性がんモデルを活用して、臨床候補薬などの適応がん種の特定なども検討可能です。がん創薬シーズや難治性がんモデルの利用にご興味のある製薬企業の方は、荻原までお問い合わせください。