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BRG1欠損がんを対象とした合成致死治療法の開発

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私たちは、肺がんなどの約10%のがん患者さんで変異しているBRG1遺伝子に着目しました。BRG1は、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体に含まれるサブユニットの一つです。BRG1変異がんにおける治療標的を探索するために、BRG1との合成致死遺伝子を探索した結果、BRG1の合成致死遺伝子としてBRMを同定しました。BRMは、BRG1と同じくSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体に含まれるサブユニットの一つでした。BRG1の発現が消失している肺がん細胞にBRMを抑制すると、細胞老化を誘導し、がん細胞の増殖を抑えることができることがわかりました。また、マウスへの移植腫瘍の増殖も抑えることができることを見出しました。このとき、正常な細胞にBRMを抑制しても細胞増殖には影響がないことから、BRMの阻害剤を治療に使った際に副作用が少ない可能性も示唆されました。SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体は、BRG1を含む複合体と、BRG1がBRMに入れ替わった別の複合体が存在します。これらのことから、BRG1変異がんでは、BRG1を含む複合体が機能できなくなりますが、BRMを含む複合体がBRG1含む複合体の機能を補っていることが考えられます。しかし、BRMを抑制することによって、BRMを含む複合体が機能できなることで、BRG1およびBRMをそれぞれ含む複合体がどちらも機能できなくなります。すなわち、BRG1欠損がんにおいてBRMを抑制するとSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体全体が機能できなくなることで合成致死となることが考えられました。

103例の肺がん患者のBRG1の発現を調べたところ、約10%の肺がんの患者さんにおいてBRG1の発現が消失・減少していることがわかりました。さらにEGFR変異やALK融合がないため、既存の分子標的治療の対象にはならないがんの中に、BRG1が欠損しているがんが集中しているのです。つまり、BRG1が欠損しているがんを持つ患者さんに対してBRM阻害剤を用いた新しい分子標的治療が有効かもしれません。現在、その治療を実現すべく製薬企業と共同研究でBRM阻害剤の開発を検討しています。

参考文献

Oike T, Ogiwara H, Tominaga Y, Ito K, Ando O, Tsuta K, Mizukami T, Shimada Y, Isomura H, Komachi M, Furuta K, Watanabe S, Nakano T, Yokota J, Kohno T.

A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1.

Cancer Res. 2013 73:5508-5518.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23872584