チロシンキナーゼ阻害剤による幹細胞様メモリーT細胞の誘導を非臨床で確認
2026年6月9日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学
国立大学法人京都大学
国立大学法人秋田大学
発表のポイント
- マウスモデルを用いた実験において、分子標的薬チロシンキナーゼ阻害剤 ポナチニブが幹細胞様メモリーT細胞を誘導する可能性が示されました。
- これは、ポナチニブがT細胞の活性化シグナルを安定的に持続的に調節することで幹細胞様メモリーT細胞の誘導を促している可能性を示しています。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:間野 博行) 研究所 腫瘍免疫研究分野を中心とする研究チームは、分子標的薬チロシンキナーゼ阻害薬「ポナチニブ」が、幹細胞様メモリーT細胞(T stem cell memory:TSCM細胞)注1を誘導し、マウスモデルを用いた実験において、抗腫瘍免疫応答を増強する可能性を示しました。
TSCM細胞は、自己複製能を持ち長期間にわたりがん免疫療法の治療効果(持続的な抗腫瘍免疫応答)を支える重要な免疫細胞として注目されていますが、効率よく誘導する方法は確立されていませんでした。
本研究では、チロシンキナーゼ阻害剤 ポナチニブがオフターゲット効果注2でT細胞のシグナル伝達注3を安定的かつ持続的に調節することでTSCM細胞の分化を促進し、抗腫瘍免疫応答を高めることを明らかにしました。
本研究は、国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫研究分野 西川 博嘉分野長(名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学教授、京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センターがん免疫多細胞システム制御部門教授併任)、奥廣 有喜特任研究員らの研究チームで実施し、本成果は英国科学雑誌 「Nature Communications」 に日本時間2026年6月4日に掲載されました。
背景
幹細胞様メモリーT細胞(TSCM細胞)は、免疫チェックポイント阻害薬注4の持続的な治療効果に関わる重要な免疫細胞で、自己複製能を持ち長期間にわたり抗腫瘍免疫応答を支えると考えられています。しかし、効率よくTSCM細胞を誘導する方法は確立されていませんでした。
私たちは、慢性骨髄性白血病の治療薬として臨床導入されている第一世代注5のチロシンキナーゼ阻害薬であるイマチニブが、制御性T(Treg)細胞注6を抑制し、抗腫瘍免疫応答を増強することを報告してきました。本研究では、多数のチロシンキナーゼを標的とする第三世代のチロシンキナーゼ阻害薬 ポナチニブに着目し、T細胞や抗腫瘍免疫応答に及ぼす影響を検討しました。
研究成果
1. ポナチニブはCD8陽性T細胞注7に作用し、TSCM細胞を誘導する
まず、ヒト末梢血単核細胞(PBMC)を用いてポナチニブがT細胞に与える影響を解析しました(図1a)。ポナチニブはTreg細胞の増殖、生存を抑制する一方で、CD8陽性T細胞の総数を大きく減少させることなく、その分化状態に変化をもたらしました。特に、未分化なナイーブCD8陽性T細胞注8の割合が増加することが明らかになりました(図1b)。次にこの効果がCD8陽性T細胞に直接作用しているかを検討するため、CD8陽性T細胞を単離し、ポナチニブを添加して培養したところ、同様の効果が確認され、ポナチニブはTreg細胞の抑制のみならず、CD8陽性T細胞に直接作用して幹細胞様メモリーT細胞(TSCM細胞)の割合を増加させていることが示されました(図1c)。
さらにマウスモデルでより詳細にCD8陽性T細胞のフェノタイプ解析を実施しました。RNAシークエンス解析注9により、ポナチニブ処理群ではナイーブおよびメモリー関連遺伝子注10の発現が高まっていることが示されました(図1d, e)。これらはTSCM細胞に特徴的な遺伝子発現パターンと一致するものでした。また、フローサイトメトリー解析注11ではヒト末梢血単核細胞と同様に、マウスCD8陽性T細胞でもTSCM細胞の増加が認められました(図1f)。
図1
2. ポナチニブはがん組織でTSCM細胞を増やし抗腫瘍免疫応答を強化する
次に生体内での効果を検討するため、マウス担がんモデルにポナチニブを経口投与したところ、腫瘍の縮小が認められました。また、抗PD-1抗体注12療法との併用により、その作用はさらに増強されました(図2a)。T細胞を欠損した免疫不全マウスやCD8陽性T細胞を除去したマウスではこの効果は認められず、ポナチニブの抗腫瘍作用が免疫細胞、特にCD8陽性T細胞依存的であることが示されました。腫瘍組織の免疫環境を解析した結果、ポナチニブ投与群ではTreg細胞が減少し、TSCM細胞が増加した結果、Treg細胞に対するTSCM細胞の比率が増加し、免疫活性微小環境が形成されていました(図2b)。加えて、ポナチニブ投与群で、CD8陽性T細胞のがん細胞を攻撃する力の指標となる複数のエフェクターサイトカイン注13を同時に産生する能力も高い可能性が示されました(図2c)。
さらに、がん抗原特異的なT細胞を解析したところ、腫瘍組織ではがん抗原特異的TSCM細胞が増加していました。また、これらの細胞はその後、エフェクターT細胞注14へと分化・増殖することが示されました(図2d, e)。
図2
3. ポナチニブはT細胞の活性化シグナルの起点であるLCKを強くかつ安定的に調節し、TSCM細胞を誘導する
CD8陽性T細胞はナイーブ細胞やメモリー細胞では酸化的リン酸化注15により、活性化すると急速なエネルギー使用を補うため解糖系注16によりエネルギーを得ることが明らかになっています。ポナチニブ処理により、PI3K–mTORシグナルの低下とともに、解糖系から酸化的リン酸化へのシフトというTSCM細胞に重要な代謝変化が示されました(図3a)。これはT細胞活性化の起点であるLCKのリン酸化が強く抑制され、その結果下流のPI3K経路活性が低下してTSCM細胞形成に重要な転写因子TCF1およびFOXO1の発現が増加することによるものでした(図3b, c)。LCK阻害剤や他のチロシンキナーゼ阻害剤との比較により、TSCM細胞の誘導にはLCK阻害の強さだけでなく持続性も影響する可能性が示されました。実際に、同じLCK阻害薬であっても、阻害活性が弱いイマチニブや、強力でも間欠的な阻害にとどまるダサチニブでは、十分なTSCM細胞誘導や抗腫瘍効果は認められませんでした(図3d,e)。これらの結果から、ポナチニブはTCRシグナル伝達の上流に位置するLCKを強くかつ安定的に阻害し、その下流のPI3K経路を抑制することによりTSCM細胞を誘導することが示されました(図3f)。
図3
4. ポナチニブはCAR-T細胞においてもTSCM様表現型を誘導し、白血病および固形がんモデルで抗腫瘍効果を増強する
次にポナチニブとCAR-T細胞との関係を検討するため、マウスモデルにおいてポナチニブ存在下で作製した抗CD19 CAR-T細胞を一細胞遺伝子発現解析およびフローサイトメトリーで解析したところ、幹細胞様メモリーT細胞(CAR-TSCM)集団の増加が認められました(図4a,b)。ナイーブ/メモリー関連遺伝子やTSCM細胞形成に関わる遺伝子発現が上昇し、T細胞シグナルおよびPI3K–mTOR経路の抑制も認められたことから、通常のT細胞と同様にLCK–PI3K経路の制御を介してTSCM細胞様表現型が誘導されることが示されました(図4c, d)。
さらにマウス白血病モデルにおいて、ポナチニブ存在下で作製したCAR-T細胞は強力な腫瘍増殖抑制活性を示し、生体内での増殖・持続性も向上していました(図4e)。通常のCAR-T細胞では治療が難しい固形がんモデルにおいても、CAR-T細胞の作製時にポナチニブを用いた場合と投与後にポナチニブを内服させた場合のいずれにおいても、CAR-T細胞の生体内での持続性が高まり、抗腫瘍活性の増強が確認されました(図4f)。以上より、ポナチニブはCAR-T細胞の作製時に加え、CAR-T治療後の内服投与によっても、その抗腫瘍活性を増強することが示されました。
図4
5. ポナチニブを投与された患者の末梢血では、TSCM細胞が増加している
イマチニブ、ダサチニブ、またはポナチニブで治療を受けている慢性骨髄性白血病患者さん(イマチニブ 6人、 ダサチニブ 4人、ポナチニブ 5人)の末梢血を用いてTSCM細胞誘導の検証を行いました(図5a)。その結果、ポナチニブを内服している患者さんで、Treg細胞が有意に減少し(イマチニブ 1.6% vs ダサチニブ 1.4% vs ポナチニブ 0.6%)、TSCM細胞が有意に増加している(イマチニブ 0.7% vs ダサチニブ 0.42% vs ポナチニブ 11.9%)ことが確認されました(図5b, c)。
図5
展望
本研究により、ポナチニブがT細胞に作用し、幹細胞様メモリーT細胞(TSCM細胞)を誘導する可能性が示されました。これは、がん細胞への直接的な作用に加えて、抗腫瘍免疫応答を支えるCD8陽性T細胞そのものの活性化を直接調節することで、TSCM細胞の持続性を向上させる可能性を示しています。
論文情報
雑誌名
Nature Communications
タイトル
Ponatinib inhibits LCK and PI3K signaling and promotes CD8+ T stem cell memory cell development
著者
Yuki Okuhiro1,2, Sachiko Ito1, Keisuke Watanabe2, Yue Yan1,2, Kazuhiro Kumagai1,2, Takahiko Sato1,3, Yasuhiro Kojima4, Yuki Fujioka2,5, Naoto Takahashi5, Hitoshi Kiyoi3, Yuka Maeda2, Takuma Kato1, and Hiroyoshi Nishikawa1,2,6,7*
所属
- Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
- Division of Cancer Immunology, Research Institute/Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center Japan, Tokyo 104-0045/Chiba 277-8577, Japan
- Department of Hematology and Oncology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
- Laboratory of Computational Life Science, National Cancer Center, Tokyo 104-0045, Japan
- Department of Hematology, Nephrology, and Rheumatology, Akita University Graduate School of Medicine, Akita 010-8543, Japan
- Division of Cancer Immune Multicellular System Regulation, Center for Cancer Immunotherapy and Immunobiology, Kyoto University Graduate School of Medicine, Kyoto 606-8501, Japan
- Kindai University Faculty of Medicine, Osaka-sayama 589-8511, Japan
*Corresponding author
DOI
https://doi.org/10.1038/s41467-026-71375-2
掲載日
2026年6月4日付
URL
https://www.nature.com/articles/s41467-026-71375-2(外部サイトにリンクします)
研究費
- 科学研究費助成事業
基盤研究(S)「生体内に生じた非自己に対する免疫系認識ドグマの成立と破綻の機構解析」
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
ムーンショット目標7 日米連携による 「がんゼロ社会」 に向けた研究開発 慢性炎症の制御によるがん発症ゼロ社会の実現
- 大塚製薬
共同研究費(同社は本研究の設計、実施、解析、論文作成に関与していない)
用語解説
注1 幹細胞様メモリーT細胞(TSCM細胞)
自己増殖しながら長期間にわたり働き続ける性質を持つT細胞の一種。持続的な抗腫瘍免疫応答を支える重要な細胞として注目されている。
注2 オフターゲット効果
本来の標的分子(ターゲット)以外の分子にも薬剤が作用する現象のこと。
注3 T細胞シグナル伝達
T細胞が標的(がん細胞など)を認識した際に生じるシグナルを、細胞内へ伝達する仕組みのこと。このシグナルにより、増殖や攻撃、記憶細胞への分化などが制御される。
注4 免疫チェックポイント阻害薬
免疫の働きにかかっている「ブレーキ」を解除する薬剤。がん細胞は免疫に攻撃されないよう、このブレーキ機構を利用して身を守っているが、免疫チェックポイント阻害薬はその仕組みを妨げることで、T細胞によるがん攻撃を再び活性化させる。現在、さまざまながん種に対して標準治療の一つとして用いられているが、すべての患者さんに効果があるわけではない。
注5 チロシンキナーゼ阻害薬の分類
第一世代~第三世代という分類は、慢性骨髄性白血病の治療に用いられるBCR-ABL1阻害薬の開発世代を指す。本研究で扱うイマチニブは第一世代、ポナチニブは第三世代に分類される。
注6 制御性T細胞(Treg細胞)
患者さん自身のT細胞を体外で遺伝子改変し、がん細胞を特異的に認識できる受容体(CAR)を持たせてから体内に戻す治療法。改変されたT細胞は、がん細胞を見つけると強力に攻撃する。主に血液がんで高い効果が示されている。
注7 CD8陽性T細胞
がん細胞やウイルス感染細胞を攻撃・排除する免疫細胞。異物の情報を受け取ると標的に正確に向かい、グランザイムなどの細胞傷害性顆粒を放出して直接死滅させるほか、IFNなどの情報伝達物質を分泌して周囲の免疫反応を活性化させる働きも持つ。獲得免疫応答の中心的な役割を果たし、キラーT細胞とも呼ばれる。
注8 ナイーブCD8陽性T細胞
まだ標的(がん細胞やウイルス感染細胞など)を認識したことがない、未活性のCD8陽性T細胞のこと。
注9 RNAシークエンス
細胞の中でどの遺伝子がどの程度働いているかを網羅的に調べる解析手法。細胞内のRNAを読み取ることで、遺伝子の発現状態を一度に数千~数万単位で解析できる。細胞の性質や分化の状態、活性化の程度などを詳しく評価することが可能である。
注10 メモリーCD8陽性T細胞
一度標的(がん細胞など)を認識して活性化した後、体内に長く残り、再び同じ標的に出会ったときに迅速に攻撃を開始できるCD8陽性T細胞。
注11 フローサイトメトリー
サンプル溶液中の細胞を流し、一つ一つ整列させてレーザーを当てることによって細胞表面分子や細胞内分子の発現を解析する実験手法である。
注12 PD-1阻害薬(抗PD-1抗体)
免疫チェックポイント阻害薬の一種。PD-1はT細胞の表面にある分子で、免疫の働きにブレーキをかける役割をしている。このブレーキがあることで、体の免疫は暴走せずにすんでいる。しかし、がん細胞はこの仕組みを悪用し、自分への攻撃を防いでいる。PD-1阻害薬はそのブレーキを外し、T細胞が本来の力を発揮してがん細胞を攻撃できるようにする薬である。
注13 サイトカイン
免疫細胞などから分泌されるタンパク質で、極めて微量で標的細胞に対して作用を示して細胞間の情報伝達を担う。
注14 エフェクターCD8陽性T細胞
標的(がん細胞など)を認識して活性化し、実際に標的細胞を攻撃することができるCD8陽性T細胞。
注15 酸化的リン酸化
ミトコンドリアで酸素を利用して、多くのエネルギーを生み出す代謝経路のこと。
T細胞では、主にナイーブT細胞やメモリーT細胞で重要とされ、長期的な生存や機能維持を支える。一方、エフェクターT細胞では解糖系がより強く働く。
注16 解糖系
細胞がブドウ糖を分解し、エネルギーを生み出す基本的な代謝経路のこと。
細胞では、活性化や増殖を支える重要な仕組みだが、過度に亢進すると機能低下(疲弊)に関与することがある。
お問い合わせ先
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研究所 腫瘍免疫研究分野/先端医療開発センター 免疫TR分野
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