膵がんの免疫抑制性微小環境の構築機序を解明~がん関連線維芽細胞と骨髄由来抑制細胞との相互作用~
2026年4月23日
国立研究開発法人国立がん研究センター
ナショナルセンター 医療研究連携推進本部
発表のポイント
- 本研究では、膵がんでの免疫の働きを抑制する環境(免疫抑制性微小環境)について、その構築機序を明らかにしました。
- 膵がんの免疫抑制性微小環境の構築に、特に免疫を抑制する働きが強い骨髄由来抑制細胞が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
- さらに、膵がんでは、腫瘍組織に存在するがん関連線維芽細胞と骨髄由来抑制細胞との相互作用によって、骨髄由来抑制細胞が腫瘍内へ集まり(遊走)、腫瘍内で骨髄由来抑制細胞が誘導され(分化)、働きを強める(活性化)ことを見出しました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:間野 博行)研究所(所長:間野 博行)免疫創薬部門長青木一教らの研究グループは、膵がんで免疫チェックポイント阻害剤の効果が得られにくい要因とされる腫瘍内の免疫の働きを抑制する環境(免疫抑制性微小環境)が構築される機序を明らかにしました。
腫瘍内の免疫環境には、腫瘍内浸潤リンパ球の種類や性質が重要な役割を果たすため、研究グループは、膵がんの腫瘍内浸潤リンパ球の特徴を詳しく解析し、ミエロイド細胞注1が多いと明らかに予後不良であることを見出しました。また、ミエロイド細胞の中でも、骨髄由来抑制細胞注2という特に免疫を抑制する働きが強い細胞が最も予後不良と関連していることを明らかとしました。
ついで、膵がん組織に存在する様々な細胞と骨髄由来抑制細胞との関連を調べたところ、主としてがん関連線維芽細胞注3が骨髄由来抑制細胞の膵がんへの遊走、分化及び活性化に重要な役割を果たしていることが分かりました。今後、膵がんの免疫微小環境の研究がさらに進むことで、膵がんの新たな免疫療法の開発につながることが期待されます。
本研究結果は、2026年2月20日に「Cancer Letters」に掲載されました。

背景
膵がんは代表的な難治性がんであり、その罹患数は年々増加傾向にありますが、膵がんに対する有効な治療法は限られています。免疫チェックポイント阻害剤は、さまざまながん種で効果を発揮しがんの治療体系を変えましたが、膵がんに対しては有効性を示す研究結果は多くありません。これは、膵がんが強固な免疫抑制性微小環境を構築していることに起因すると考えられますが、詳しい構築機序は明らかではありませんでした。そのため、研究グループでは、この機序を解明するために本研究を行いました。
研究成果
本研究ではまず、膵がん組織を用いた腫瘍内浸潤リンパ球のフローサイトメトリー解析から、膵がん組織の免疫プロファイルは、ミエロイド細胞が多いタイプとT細胞が多いタイプの2つに分かれ、ミエロイド細胞が多いタイプは有意に予後不良であること、ミエロイド細胞の中でも骨髄由来抑制細胞が最も予後不良に関わっていることを見出しました(図1A)。また、膵がん切除標本からミエロイド細胞のみを抽出し、細胞ごとに遺伝子の働きを詳しく解析(scRNA-seq解析)したところ、ミエロイド細胞は6種類に分かれ、その中でも骨髄由来抑制細胞クラスターのハザード比が最も高いことが示され(図1B)、これらの結果から、膵がんでは、骨髄由来抑制細胞が免疫抑制環境を構築するのに特に重要な役割を果たして いると考えられました。

ついで、膵がん腫瘍内に骨髄由来抑制細胞が浸潤する機序を明らかにするために、骨髄由来抑制細胞の遊走に関わるケモカインレセプターを検討したところ、ヒト膵がん組織を用いたscRNA-seq解析(図2A)やフローサイトメトリー解析(図2B)により、骨髄由来抑制細胞を含むミエロイド細胞はHLA-DR Antigens-Associated Invariant Chain (CD74注4)を発現していることを確認しました。他がん種において骨髄由来抑制細胞の遊走に関わることが報告されているケモカインレセプターを検討したところ、CCR2やCXCR2は膵がん組織のミエロイド細胞では発現しておらず、CXCR4はミエロイド細胞とともにリンパ球でも発現していたため(図2B)、膵がん組織への骨髄由来抑制細胞の浸潤にはCD74が重要であることが分かりました。
一方、CD74のリガンドであるMacrophage migration inhibitory factor (MIF注5)は、膵がん組織においてはがん関連線維芽細胞や膵がん細胞で発現しており(図2C)、空間的トランスクリプトーム解析(図2D)や多重免疫染色(図2E)では、膵がん組織の中でもCD74陽性骨髄由来抑制細胞が多い領域ではMIF陽性がん関連線維芽細胞が多いことが明らかになりました。また、このMIF陽性がん関連線維芽細胞は、microfibril associated protein 5(MFAP5)やleucine-rich-repeat-containing protein 15(LRRC15)等のT細胞の浸潤・活性化を抑制する分子の発現が高いことも見出しました。

さらに、MIF陽性がん関連線維芽細胞は、CD74陽性骨髄由来抑制細胞の遊走能を活性化する(図3A, B)のみでなく、分化誘導(図3C)や免疫抑制活性を促進する作用も有する(図3D)ことを明らかにしました。
これらの結果から、膵がんでは、特定のがん関連線維芽細胞サブタイプが司令塔となり、骨髄由来抑制細胞との細胞ネットワークを含めた複合的機序により、免疫抑制性微小環境を構築している可能性を見出しました。

展望
本研究では、がん関連線維芽細胞が骨髄由来抑制細胞の遊走・分化・活性化に重要な役割を果たして強固な免疫抑制環境を構築していることを見出し、膵がんが免疫療法に対して抵抗性を示す機序の一端を解明しました。今後、がん関連線維芽細胞と骨髄由来抑制細胞の相互作用を抑制する方法などの研究を進めることにより、膵がんの免疫抑制性微小環境を抗腫瘍免疫性に転換して免疫療法の効果を強化できる治療法の開発につながる可能性があります。また、膵がんの免疫抑制環境の構築におけるがん関連線維芽細胞の役割をさらに検討することにより、司令塔となっているがん関連線維芽細胞を抑制することによる免疫療法の開発にも取り組みたいと考えています。
論文情報
雑誌名
Cancer Letters
タイトル
MIF-CD74 axis facilitates MDSC infiltration in the tumor microenvironment of pancreatic ductal adenocarcinoma
著者
Hironori Fukuda, Kosuke Arai, Eri Hashimoto, Keisuke Sekine, Yasuhito Arai, Nobuyoshi Hiraoka, Aya Hirata, Makiko Yamashita, Kenta Narumi, Ayaka Kikuchi, Eri Sawai, Yuria Sawada, Ayana Sunami, Yukihiro Mizoguchi, Ryoichi Sadahiro, Yukiko Aikawa, Yasuko Henmi, Genki Okumura, Eri Sugiyama, Mami Takahashi, Tatsuhiro Shibata, Yukari Nishito, Hideaki Mizuno, Satoshi Nara, Minoru Esaki, Shohei Koyama, Shigehisa Kitano, Teruhiko Yoshida, Atsushi Ochiai, Hiroyuki Tsunoda, Kazunori Aoki
DOI
10.1016/j.canlet.2026.218348.
掲載日
2026年2月20日
URL
MIF-CD74 axis facilitates MDSC infiltration in the tumor microenvironment of pancreatic ductal adenocarcinoma - ScienceDirect(外部サイトにリンクします)
ナショナルセンター 医療研究連携推進本部について
ナショナルセンター医療研究連携推進本部(Japan Health Research Promotion Bureau: JH)は、日本の 6つのナショナルセンターの資源・情報を集約し、それぞれの専門性を生かしつつ有機的・機能的連携を行うことによって、世界最高水準の研究開発・医療を目指した新たなイノベーションを創出することを目的とし、2020 年4月に発足した横断的組織です。
主たる研究費
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業
腫瘍内浸潤骨髄由来抑制細胞を標的とした、膵がんでの新たな化学免疫療法の開発
国立がん研究センター研究所 免疫創薬部門長 青木一教 - 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 次世代がん医療加速化研究事業
膵がんのCAF-MDSCネットワーク阻害と免疫チェックポイント阻害剤併用療法の研究開発
国立がん研究センター研究所 免疫創薬部門長 青木一教 - ナショナルセンター医療研究連携推進本部 JH横断的事業
JHコアラボ事業:空間的Pathogenomics解析
国立がん研究センター研究所 がん細胞システム研究ユニット長 関根圭輔 - 国立がん研究センター 国立がん研究センター研究開発費
FIOCのコアファシリティ機能の拡充とバイオリソースの管理によるトランスレーショナルリサーチの基盤整備
国立がん研究センター研究所 分子薬理研究分野長 濱田哲暢(当時)
用語解説
注1 ミエロイド細胞
造血幹細胞から分化する免疫細胞群の一つで、主に単球・マクロファージ・好中球・樹状細胞などの骨髄系細胞の総称。
注2 骨髄由来抑制細胞
末梢血や腫瘍微小環境で増加し、T細胞やNK細胞の働きを抑えて抗腫瘍免疫を阻害する未熟骨髄系細胞。
注3 がん関連線維芽細胞
腫瘍周囲に存在し、増殖因子やサイトカイン、細胞外基質を産生して腫瘍の増殖・浸潤を促進する線維芽細胞。
注4 CD74
主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスII分子のインバリアント鎖。抗原提示の過程でMHCIIの安定化と抗原ペプチド結合を調節し、免疫応答に関与する。MIFのレセプターとしての役割も有する。
注5 MIF
マクロファージなどから分泌される炎症性サイトカイン。免疫細胞の活性化や炎症反応を促進し、腫瘍増殖や免疫抑制にも関与する。
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