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造血器腫瘍の病態解析

更新日 : 2024年3月25日

自然免疫シグナルを介した白血病発症・進行機序の解明

自然免疫は生来備わっている細菌やウイルスといった病原体に対する生体防御機構です。
病原体や異常になった自己由来の分子をトル様受容体に代表される受容体で認識し、シグナル経路を活性化させ、炎症反応を誘導することで排除します。
TRAF6は自然免疫シグナル経路を構成する中心的分子として知られ、自身をユビキチン化することでシグナルを活性化します。我々はこのTRAF6の白血病病態への関与を明らかにしてきましたが、一方でその役割や機能の複雑さも浮き彫りになってきました。
一つは、単純に自然免疫シグナルの異常制御を介して白血病病態に関与しているわけではないということです。
もう一つ難解なのが、白血病発症に関わっている遺伝子変異の種類によって、あるいは白血病発症前か後なのかによって、TRAF6は白血病促進的にも抑制的にも関与するということです(図)。
我々は現在、様々な状況下でのTRAF6の機能を多種多様なシグナル経路や細胞内プロセスに注目しながら丁寧に解析しています。
得られた知見が、最終的には個々の白血病患者の病態に応じた治療選択につながると考えているからです。

TRAF6_HP用.png

図: TRAF6はがん遺伝子MYCをユビキチン化することでMYCの活性を減弱させ腫瘍抑制的に関与する(Muto et al. Cell Stem Cell 2022)。また、TRAF6は代謝を制御することで分裂が盛んな白血病細胞へのエネルギー供給に寄与している(Matsui et al. Leukemia in press)。


骨髄異形成症候群における炎症の役割の解明

骨髄異形成症候群(MDS)は血球減少と白血病への移行を特徴とした高齢者に多い造血器腫瘍です。
MDS患者の血液細胞はしばしば「不良品」と称され、その不良品としての性質ゆえに増殖力も弱く、さらに「血液の工場」とも言われる骨髄内で壊れてしまい(無効造血)、結果的に血球減少をきたします。
ここで一つ疑問が生じます。
MDS骨髄内ではMDS細胞がクローン性増殖をきたしているのですが、そもそもなぜ増殖力の弱い不良品であるMDS細胞が増殖できるのでしょうか?
これまで我々は、MDS細胞が炎症性物質に富んだ環境に存在していることに注目してMDS細胞の増殖機序解明に取り組んできました(図)。
他にもMDSでしばしば認められるスプライシング変異やエピゲノム制御遺伝子変異なども炎症制御破綻と関連があることが明らかになっており、MDS病態における炎症の役割の詳細な理解のため、現在も精力的に取り組んでいます。
MDSは非常に多様な病態を含む不均一な疾患群であるため、MDS細胞増殖機序も多岐にわたると考えられますが、できるだけ幅広くMDSをカバーできる病態原理を生み出すことで多くのMDS患者に適応と なる新規治療開発につなげられれば考えています。

MDS_HP.png

図:MDS細胞内のTRAF6を介した自然免疫シグナル活性化と細胞外の炎症シグナルが協調的に関与することでA20を介したnon-canonical NF-κB経路活性化が誘導され、MDS細胞の増殖が可能となる (図上、Muto et al. Nat Immunol 2020)。MDSで15%程度の頻度で認められる5番染色体長腕欠損(del(5q)) の共通欠失領域には、自然免疫関連遺伝子TRAF6やIRAK1を負に制御しているTIFAB とmiR-146aが含まれる。炎症を介したTP53発現亢進がTP53機能喪失型変異誘導や既存のTP53変異クローン拡大への選択圧として作用し、MDS細胞の増殖に寄与している(図下、Muto et al. Haematologica 2023)


SF3B1変異による発がん機構の解明

(「がんにおけるRNAスプライシング異常」のページから再掲)
SF3B1は、がんの中で最も高頻度に遺伝子変異が見つかるスプライシング因子です。
我々は変異型SF3B1による発がん機序について、全がんスプライシング解析やマウスモデル、分子生物学的手法、臨床検体を用いた検証などを駆使して取り組んできました。
その結果、変異型SF3B1はアレル特異的、かつ組織特異的にスプライシング異常をきたすこと、慢性リンパ性白血病においてはMYCシグナルを更新させること(図)、MYC活性化の原因が変異型SF3B1によるPPP2R5Aのミススプライシングによるものであること、PPP2R5A異常はBCL2も同時に活性化すること、PP2A賦活剤がSF3B1変異白血病モデルに選択的に有効であることを最近報告しました(Liu Z*, Yoshimi A*,#, et al. Cancer Discov. 2020)。
PPP2R5Aはプロテインフォスファターゼ2(PP2A)のサブユニットの一つであり、そのミススプライシングはSF3B1変異白血病において非常に強く生じていますが、PPP2R5Aの機能についてはまだ十分に解明されていません。

図

図:全がんスプライシング解析により、SF3B1変異はホットスポットやがん種によって異なるスプライシング異常を来すことが分かった(左)。慢性リンパ性白血病においてはSF3B1変異がMYCの活性化を誘導する(右)。

PPP2R5AはPP2A複合体の中でもユニークな特徴があり、我々の研究室では、PPP2R5Aの発がんにおける機能を解明し、新たな治療標的を同定することを目指しています。
また、PPP2R5AのBRET(bioluminescent resonance energy transfer)センサーの開発にも取り組んでいます。

 


「造血器腫瘍の病態解明」主担当者:
武藤 朋也
松井 啓隆
山内 浩文
和泉 拓哉
小泉 みのり

Grant:科研費基盤B、ASH Global Research Award