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国立がん研究センター

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脱分化型脂肪肉腫の発生、進展に関わる遺伝子異常を解明軟部肉腫の個別化医療の実現に向けた基盤データの整備

2019年12月12日

肉腫は、骨や軟部(筋肉・神経・血管・脂肪など)から発生する悪性腫瘍です。他のがんに比べると発生頻度が低く、研究開発に必要な症例の集積が難しいため、日本全国の骨軟部腫瘍診療・病理診断にあたる基幹病院と網羅的な遺伝子・タンパク質解析等を実施する研究機関とで2014年に「骨軟部腫瘍ゲノムコンソーシアム」を設立し研究を進めてきました。本研究はその成果で、脂肪肉腫の組織亜型のひとつである脱分化型脂肪肉腫について網羅的なゲノム解析を行い、腫瘍の発生、進展に関わる特徴的な遺伝子異常を明らかにしました。

 

国立がん研究センター 希少がんセンター長で中央病院 骨軟部腫瘍・リハビリテーション科長 川井 章は次のように述べています。「本研究は、悪性度の高い希少がんの一種である脱分化型脂肪肉腫の発生、進展に関わる遺伝子異常を、わが国の共同研究グループが世界に先駆けて明らかにしたもので、その研究成果は、治療選択肢の少ない肉腫、希少がんの新たな治療薬開発につながる貴重な情報となることが期待されます。」

 

発表者

平田  真(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターシークエンス技術開発分野 特任講師:研究当時)

片山 琴絵(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターシークエンスデータ情報処理分野助教)

山口  類(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターDNA情報解析分野 准教授:研究当時)

松田 浩一(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野 教授)

浅野 尚文(国立がん研究センター研究所希少がん研究分野 任意研修生:研究当時)

市川  仁(国立がん研究センター研究所臨床ゲノム解析部門 部門長)

 

発表のポイント

  • 希少がんである悪性骨軟部腫瘍(肉腫)(注1)について、日本全国より検体を収集してゲノム解析の研究を行う骨軟部腫瘍ゲノムコンソーシアム(注2)を設立し、悪性軟部腫瘍の一つである脱分化型脂肪肉腫(注3)について網羅的な遺伝子解析を行いました。

  • 脱分化型脂肪肉腫115症例の検体を用いて得られた網羅的なゲノム解析の結果を基に、脱分化型脂肪肉腫の発生、進展の各段階に関わる遺伝子異常の特徴を明らかにしました。

  • これらの成果は、選択可能な分子標的薬が少ない悪性骨軟部腫瘍において、治療薬の開発に役立つ遺伝子異常のデータベースの一部となるものです。今後、更に解析を進めデータベースの拡充を図ることで、悪性骨軟部腫瘍の個別化医療が進むものと期待されます。

 

発表概要

東京大学医科学研究所の平田真特任講師(研究当時)、片山琴絵助教、山口類准教授(研究当時)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授、国立がん研究センター研究所 の浅野尚文任意研修生(研究当時)、市川仁臨床ゲノム解析部門長、国立がん研究センター中央病院、東京都立駒込病院、九州大学、大阪国際がんセンター、千葉県がんセンター、名古屋大学、神奈川県立がんセンター、北海道がんセンター、理化学研究所らの共同研究グループは脱分化型脂肪肉腫115症例の検体を用いて網羅的なゲノム解析を行い、その腫瘍の発生、進展に関わる特徴的な遺伝子異常を明らかにしました。

本研究で得られた遺伝子異常の情報は、脱分化型脂質肉腫に対する予後の予測モデルの確立や新たな治療の標的の同定を進めるための重要なデータとなります。今後、更に他の骨軟部腫瘍の網羅的なゲノム解析を推進することにより、骨軟部腫瘍に関する横断的な遺伝子異常のデータベースの構築が進めば、悪性骨軟部腫瘍の個別化医療の実現に繋がることが期待されます。

本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」2019年12月12日版に掲載されます。 

 

発表内容

日本における悪性軟部腫瘍の発生頻度は年間10万人当たり3.1名程度と非常に少なく、他の種類のがんと比べて研究開発が遅れているがんの一つです。今回の研究では脂肪肉腫の一つとして知られる脱分化型脂肪肉腫について、骨軟部腫瘍ゲノムコンソーシアムで65症例の検体を収集し、東京大学医科学研究所、国立がん研究センター研究所、理化学研究所において全エクソンシークエンス(WES)解析(注4)およびRNAシークエンス(RNAseq)解析(注5)を実施し、そのゲノム情報を収集しました。また、海外のがんゲノム解析の研究プロジェクト(TCGA: The Cancer Genome Atlas)において同様に脱分化型脂肪肉腫の検体を用いて実施された50症例のWES解析およびRNAseq解析のデータを入手し、総計115症例について同じデータ解析の手法を用いて、脱分化型脂肪肉腫において高頻度に存在する遺伝子異常の特徴を明らかにしました。

得られたゲノム情報から高頻度に存在する遺伝子異常を解析したところ、TP53やATRXなど既知のがん関連遺伝子の異常が確認されたものの、全体としての遺伝子変異の数は少ないことが示されました。しかし、83領域、812遺伝子においてコピー数の異常が高頻度に確認され、コピー数の異常が脱分化型脂肪肉腫における遺伝子異常の中心であることが判明しました。なお、これまで報告がなかったDNM3OSの融合遺伝子(注6)が、全体の8%程度の症例に存在することが明らかになりました。この融合遺伝子は高分化型脂肪肉腫(注3)においては検出されず、脱分化型脂肪肉腫の特異的なマーカーの一つとして有用である可能性が示唆されています(図1)。

更に、得られた遺伝子異常と症例の臨床情報との関連性について検討し、いくつかのコピー数の異常が脱分化型脂肪肉腫の予後と有意に関連することが明らかになりました。この結果に基づく新たなゲノム分類は、多変量解析(注7)により、既知の予後予測の因子と独立した新たな予後予測の因子であることが示されました。

脱分化型脂肪肉腫の一部は良性・悪性の中間に分類される高分化型脂肪肉腫から発生することが知られており、脱分化型脂肪肉腫の腫瘍組織には高分化型脂肪肉腫様の成分(高分化成分)を含むものがあります(図2)。今回の研究では、一部の症例について高分化成分と脱分化成分(脂肪への分化を示さない高悪性度を示す成分)の双方の組織を収集し、同時にWES解析およびRNAseq解析を行うことができました。その解析結果を比較したところ、染色体12q15領域の増幅などのコピー数の異常が二つの成分に共通して存在することを確認しました。これらは、腫瘍発生の初期に関わる遺伝子異常と考えられます。また、高分化成分には存在せず、脱分化成分のみに存在する遺伝子異常を探索した結果、いくつかの遺伝子が脱分化型脂肪肉腫のみにおいてコピー数の異常を引き起こし、悪性への転化に重要な役割を果たしている可能性があることが明らかになりました。

以上のように、本研究により、脱分化型脂肪肉腫の発生から進展の各段階に関わる遺伝子異常の特徴が明らかとなりました(図3)。脱分化型脂肪肉腫をはじめとする悪性骨軟部腫瘍は、その希少性と診断の難しさから個別化医療に向けた研究開発が遅れる分野の一つとなっていますが、今後、同様の解析を他の悪性骨軟部腫瘍においても実施することで、悪性骨軟部腫瘍に対するより精緻な予後の予測モデルや新たな治療薬の研究開発が進んでいくことが期待されます。

 

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「次世代がん医療創生研究事業・ゲノム解析による骨軟部腫瘍の多様性の解明と治療標的・バイオマーカーの探索(研究開発代表者:松田浩一)」、「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム・軟部肉腫に対するゲノム解析による新規治療標的分子の探索(研究開発代表者:松田浩一)」、「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム・成人軟部肉腫の薬物療法の奏効性を規定する因子の解明と臨床応用(研究開発代表者:市川 仁)」、「革新的がん医療実用化研究事業・臨床検体を用いた多層的オミクス解析による分子標的薬の肉腫への適応拡大のための基盤的研究(研究開発代表者:近藤 格)」等の支援のもと行われました。

 

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:12月12日付け)

論文タイトル:Integrated Exome and RNA Sequencing of Dedifferentiated Liposarcoma.

著者: Makoto Hirata, Naofumi Asano, Kotoe Katayama, Akihiko Yoshida, Yusuke Tsuda,

Masaya Sekimizu, Sachiyo Mitani, Eisuke Kobayashi, Motokiyo Komiyama, Hiroyuki Fujimoto,

Takahiro Goto, Yukihide Iwamoto, Norifumi Naka, Shintaro Iwata, Yoshihiro Nishida, Toru Hiruma, Hiroaki Hiraga, Hirotaka Kawano, Toru Motoi, Yoshinao Oda, Daisuke Matsubara, Masashi Fujita, Tatsuhiro Shibata, Hidewaki Nakagawa, Robert Nakayama, Tadashi Kondo, Seiya Imoto, Satoru Miyano, Akira Kawai, Rui Yamaguchi, Hitoshi Ichikawa, and Koichi Matsuda

DOI番号:10.1038/s41467-019-13286-z

  

問い合わせ先

報道に関すること

東京大学大学院新領域学術創成科学研究科 広報室

TEL: 04-7136-5450

E-MAIL: info●edu.k.u-tokyo.ac.jp(●を@に置き換えてください)

 

国立研究開発法人国立がん研究センター 企画戦略局広報企画室

〒1004-0045

東京都中央区築地5-1-1

TEL:03-3542-2511(代表)FAX:03-3542-2545

E-MAIL:ncc-admin●ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)

 

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 戦略推進部 がん研究課

〒100-0004東京都千代田区大手町1-7-1

TEL: 03-6870-2221 

E-MAIL:cancer●amed.go.jp(●を@に置き換えてください)

 

用語解説

(注1)悪性骨軟部腫瘍(肉腫)

   骨や筋肉・脂肪・血管などの軟部組織に生じる悪性腫瘍で肉腫ともよばれる。消化管などの臓器から生じる上皮性腫瘍であるがんとは区別される。

 

(注2)骨軟部腫瘍ゲノムコンソーシアム

東京大学医科学研究所に事務局をおき、日本全国の骨軟部腫瘍の診療・病理診断にあたる基幹病院と、網羅的な遺伝子・タンパク質の解析等を実施する研究機関とで構成された共同研究グループ。2014年に設立。

 

(注3)脱分化型脂肪肉腫/高分化型脂肪肉腫

脂肪肉腫は皮下組織や筋肉などの軟部組織と言われるところから発生する悪性腫瘍(軟部肉腫)の一種であり、脂肪細胞に似た腫瘍細胞が増殖して腫瘍を形成し、軟部肉腫の中では最も頻度の高い腫瘍である。脱分化型脂肪肉腫はその脂肪肉腫の組織亜型の一つであり、一部は高分化型脂肪肉腫から発生する。脱分化型脂肪肉腫、高分化型脂肪肉腫のいずれにおいても染色体領域12q13-15の増幅を認めることが知られているが、高分化型脂肪肉腫と比べて脱分化型脂肪肉腫は悪性度が高く、高頻度に転移を生ずる。

 

(注4)全エクソンシークエンス(WES)解析

次世代シークエンサー(遺伝子の塩基配列を高速・多量に解析できる装置)を用いて個人やがん組織のゲノム配列上のタンパク質をコードする全エクソン領域のDNA配列を解析する手法。エクソン領域はゲノム全体の2%に満たない領域であるため、ゲノム配列全体を解析する全ゲノムシークエンス解析と比べて効率的に重要な領域を読み取ることが可能である。

 

(注5)RNAシークエンス解析

次世代シークエンサーを用いて組織や細胞中の遺伝子転写産物(RNA)の配列、発現量を網羅的に解析する手法。全エクソンシークエンス(WES)解析では捉え切れない構造異常やスプライシング異常(DNAからRNAが転写される際に生じる異常なRNA)などを検出することも可能。

 

(注6)融合遺伝子

悪性腫瘍細胞における染色体の転座,挿入,逆位などの結果,複数の遺伝子が連結されて生じる新たな遺伝子。肉腫において高頻度に認められる。 

 

(注7)多変量解析

分析者の仮説に基づいて、複数の情報(説明変数)の関連性を統計学的に明らかにする方法。

 

(注8)未分化多形肉腫

軟部肉腫の組織亜型の一つ。中高年の四肢深部軟部組織に後発し、予後は不良。組織学的には未分化な多形性腫瘍細胞と異型紡錘形細胞を認める。

 

添付資料(図の解説)

 

 図1

1. 脱分化型脂肪肉腫における特徴的な遺伝子異常の全貌

合計115症例の遺伝子異常の概要。症例ごとの遺伝子異常を掲載(1症例縦1列)。最上段に本研究で策定したゲノム分類の結果を示す。2段目に各症例の由来(コホート名)、3段目に遺伝子変異数、4段目以下で遺伝子異常(コピー数異常、遺伝子変異、融合遺伝子)の状態を示す。

 

 図2

2. 脱分化型脂肪肉腫の組織像

同一腫瘍内に高分化成分と未分化多形肉腫(注8)や線維肉腫様の組織像を呈する脱分化成分とが存在する。

 

図3

3. 脱分化型脂肪肉腫の発生、進展に関わる遺伝子異常

本研究により明らかとなった脱分化型脂肪肉腫の発生、悪性転化、進展の各段階における遺伝子異常の特徴を示す。

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