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横断的がんマルチオミクス解析による新規の発がん機構の解明
我々は、これまで最大規模の症例数である6万例(150がん種以上)を超える大規模ながんゲノムデータについて、スーパーコンピューターを用いた遺伝子解析を行い、同一がん遺伝子内における複数変異が相乗的に機能するという新たな発がんメカニズムを解明しました(Saito Y, Koya J et al., Nature, 582:95-99, 2020)。従来、がん遺伝子は単独で変異が生じることが多いと考えられてきましたが、一部のがん遺伝子では複数の変異が生じやすいことが明らかになりました。PIK3CA遺伝子・EGFR遺伝子などの代表的ながん遺伝子では変異を持つ症例の約10%が同一遺伝子内に複数の変異を有しており、これらの大部分は染色体の同じ側(シス)に起きていました。同一がん遺伝子に複数変異が生じる場合、単独の変異では低頻度でしか認められない部位やアミノ酸変化がより多く選択されていました。これらの変異は単独では機能的に弱い変異ですが、複数生じることで相乗効果により強い発がん促進作用を示しました。特にPIK3CA遺伝子で複数変異を持つ場合は、単独変異よりもより強い下流シグナルの活性化や当該遺伝子への依存度が認められ、特異的な阻害剤に対して感受性を示しました。これらの結果は、同一がん遺伝子内の複数変異が発がんに関与する新たな遺伝学的メカニズムであることを示しています。本研究により、これまで単独では意義不明であった変異が生じる理由が説明可能となるほか、複数変異は分子標的薬の治療反応性を予測するバイオマーカーにもなり得るため、がんゲノム診療に役立つことが期待されます。
また、我々は体細胞異常に遺伝的素因が与える影響を理解するために、生殖細胞系列バリアントに着目した研究も進めています。がんの発症には、加齢・喫煙・放射線暴露など様々な「環境因子」が関与することが知られていますが、各個人の「遺伝因子」、すなわち「遺伝的がんリスク体質」も重要であることが知られています。近年、ゲノムワイド関連解析(GWAS解析)によって、多くの人が持つバリアントのうち数百~数千個ががんへのかかりやすさに影響を与えることが分かってきました。これらのバリアントを評価することにより、「がんになりやすい遺伝的な体質」(遺伝的がんリスク体質)を評価できると考えられます。
我々は、大阪大学の遺伝統計学教室(岡田随象教授)と共同で、様々な種類のがんに対して複数の計算手法を用いて各個人の「遺伝的がんリスク体質」を強く反映するスコアであるポリジェニック・リスク・スコア(PRS)を構築しました(Namba S, Saito Y et al., Cancer Res., 2023)。PRSを用いて遺伝的がんリスク体質の特性を網羅的に調べたところ、遺伝的がんリスク体質を持つ人は若い年齢でがんを発症し、がんに蓄積している体細胞異常(体細胞変異やコピー数異常)が少ないことが分かりました。また、これらの遺伝的がんリスク体質に関連する特性は、さまざまな種類のがんで共通して認められる事が分かりました。本研究成果によって「遺伝的がんリスク体質」の理解が進み、がんの予防や個別化医療を推進することに役立つと期待されます。
当研究室は、このように多様ながん種由来の様々な解析プラットフォームによる解析データを統合的に扱う、「横断的がんマルチオミクス解析」プロジェクトを進めており、重要な発がん機序の解明に取り組んでいます。
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