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PDXモデルの利活用に関する提言の公開「Patient-derived xenograft(PDX)モデルの利活用に向けた課題整理に関する調査研究」調査結果について

2020年9月11日

国立がん研究センター先端医療開発センター 研究企画推進部門長 古賀宣勝らの研究班は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構、公益財団法人実験動物中央研究所と共同で、国内の研究機関や製薬企業の研究者を対象に、「Patient-derived xenograft(PDX)モデル(注1)の利活用に向けた課題整理に関する調査研究」を行いました。

アンケート調査結果および結果を踏まえたPDXモデルの管理体制、利活用の可能性などに対する提言内容が、日本癌学会 公式英文誌「Cancer Science」に9月3日付けで公開されましたので、ご紹介いたします。

資料

本調査研究班の活動の調査報告書(完全版)、アンケート結果の英文概要版がダウンロードできます。

目次

背景・目的

アカデミアや製薬企業における抗がん剤開発において、ヒト組織を免疫不全マウスへ移植したPatient-derived xenograft(PDX)モデルの利用が増えています。多くの期待・メリットがあると思われているPDXモデルは基礎的な論文でも散見され一般化されつつありますが、PDXの作製手順や使用手順、品質管理手順や品質保証手順については各施設での独自運用となっているため、貴重なPDXモデルが医薬品開発に汎用されるための課題や問題点は明らかとなっていません。

そこで国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医薬品等規制調和・評価研究事業「Patient-derived xenograft(PDX)モデルの利活用に向けた課題整理に関する調査研究(AMED-PDX調査研究)」(2018~2019年度、研究代表者:国立がん研究センター先端医療開発センター 研究企画推進部門長 古賀宣勝)では、国内外の実態や動向を調査し課題を整理することとしました。

このため、本研究において次に掲げる「Patient-derived xenograft(PDX)モデルに関するアンケート調査」を実施し、調査結果に基づき、抗がん剤開発におけるPDXモデルの利活用と管理体制に関する提言を取り纏めました。

アンケート調査方法

方法

アンケート書式(動物施設管理者用、アカデミア研究者用、製薬企業研究部門研究者用、製薬企業開発部門研究者用)を郵送または電子ファイルを添付したeメールを送信し、返送または返信された回答ファイルを集計しました。

アンケート項目

  • 動物施設管理者用:4項目(動物施設名、動物施設管理者名、PDXモデル飼育の有無、PDXモデルの飼育環境)/選択式
  • アカデミア研究者用・製薬企業研究部門研究者用:22項目(施設名、回答者名、抗がん剤開発の有無、抗がん剤の種類、抗がん剤の非臨床モデル、非臨床モデルの使い分け、PDXモデル使用実験、PDXモデル使用場所、ヒト腫瘍組織の由来、がん種、PDXモデルで記録している情報、使用しているPDXモデルの継代数、PDXモデルを使用しない理由、必要なサポートなど)/選択式(一部コメント式)
  • 製薬企業開発部門研究者用:22項目(施設名、回答者名、抗がん剤開発の有無、抗がん剤の種類、抗がん剤の非臨床モデル、非臨床モデルの使い分け、PDXモデル使用実験、PDXモデル使用場所、がん種、PDXモデルで記録している情報、臨床試験前にPDXモデルを使用している割合、PDXモデルを使用する理由、PDXモデルが役立つ場面など)/選択式(一部コメント式)

対象

国立大学法人動物実験施設協議会、公私立大学実験動物施設協議会および厚生労働省関係研究機関動物実験施設協議会の会員施設など、アカデミア284施設の動物施設管理者および研究者、国内の製薬企業19社の研究部門および開発部門の研究者。

回答率

アンケート回答施設はアカデミア129施設(回答率:45.4%)、製薬企業8社(回答率:42.1%)であり、動物施設に関する項目については、全129施設の動物施設管理者129名より回答がありました。PDXモデルなどの使用状況に関する項目については、26施設の研究者79名より回答がありました。製薬企業の回答者は9名で、研究部門(基礎研究)の研究者が5名、開発部門の研究者が4名でした。

期間

2019年7月1日(アンケート依頼開始)~2019年8月31日(アンケート回答締切)

アンケート結果の概要

  • PDXモデルマウスの飼育はSPF(Specific Pathogen Free)区域が14施設、通常区域が3施設であり、感染区域での飼育も1施設で行われていた。飼育室の差圧管理に関しては、陽圧管理が13施設(76.5%)、陰圧管理が3施設(17.6%)であり、マウスの免疫不全状況を考慮した管理が行われていた。
  • 飼育ラックは排気側にHEPA(High Efficiency Particulate Air Filter)フィルターが内蔵されラック内の差圧管理が可能なアイソレーションラックまたは個別換気システムラックの使用が多く、陽圧管理が10施設(62.5%)、陰圧管理が6施設(37.5%)であった。
  • ケージ、飼料、飲料水はいずれも滅菌して使用し、廃棄物はBSL2(Biosafety Level 2)に準じた処理をしている施設が多かった。
  • PDXモデル作製に伴う情報について半数以上の研究者が記録していると回答した項目は、下記の通りであった。
     ・患者情報では、年齢・性別・疾患名・治療歴・既往歴・感染症の有無・同意取得状況・検体を採取した研究課題番号
     ・腫瘍情報では、原発臓器名・原発/転移巣の別・検体取得臓器名・病理診断結果・TNM分類などの臨床病期・手術時や生検など検体の種類
     ・品質保証情報では、オリジナル患者組織とPDX樹立時の組織における病理組織学的特徴の比較
     ・モデル作製情報では、樹立時の動物系統名・動物の性別・PDX組織の継代数・腫瘍生着率
     ・その他、PDXモデルの学会や論文における発表情報
  • PDXモデルの継代数について、樹立時(P0)を基準として、1継代目(P1)の使用は4名(9.3%)、2継代目(P2)は7名(16.3%)、3継代目(P3)は9名(20.9%)、4継代目(P4)は7名(16.3%)、5~9継代目(P5~P9)は10名(23.3%)であり、継代数の少ないP2までよりもPDX組織の保管数やモデルの安定作製の観点からP3もしくはP5~P9での使用が多い、という回答結果であった。
  • 10継代目以降でも使用していると回答した研究者が6名(14.0%)いた。一方、各自で樹立していない製薬基礎研究者はP3以降、特にP5~P9での使用が多かった。

提言の概要

抗がん剤開発においてPDXモデルが利活用されるために、本アンケート調査結果を踏まえて以下の提言を行いました。

  1. PDXモデルマウスの飼育管理
    免疫不全マウス(注2)に未知の微生物感染があるかもしれない患者由来組織を移植したPDXモデルでは、微生物学的にコントロールされたSPF(注3)環境下でありながら排気側にHEPA(注4)フィルターを設置した陰圧管理の飼育ラックでの管理を推奨する。ただし、BSL2(注5)に準じた施設のSOP(標準作業手順書)によりHEPAフィルターを設置した陽圧管理の飼育ラックでの管理も可能である。
  2. 標準作業手順書の作成
    PDXモデル作製に際し、標準作業手順書を作成し、最低でも記録すべき情報を適切に管理できるような体制が必要である。
  3. PDXモデルの継代数
    PDXモデルは9継代以下を推奨する。病理組織学的特徴など品質管理が適切に実施されなければ10継代以降のPDXモデルは使用すべきではない。
  4. 特殊なPDXモデル
    PBMC(Peripheral Blood Mononuclear Cell、末梢血単核細胞)(注6)HSC(Hematopoietic Stem Cell、造血幹細胞(注7)を移入されたヒト化PDXモデルは、免疫関連抗がん剤の開発など一部の抗がん剤開発においては有望なモデルである。ただし、現状のヒト化PDXモデルだけでは不十分な部分もあり、今後の開発改良を期待したい。
  5. 抗がん剤開発におけるPDXモデルの有用性
    抗がん剤開発におけるPDXモデルは薬効薬理試験がメインであるが、創薬標的分子の同定や発症メカニズムなど基礎的な研究にも応用可能である。
  6. PDXライブラリの継続
    研究者が使用可能な日本人由来PDXライブラリが将来にわたって安定的に供給できる体制を構築することが重要であり、樹立や頒布について資金のサポートが必須である。

おわりに

欧米の施設を中心にPDX Minimal InformationというPDXモデルに付記されるべき情報が報告されていますが、PDXモデルマウスの飼育管理条件やPDXモデルの継代数などに言及した報告はありません。今後、国内外の研究機関がPDXモデルを利活用される際には、今回の提言を踏まえ適切に抗がん剤開発を行うことにより、さらに大きな成果を上げることが期待されます。

発表論文

雑誌名

Cancer Science, 111(9): 3386-3394, 2020.

タイトル

(英語)The report of the use of patient-derived xenograft models in the development of anticancer drugs in Japan

(日本語)日本における抗がん剤開発でのPDXモデルの利活用に関する報告

著者

(英語)Ryo Tsumura, Yoshikatsu Koga, Akinobu Hamada, Takeshi Kuwata, Hiroki Sasaki, Toshihiko Doi, Katsuji Aikawa, Akihiro Ohashi, Ikumi Katano, Yoshinori Ikarashi, Mamoru Ito, Atsushi Ochiai

(日本語)津村 遼、古賀 宣勝、濱田 哲暢、桑田 健、佐々木 博己、土井 俊彦、合川 勝二、大橋 紹宏、片野 いくみ、五十嵐 美徳、伊藤 守、落合 淳志

DOI

10.1111/cas.14564

掲載日

2020年9月3日

PDXに関する情報

国立がん研究センターでは、抗がん剤の非臨床研究を行うための高品質な評価モデルとして、国立がん研究センター中央病院・東病院の患者さんに協力を頂いて患者由来バイオリソースを樹立し、企業との共同研究や最先端の基礎研究に活用しています。

国立がん研究センター関連部署のご紹介

用語解説

注1 PDXモデル

患者由来組織を免疫不全マウスへ移植した非臨床モデルのこと。抗がん剤開発における非臨床研究での使用が増えている。

注2 免疫不全マウス

T細胞やB細胞など免疫機能が一部欠損した実験用マウスのこと。免疫が抑えられているため、ヒトがん細胞やヒトがん組織が移植可能である。

注3 SPF(Specific Pathogen Free)環境

特定の病原微生物などがいない飼育環境のこと。一般的に免疫不全マウスはこの環境下で飼育が行われる。

注4 HEPA(High Efficiency Particulate Air Filter)フィルター

0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有するエアフィルターのこと。病原微生物を含むエアロゾルを捕捉できるため、感染実験などで使用する機器の排気側に設置されている。

注5 BSL2(Biosafety Level 2)

ヒトや動物に疾患を起こす可能性はあるが、地域社会へ感染拡大のリスクが低い微生物およびこれらの微生物を取り扱う実験室や施設のこと。

注6 PMBC(Peripheral Blood Mononuclear Cell)

末梢血から分離された単核細胞のこと。T細胞やB細胞、NK細胞などのリンパ球を含むため、免疫研究で使用されている

注7 HSC(Hematopoietic Stem Cell)

骨髄や臍帯血に含まれ、多様な血球細胞へ分化できる幹細胞のこと。

お問い合わせ先

本研究に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人国立がん研究センター先端医療開発センター 
研究企画推進部門長 古賀 宣勝
電話番号:04-7134-6866(直通)
E-mail:ykoga●east.ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 規制科学推進課
電話番号:03-6870-2235
E-mail: kiseikagaku●amed.go.jp(●を@に置き換えてください)