トップページ > 研究組織一覧 > 分野・独立ユニットグループ > 細胞情報学分野 > 研究プロジェクト > 研究プロジェクト(連携研究室・増田グループ)
研究プロジェクト(連携研究室・増田グループ)
大腸発がんの分子機構の解明
ゲノム・プロテオーム解析による大腸発がんの分子機構解明と治療薬の開発(PDF:728KB)
家族性大腸腺腫症(FAP)の原因遺伝子として同定されたadenomatous polyposis coli (APC) がん抑制遺伝子の変異は散在性大腸癌でも80%から90%の頻度でみられる。APCの不活化によりWntシグナル経路の伝達因子であるβ-カテニン(β-catenin)が蓄積し、転写因子であるT-cell factor-4(TCF4)と結合し、その標的遺伝子の転写を活性化することで大腸がんの前駆病変である腺腫形成をもたらし、さらに二次的な遺伝子変異の蓄積で大腸がんが生じることが明らかとなっている。
本研究プロジェクトはゲノム・プロテオーム技術により、β-cateninとTCF4の係わる経路に係わる分子を体系的に明らかにし、治療標的を同定し、Wntシグナルを標的とする治療薬の開発を目的としている。
研究プロジェクト
- β-Catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子・タンパク質の同定(PDF:96KB)
β-cateninとTCF4の複合体によって発現が制御される標的遺伝子とタンパク質をマイクロアレイ解析と2D-DIGE(2-dimensional difference gel electrophoresis)法とICAT(isotope-coded affinity tagging)-nanoLC(liquid chromatography)-MS/MS(tandem mass spectrometry)法によるプロテオーム解析で網羅的に探索し(3,4,9)、これまでに、MDR1(multidrug resistance gene-1)遺伝子(1)、SF1(splicing factor1)タンパク質(9)などを同定している。 - β-Catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子・タンパク質の機能解析(PDF:580KB)
MDR1遺伝子の産物であるp-glycoproteinが小型の早期腺腫でも発現亢進しており、Mdr1 とApc の複合遺伝子変異マウス(ApcMin/+Mdr1a/b-/-)はコントロール(ApcMin/+Mdr1a/b+/+)に比較して、腸管ポリープが半減することを見出した(5)。
SF1は分化の亢進に伴いその発現が亢進し、腫瘍では発現が認められない。Sf1遺伝子をノックダウンしたSf1+/-マウスはコントロール(Sf1+/+マウス)に比して、大腸発がん誘導剤であるアゾキシメタンに対する感受性が有意に亢進していた(10)。 - β-Catenin/TCF4転写複合体の構成成分の同定(PDF:57KB)
免疫沈降と質量分析を用いてβ-catenin/TCF4転写複合体に含まれるタンパク質構成成分を網羅的に検索した(6,7,8,11,12)。Poly(ADP-ribose)Polymerase-1(PARP-1)がTCF-4と結合し、その転写活性を増強することで、早期の発癌に寄与する可能性を示した(6,8)。またβ-cateninが核内でFUS(fusion)、hnRNP等のRNA結合タンパク質と結合し、pre-mRNA splicingを制御することを見出した(7)。現在広く用いられている化学療法剤の標的として知られているTopoisomerase II もβ-catenin/TCF4転写複合体に含まれ、そのエンハンサーであることを示した(11)。また、大腸がんの悪性形質を表すβ-cateninの核への蓄積メカニズムについては未だ解明されていないが、我々が同定したβ-catenin/TCF4転写複合体蛋白質の中に、核移行シグナルをもたないβ-cateninの核移行を制御する分子を見出した。SUMO E3 ligaseであるRanBP2はTCF4をSUMO化し、SUMO化修飾をうけたTCF4はβ-cateninとの結合親和性を亢進し、β-cateninを核へと導く(PDF:158KB)。 このことから、β-cateninの核への蓄積を制御するRanBP2は、新規かつ有望な治療標的候補分子と考えられる(12)。 - TNIKキナーゼを標的とした大腸がんの治療薬開発(PDF:502KB)
多くの研究者がWntシグナルを標的とした創薬を試みているが(17-20)、医薬品として実用化されたものはない。これは、大腸がんの80%以上でAPC遺伝子に機能喪失変異があり、その下流でWntシグナルを遮断する必要があるからである(13、18)。我々はWntシグナル伝達経路の最下流で実行分子として働くTCF4/β-catenin転写因子複合体と相互作用する分子を免疫沈降法と質量分析で徹底的に探索し(12、16)、TCF4をリン酸化する酵素(キナーゼ)としてTNIK (TRAF2 and NCK-interacting protein kinase)を同定した。TNIKはTCF4の転写能、Wntシグナル活性化(15)、大腸がん細胞の増殖維持に必須であり(14)、その活性を阻害できる低分子化合物が同定できれば、治療薬になると考えられた(18)。
平成22年度に医薬基盤研究所の「先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業」に採択され、カルナバイオサイエンス株式会社との共同研究で化合物ライブラリーをスクリーニングした。得られたリード化合物を合成展開し、最終的にTNIKのキナーゼ活性を低濃度で阻害する新規化合物NCB-0846を同定した。現在NCB-0846を大腸がん治療薬として実用化するため、日本医療研究開発機構の援助を受けて非臨床開発が進んでいる。 - Wntシグナルを標的とし、大腸がん幹細胞の機能を抑制するNCB-0846(PDF:562KB)
がんの治療抵抗性の原因に、「がん幹細胞」の関与が考えられている。がん幹細胞は薬剤を細胞外に排出する膜タンパクを高発現するため薬剤抵抗性である。また、活性酸素除去機構を持ち、増殖せずに冬眠状態で長期間潜み続けるため、化学療法後にがん幹細胞が残存すると、腫瘍を再構築し、再発・転移につながると考えられている(図1)(18-20)。NCB-0846はWntシグナルを遮断し、がん幹細胞性を抑制し、造腫瘍能を抑制することで強い抗腫瘍活性を示す新規の化合物であることを明らかにした(図1)。更に経口投与で患者由来の大腸がんマウス移植腫瘍に対し著明な増殖抑制効果を示すことも確認した(図2)(21)。
参考文献
- Yamada et al., Cancer Res, 60: 4761-4766, 2000. [PubMed](外部リンク)
- Naishiro et al., Cancer Res, 61: 2751-2758, 2001. [PubMed](外部リンク)
- Seike et al., Cancer Res, 63: 4641-4647, 2003. [PubMed](外部リンク)
- Naishiro et al., Oncogene, 24: 3141-3153, 2005. [PubMed](外部リンク)
- Yamada et al., Cancer Res, 63: 895-901, 2003. [PubMed](外部リンク)
- Idogawa et al., Gastroenterology, 128: 1919-1936, 2005. [PubMed](外部リンク)
- Sato et al., Gastroenterology, 129: 1225-1236, 2005. [PubMed](外部リンク)
- Idogawa et al., Cancer Res, 67: 911-918, 2007. [PubMed](外部リンク)
- Shitashige et al., Gastroenterology, 132: 1039-1054, 2007. [PubMed](外部リンク)
- Shitashige et al., Cancer Sci, 98: 1862-1867, 2007. [PubMed](外部リンク)
- Huang et al., Gastroenterology, 133: 1569-1578, 2007. [PubMed](外部リンク)
- Shitashige et al., Gastroenterology, 134: 1961- 1971, 2008. [PubMed](外部リンク)
- Shitashige et al., Cancer Sci., 99: 631- 637,2008. [PubMed](外部リンク)
- Shitashige et al., Cancer Res, 70: 5024- 5033,2010. [PubMed](外部リンク)
- Satow et al., J Biol Chem, 285: 26289- 26294,2010. [PubMed](外部リンク)
- Satow et al., Gastroenterology, 142: 572- 581,2012. [PubMed](外部リンク)
- Sawa et al., Expert Opin Ther Targets, 20(4):419-29. 2016. [PubMed](外部リンク)
- Masuda et al., Pharmacol Ther, 156:1-9.2015 [PudMed](外部リンク)
- Yamada et al. Cnacer Sci, 108(5):818-823. 2017[PudMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Expert Opin Ther Targets. 21(4):353-355. 2017[PudMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Nat Commun. 26;7:12586. 2016[PubMed](外部リンク)
肝細胞がん治療標的の探索と治療薬の開発
切除不能進行肝細胞がん(HCC)は予後が極めて悪くアンメットニーズが高い難治疾患である。本邦では2009年に進行HCCに対する初の分子標的治療薬としてマルチキナーゼ阻害剤ソラフェニブが認可されたが、治療選択肢は現在も限られている。背景肝の肝予備能が低下している肝がんに対して、肝予備能を温存しつつがん細胞を攻撃できる治療薬の開発を目指し研究を行っている。
現在進行中の研究プロジェクト
切除不能な進行肝細胞がん(HCC)の治療標的同定と治療薬の開発(PDF:228KB)
過去10年弱の間、進行HCC治療に対する分子標的治療薬はソラフェニブのみであったが、ソラフェニブが著効するHCC症例は稀であり、国内では2%程度と報告されている。これまで、世界中でソラフェニブの治療前効果予測因子が精力的に探索されており、我々もソラフェニブ感受性マーカー候補を同定しているが(1)、現在のところ治療前効果予測マーカーは存在しない。今年になって、切除不能HCCの2次治療薬としてマルチキナーゼ阻害剤レゴラフェニブが、米国で認可された。本年1月には、国際多施設共同第3相臨床試験でマルチキナーゼ阻害剤レンバチニブが全生存期間でソラフェニブに対する非劣性を示し1次治療として認可が間近とみられる。しかしながら、これらの臨床試験は、肝機能が良好な症例で行われており、肝機能が低下している多くのHCC症例で同等の有効性が得られるかは現時点では明らかでない。我が国の肝がんの殆どの症例では、C型肝炎により肝硬変をきたしており背景肝の肝予備能が低下している。よって、肝予備能を温存しつつ癌を殺傷できる治療薬が開発できれば、治療抵抗性の進行HCC症例に対して治療の選択肢を提案できる可能性がある。我々は、背景肝には発現がなくHCCに特異的に発現するTPX2(オーロラキナーゼA結合タンパク)を同定した。更に、siRNA導入による細胞増殖抑制効果を免疫不全マウスxenograftモデルで検証し、TPX2及びオーロラキナーゼAがHCCの有望な治療標的候補であることを見出し(2)、現在、阻害剤開発に取り組んでいる。
参考論文
- Masuda M. et al. Mol Cell Proteomics. 13:1429-38, 2014. [PubMed]
- Satow R. et al. Clin Cancer Res. 2010. [PubMed]
個別医療に有用なバイオマーカーの開発
がん克服のために必要とされる「治療の個別化」目的として、分子標的治療薬の効果予測マーカーの開発およびがんの病態把握と治療法の開発を行っている。
現在進行中の研究プロジェクト
- 個別医療に必要とされるコンパニオンマーカーの開発(PDF:328KB)
タンパク質のリン酸化は細胞内のシグナル伝達機能を制御し正常細胞の恒常性を維持しているが、がん細胞では正常な分化や増殖に必要なシグナル伝達制御機構が破たんしている。よって、シグナルタンパク質のリン酸化の状態を正確に検出できれば、がん化に関わる分子経路の活性化を含め、個々のがんの特性を把握することができる(1-2)。我々は、細胞抽出液をスライドガラスにマイクロアレイ化(3,072 spots/slide)し、リン酸化特異抗体を用いて数百から数千の試料における約200個のシグナル伝達のキーとなるタンパク質のリン酸化状態を把握できる逆相タンパクアレイ(Reverse Phase Protein Array:RPPA)基盤を独自に確立し(図1)(1-3)、更に本基盤を用いて、マルチキナーゼ阻害剤ソラフェニブ(ネクサバール)の肝がんにおける効果予測マーカー候補としてリン酸化RPS6 S235/236を同定している(3)。RPPA法は針生検や穿刺吸引細胞診等ごく微量検においてシグナルプロファイリングを正確かつ迅速に行うことのできるプロテオーム技術であり(1-2, 4-5)、現在、分子標的治療薬に対する反応性や、個々のがんの病態把握を目的とした臨床診断への本基盤の応用を目指し基盤の改善が進行中である。2011年に始まったRPPA Global Workshopにおいて、本研究グループの山田・西塚・増田は中核メンバーとして参加し、海外の研究機関と情報交換を行っている(1-2)。
一方、我々が開発を行っているTNIKキナーゼを標的とした大腸がん幹細胞治療薬についても本基盤を用いたコンパニオンマーカーの開発が進行中である(6-10)。 - 非小細胞肺がんの治療最適化バイオマーカーの開発
我々は国立がん研究センター中央病院で切除された肺腺がん543例の切除病理標本においてFluorescence in situ Hybridization (FISH)法によりACTN4の遺伝子コピー数を解析し、遺伝子増幅陽性の1期肺腺がん患者は、陰性症例に比べ著しく予後不良であることを明らかにした (11)。さらに比較的煩雑なFISH解析を行うべき症例を免疫組織染色(IHC, immunohistochemistry)で選別する簡易法を我々は考案し、2施設の独立した3コホート合計1201例でACTN4の遺伝子増幅が、肺腺がんの従来にない精度の再発予測バイオマーカーであることを検証している。しかしながら、FISH及びIHC によるACTN4遺伝子増幅診断には病理医の熟練が必要で、診断にばらつきも生じる。また、検査側の労力や時間も大きく、診療報酬も高額となる。現在、我々はシスメックス社(神戸)との共同研究によって、新規遺伝子測定技術をベースとする臨床検査法の開発を進めている。これにより、FISH及びIHCに起こりうる判定のばらつきを解消し、判断基準を自動化し安定した判定基準を提供し、検査時間の短縮と費用効果の向上を図る。更に本技術を用いて体外診断薬承認に必要な臨床性能試験を実施し、非小細胞肺がんの治療最適化バイオマーカーとしての薬事承認を得ることを目標とする。
参考論文
- Masuda M. et al. Expert Rev Proteomics. in press. [PubMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Biochim Biophys Acta. 1854(6)651-7, 2015. [PubMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Mol Cell Proteomics. 13:1429-38, 2014. [PubMed](外部リンク)
- 増田万里、他。 病理と臨床, 33(2)191-7, 2015. (外部リンク)
- 増田万里、他。 257-261,2015. 遺伝子医学MOOK, (外部リンク)
- Yamada T. et al. Cancer Sci. 108(5):818-823. 2017[PubMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Expert Opin Ther Targets. 21(4):353-355. 2017[PubMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Nat Commun. 26;7:12586. 2016[PubMed](外部リンク)
- Sawa M. et al. Expert Opin Ther Targets. 20(4):419-29. 2016[PubMed](外部リンク)
- Masuda M. et al. Pharmacol Ther. 156:1-9.2015 [PubMed](外部リンク)
- Noro et al., Ann Oncol. 24:2594, 2013 [PubMed](外部リンク)