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未知の小腸がん遺伝子「COPA」を発見―新たな発がん経路を解明―

2026年6月12日
慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

 

慶應義塾大学医学部医化学教室の藤井正幸准教授、佐藤俊朗教授、同病理学教室の猜都尚子(あべとなおこ)助教(国立がん研究センター中央病院任意研修生)、関根茂樹教授らの研究グループは、小腸腫瘍の新たな原因となるCOPA遺伝子変異を発見しました。
これまで小腸腫瘍の多くは、比較的平坦な形をした腫瘍として知られてきました。一方、本研究では、丈の高い隆起型の小腸腫瘍が、COPA変異を起源としていることを明らかにしました。これにより、小腸腫瘍には形の異なる発がん経路が存在することが示されました。
特に、COPAは細胞内でタンパク質を運ぶ役割を持つ分子であり、これまでに知られてきた、細胞の増殖を直接促すがん遺伝子とはまったく異なるタイプです。研究チームは、この変異を正常な腸の幹細胞に導入することで、実際に腫瘍が形成されることを実証しました。
さらに、COPA変異を持つ腫瘍の一部は、小腸がんへ進行しやすいこともわかりました。また、COPA変異腫瘍は特殊な増殖因子への依存性を示すため、今後、新しい診断法や治療法につながることが期待されます。
本研究成果の詳細は、2026年6月12日(英国時間)に英科学誌Nature Genetics電子版に掲載されました。

1.研究の背景と概要

十二指腸、空腸および回腸の総称である小腸は、栄養素や水分の吸収に必須の臓器であり、成人ではその長さは約3–4mにもなります。そこに発生する小腸がんは全消化管がんの3%以下を占めるまれな腫瘍ですが、その頻度はゆるやかに上昇傾向にあります。全小腸がん患者の5年生存率は35%前後と不良であり、新たな診断技術や治療方法の開発が求められています。しかし、小腸がん自体がまれなため、臨床検体や症例の蓄積が難しく、例えば薬物療法は大腸がんに準じた治療が実施されているのが現状です。従って、小腸腫瘍の成り立ちや進行メカニズムをより深く理解し、その知見を臨床に還元することが求められています。
小腸がんは前がん病変である小腸腺腫から発生すると考えられています。大腸では、20年以上前より腺腫とがんのいずれにおいてもAPC遺伝子変異(注1)が高頻度で認められることがわかっており、腺腫からがんが発生する「腺腫―がんシーケンス」が発がん経路の大部分を占めていることがよく知られています。しかし、小腸においては小腸腺腫の90%前後にAPC遺伝子変異が認められる一方で、小腸がんではその頻度は30%前後のみであることがわかっています。このことから、小腸がんの大半はAPC遺伝子変異を伴わないまれな前がん病変から発生すると示唆されますが、そのような病変が実際に存在するのか、また、もし存在する場合、どのような遺伝子異常があるのか、これまでほとんどわかっていませんでした。

2.研究の成果

1)ヒト小腸における新規がん遺伝子COPAの発見(図1)

大部分の小腸腺腫はAPC遺伝子を有し、肉眼的に平坦な見た目をしています。しかし、小腸腺腫症例を精査したところ、一部の小腸腺腫(約12%)は隆起型の形態を呈することがわかりました。隆起型腺腫3例を対象にエキソーム解析(注2)を行ったところ、APC遺伝子をはじめとしたWnt経路(注3)に関連する遺伝子には変異が認められなかった一方で、全3例にCOPA遺伝子に変異が認められました。さらに、いずれのCOPA遺伝子変異もエキソン13に限局するインフレーム欠損(注4)という特徴的なパターンでした。254例の小腸腺腫症例のCOPA遺伝子変異解析を行ったところ、約4%(10月25日4例)にエキソン13のインフレーム欠損が認められ、隆起型腺腫に限定するとその頻度は50%弱(06月13日例)に達しました。さらに、十二指腸がん55例を対象にCOPA遺伝子変異解析を行ったところ、その頻度は約13%(7/55例)でした。COPA変異を有する腫瘍にはAPC遺伝子変異が認められないことから、COPA遺伝子を契機とする発がん経路はAPC遺伝子変異による腺腫―がんシーケンスとは異なる経路であり、本研究により、これまで不明であったAPC変異のない小腸がんの成り立ちの一部が明らかになりました。


図1:a. 平坦型小腸腺腫と隆起型小腸腺腫の肉眼および病理形態の違い。b. 隆起型小腸腺腫3例のエキソーム解析によって同定されたCOPA遺伝子のインフレーム欠損。c. 小腸腺腫および十二指腸腺がんにおけるCOPA遺伝子変異の頻度。COPA変異は隆起型腺腫および腺がんでの頻度が高いことがわかる。

近年の欧米を中心とした大規模がんシーケンス解析によって、人間のがんに蓄積する遺伝子変異のほとんどがすでに明らかになったと考えられていました。しかし、COPA遺伝子変異はこれまでの大規模がん解析では同定されていません。また、COPAタンパクは細胞内においてゴルジ体から小胞体への逆行性小胞輸送(注5)を担っていますが、COPAの異常をがんに結びつけた報告はほとんどありません。今回、本研究グループは病理形態という臨床に則した視点で症例を絞り込むことで、比較的少ない症例数から全く新しいがん遺伝子変異を発見することができました。

2)患者由来オルガノイドを用いたCOPA腫瘍モデルの構築(図2)

COPAに限らず、ある分子の異常がもたらす機能的な変化を解析するためには、そのためのモデルが欠かせませんが、COPA遺伝子変異を持つ細胞モデルやマウスモデルは存在しません。そのため、本研究グループはまず隆起型小腸腺腫の患者から検体を提供いただき、オルガノイド(注6)として培養することで、最終的に3例のCOPA変異型小腸腺腫オルガノイドを樹立することに初めて成功しました。
さらに、COPA変異を人為的に再現するため、遺伝子編集技術を用いてCOPA変異を正常小腸上皮オルガノイドに導入することに成功しました。COPA遺伝子変異はインフレーム変異であるため、通常の遺伝子破壊とは異なり、遺伝子ノックイン(注7)という難易度の高い手法が必要でした。しかし、本研究では別々の患者に由来する4例の小腸上皮オルガノイドを用いて、COPA遺伝子変異を再現することが可能でした。これらのCOPA変異型患者由来オルガノイドおよび遺伝子改変オルガノイドは、機能的な解析に活用可能な初めてのCOPA 変異モデルであり、有用な研究ツールとして様々な応用が期待されます。


図2:COPA変異を有する十二指腸腺腫からの患者由来オルガノイドの樹立(左)、および正常小腸上皮オルガノイドを用いた遺伝子編集によるCOPA遺伝子改変オルガノイドの作製(右)。

3)COPA変異により増殖因子非依存的な増殖能を獲得(図3)

正常な小腸上皮オルガノイドの培養には、小腸上皮幹細胞(注8)の自己複製を促す複数の因子が必須ですが、これまでの研究で、例えばがんでは主に遺伝子変異によっていくつかの因子への依存性が低くなることがわかっています。つまり、遺伝子変異を獲得した腫瘍細胞は、増殖因子が乏しい環境でも発育が可能になることで、正常の細胞と比べて増殖できるようになります。COPA変異オルガノイドの増殖に最低限必要な培養条件を検証するため増殖因子を1つずつ除去したところ、患者由来腺腫オルガノイドおよび遺伝子改変小腸上皮オルガノイドのいずれにおいてもCOPA変異によってR-spondin(注9)という増殖因子がなくても増殖できることがわかりました。その仕組みを調べたところ、COPA変異がない正常な細胞ではR-spondinが存在しないとWntの受容体であるLRPは分解され、Wntシグナルが不活化されますが、COPA変異を獲得するとR-spondinが存在しなくてもLRPが安定化し、効率的にWntシグナルを活性化できることがわかりました(図3)。


図3:R-spondinの有無による正常小腸上皮オルガノイドおよびCOPA遺伝子改変オルガノイドの増殖の差(左)。COPA遺伝子改変オルガノイドはR-spondinが乏しい環境でも発育することがわかる。R-spondinがない場合、正常細胞ではWntシグナルが不活化されるが、COPA遺伝子変異があるとWntの受容体であるLRPの安定化によって活性化状態を保つことができる(右)。

3. 今後の展開

これまで、小腸腺腫は病理学的な特徴によって分類されてきました。COPA遺伝子型小腸腺腫は単一の遺伝子変異で明確に区別される独立したタイプであり、新たな病理分類として小腸腫瘍の類型化に寄与すると考えられます。本研究では、COPA遺伝子変異は小腸腺腫より小腸腺がんにおいてより高頻度で認められました。このことは、COPA変異型腺腫は高いがん化ポテンシャルを有することを示唆しており、COPA遺伝子変異が疑われるポリープ(隆起型など)を積極的に切除することで、小腸がんの予防につなげられると考えられます。
また、本研究によってCOPAによるWntシグナルの制御メカニズムが明らかになりました。Wntシグナルは大腸がんや胃がんなど、多くのがんで異常が認められる代表的ながん経路の一つです。本研究で樹立したCOPA変異型患者由来オルガノイドや遺伝子編集オルガノイドを用いることで、Wntシグナルの分子制御のより深い理解を得られることが期待されます。

4.特記事項

本研究はJSPS 科研費 JP22H04995, JP23K27677, JP24K21300、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO(JPMJER2303)、国立がん研究センター研究開発費(2023-J-02)の支援によって行われました。

5.論文

タイトル

Recurrent COPA mutation drives R-spondin-independent Wnt activation in intestinal tumors

タイトル和訳

COPA変異は腸管腫瘍においてR-spondin非依存的なWnt活性化を駆動する

著者

藤井正幸、猜都尚子、岸本翔太郎、白石航也、橋本大輝、平岡伸介、野中哲、小嶋基寛、股野麻未、高橋シリラット、Gabriele Colozza、Bon-Kyoung Koo、谷田部恭、加藤元彦、佐藤俊朗、関根茂樹

掲載誌

Nature Genetics電子版

DOI

https://doi.org/10.1038/s41588-026-02616-9

用語解説

注1 APC遺伝子変異

APCはWntシグナルの下流に存在し、下記のWntシグナルを負に制御します。大腸腺腫や大腸がんの大部分にAPC遺伝子変異があり、Wntシグナルが恒常的に活性化しています。

注2 エキソーム解析

次世代シーケンサーを用いて、遺伝子がコードされている領域(エキソン領域)のゲノム配列を取得する解析です。腫瘍組織と正常組織のエキソームデータを比較することで、タンパク質に異常をもたらす配列変化(遺伝子変異)を検出することができます。

注3 Wnt経路

進化的に保存されている重要なシグナル経路で、Wntリガンドがその受容体Frizzled/LRPに結合することで活性化し、細胞の生存や増殖などを制御しています。

注4 インフレーム欠損

遺伝子変異は、ゲノム塩基の変化パターンに応じていくつかの種類に分類されます。1つの塩基およびアミノ酸が変化するミスセンス変異、塩基の欠損あるいは挿入により、以降のアミノ酸が全て変化するフレームシフト変異などがあります。その中でもインフレーム欠損は比較的まれであり、塩基が3の倍数の個数だけ欠損し、特定のアミノ酸が欠失されるものの、以降のアミノ酸配列は不変であるという特徴があります。

注5 小胞輸送

細胞内で合成されたタンパク質は小胞という容器にパッケージングされたのちに、小胞体からゴルジ体へ輸送(順行性小胞輸送)され、さらに細胞内の必要な場所へと運ばれていきます。ゴルジ体から小胞体へ戻るルート(逆行性小胞輸送)もあり、COPAは逆行性輸送の小胞を覆う構造の一部を構成しています。

注6 オルガノイド

Organ(臓器)に接尾語oid(類似したもの)を付与した造語であり、腸管上皮や肝細胞などの生体組織を体外で安定的に培養した構造体を指します。培養には組織固有の増殖因子の組み合わせ、および足場となるマトリクスを用います。オルガノイドには成体の組織を直接培養したもの、およびES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞から作製するものがありますが、本研究では前者を使用しています。

注7 遺伝子ノックイン

遺伝子編集には大きく分けて遺伝子ノックアウトとノックインの二つの手法が存在します。前者は遺伝子を不活化する際に用いられ、比較的容易である一方、後者は元の遺伝子配列を目的の配列と入れ替える際に使われ、ゲノム配列を特定の配列と組み替える必要があるため技術的に難しいことが多い手法です。

注8 小腸上皮幹細胞

腸管上皮は3–5日で完全に入れ替わり、最も回転の速い組織の一つです。小腸および大腸の上皮には陰窩と呼ばれる小さなくぼみが無数にあり、それぞれの陰窩の底部には生涯にわたって腸管上皮の全ての細胞を生み出し続ける腸管上皮幹細胞があります。腸管上皮幹細胞を体外に取り出し、生体内に類似した環境におくことで、オルガノイドとして安定的な培養が可能です。

注9 R-spondin

Wntの受容体であるLRP/Frizzledを安定化し、下記のWntシグナルを増強する働きを持つ増殖因子です。腸管上皮オルガノイドの培養に必須の因子です。

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