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「エンハンサー・ハイジャック」により駆動される、極めて高リスクなT細胞性急性リンパ性白血病の新たなサブタイプを発見

2026年3月10日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立大学法人東北大学

発表のポイント

  • 急性リンパ性白血病は、小児期に多く発症する特徴のある血液のがんの一種です。そのうちの1-2割を占めるT細胞性急性リンパ性白血病には10以上の異なる原因で発症するサブタイプが存在しますが、発症機序が未だ解明されていない症例も一部ありました。
  • 本研究では、これまで知られていなかった染色体の異常である、「t(14;16)(q32;q24)転座」を伴うT細胞性急性リンパ性白血病の新しいサブタイプを発見しました。
  • このサブタイプは、平均8歳と思春期・若年成人(AYA世代)に偏った分布をしていること、標準的な抗がん剤治療では完治を得られにくい、極めて高リスクなサブタイプであることがわかりました。
  • このサブタイプでは、14番染色体と16番染色体の一部が入れ替わる(転座する)ことで、本来は別の遺伝子を働かせるための領域(エンハンサー)が、がん関連遺伝子の近くへ移動し、異常な活性化を引き起こす「エンハンサー・ハイジャック」とよばれる発症のメカニズムが働いていることを解明しました。
  • 既存の臨床検査ではこのサブタイプの検出が難しいことも分かりました。今後、迅速な検査法の開発や治療法の研究を進めることで、治療成績の改善につながることが期待されます。
  • 本研究成果は、血液学分野の旗艦的な科学雑誌である、米国血液学会の機関誌「Blood」に掲載されました。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(所在地:東京都中央区、理事長:間野博行)研究所 がん進展研究分野の吉田健一 分野長、三村海渡 連携大学院生、戒能明 任意研修生(東北大学大学院医学系研究科発生・発達医学講座 小児病態学分野 大学院生)らは、東北大学大学院医学系研究科発生・発達医学講座 小児病態学分野(菊池敦生 教授)などとの協力体制のもと、T細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)注1の新たなサブタイプ(亜型)を発見し、その発症メカニズムを明らかにしました。
T-ALLは、血液のがんの一種です。研究グループは、ゲノム解析技術(全ゲノムシークエンシング注2等)を用いて患者さんのがん細胞の遺伝情報を網羅的に調べました。その結果、14番染色体と16番染色体の末端同士が入れ替わる「染色体転座(てんざ)注3」という現象が起きている患者さんの一群を見つけました。
この染色体の入れ替わりにより、本来はT細胞の成長に必要な遺伝子(BCL11B)を働かせるための強力なエンハンサー注4が、通常は血液細胞では働かないはずの遺伝子(FENDRR、FOXF1、FOXC2)の近くに移動していました。その結果、エンハンサーが乗っ取られ、これらの遺伝子が異常に活性化してしまう「エンハンサー・ハイジャック」注5という現象が起きていることを突き止めました。
このT-ALLのサブタイプは既存の臨床検査では同定が難しく診断に至りにくいこと、さらに標準的な抗がん剤治療に抵抗を示し、極めて高リスクであることが明らかになりました。本研究により、これまで原因不明で治療が難しかった症例の一部を、このサブタイプとして正確に診断できる可能性があります。今後情報が集積されることで、本サブタイプの病態解明や新たな治療開発の道が拓かれることが期待されます。 
本研究結果は、2026年3月6日(米国時間)に米国血液学会誌「Blood」に掲載されました。

背景

T-ALLは、白血球の一部であるリンパ球の一種、「T細胞」になろうとしている未熟な細胞ががん化する病気で、小児~思春期・若年成人(AYA世代注6)に発症のピークを持っています。近年の遺伝子解析技術の進歩により、T-ALLには様々な遺伝子異常のサブタイプがあることが分かってきましたが、まだ分類しきれない原因不明の症例も残されていました。 白血病の治療は、サブタイプによって効きやすい治療薬や必要な治療の強度が異なるため、正確に分類することが非常に重要です。特に、従来の治療法では完治を得られにくい高リスクなグループを早期に見つけ出し、より強力な治療(造血幹細胞移植注7など)や新しい分子標的薬による治療を行う必要があります。そこで研究グループは、全ゲノム解析とRNAシークエンシング注8を組み合わせ、まだ知られていない新しいT-ALLのサブタイプを見つけることを目指しました。

研究成果(方法・結果)

研究グループは、東北大学病院小児科で経験した一症例の詳細な全ゲノム解析をきっかけに、個別に経験した4症例、初期前駆T細胞性急性リンパ性白血病(ETP-ALL)注9に関する海外の報告(12症例)、小児~思春期・若年成人(AYA世代)に着目したT-ALLに関する海外の報告(1309症例)、国内の報告(121症例)で公開されているデータ、日本国内の成人におけるT-ALLと混合表現型急性白血病(MPAL)注10の症例集積研究(74症例)を統合し、全ゲノム解析やRNAシークエンシングなどを組み合わせた多層的な解析を行いました。

1. 新しい遺伝子異常「t(14;16)(q32;q24)」の発見

解析の結果、小児11例、成人3例の合計14例の患者さん(7歳~35歳、平均値16.8歳)において、14番染色体と16番染色体の一部が入れ替わる現象(転座)を特定しました。この異常は染色体の非常に端の方(テロメア近傍)で起きているため、顕微鏡で染色体の形を見る通常の検査(G分染法)では検出が困難でした。

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2. 「エンハンサー・ハイジャック」による発がん機構

詳細な解析の結果、この転座によって、本来T細胞の運命を決める重要な遺伝子(BCL11B)を働かせるための強力なエンハンサー(転写活性化領域)が、16番染色体にある別の遺伝子群(FENDRR、FOXF1、FOXC2遺伝子)の近くへ移動していました。 これにより、本来血液細胞では働かないはずのFOXF1などの遺伝子が異常に活性化していました。このように、エンハンサーが本来の相手ではない遺伝子に乗っ取られる現象を「エンハンサー・ハイジャック」と呼びます。

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3. 異常に活性化したFOXF1タンパク質による「上皮間葉転換」注11と骨髄球系細胞注12への分化の促進

今回発見した白血病で異常活性化している遺伝子のうち、重要であると考えられたのはFOXF1遺伝子でした。細胞を使った実験とRNAシークエンシングを組み合わせた病態の解析において、FOXF1タンパク質が発現した血液細胞は、上皮間葉転換(Epithelial-Mesenchymal Transition=EMT)シグナルが活性化していました。過去の研究から、白血病においてEMTシグナルが活性化した場合、治療への抵抗性や転移能が増大するため生存率が低下することが示されています。
さらに、実験を通して、FOXF1タンパク質は未熟な血液細胞において、T細胞としての成熟を阻害し、骨髄球系細胞らしい特徴を獲得(骨髄球系へ分化)させることが分かりました。T-ALLの標準治療薬は、がん細胞が骨髄球系(別の種類の血液細胞)の性質を持ってしまうと感受性が低下してしまい、薬の効果が発揮されづらくなります。こうした理由から、FOXF1タンパク質の異常な活性化はT-ALLに標準的に使われる治療薬での治療効果を著しく低下させると考えられました。
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4. 臨床的な特徴と予後

今回発見した新たなサブタイプは、以下のような特徴を持っていました。

年齢: T-ALLに関する過去の研究(平均値9.5歳)と比較して発症年齢が高く(平均値16.8歳)、思春期・若年成人(AYA世代)に多く見られました。

頻度: 国内外の複数の研究を調べたところ、海外の小児~AYA世代(1-29歳)では1309症例中2症例(0.15%)であった一方、日本国内の小児(1-19歳)では121症例中3症例(2.4%)でした。また、日本国内の成人におけるT-ALLまたはMPALの症例を調べると、74症例中3症例(4.0%)にみられ、日本人(特に成人)において頻度が高い傾向が見られました。

予後: 今までの研究で知られているT-ALLのサブタイプの中で「最高リスク」とされていたグループよりも生存率が低い傾向にありました。本サブタイプのうち生存している患者さんは、全員が強力な治療である「造血幹細胞移植」を受けていました。

新規t(14;16)(q32;q24)転座例とその他のT-ALL症例の生存期間の関係

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展望

本研究により、これまで正体不明だった極めて予後不良な白血病の一群が明らかになりました。この新たなサブタイプは遺伝子パネル検査を含む既存の臨床検査では見つけにくいものであるため、診断するためには全ゲノムシークエンシング、RNAシークエンシング、FISH法注13、ロングリードシークエンシング注14等の新たな検査方法の導入が重要になります(いずれも現時点では研究レベルでのみ実施)。
また、このサブタイプは従来の抗がん剤だけでは治癒が難しいため、診断時から早期に造血幹細胞移植を検討するなど、より正確な予後予測に基づく治療戦略の見直しが必要になると考えられます。さらに、本研究で特徴的であったFOXF1タンパク質の血液細胞における詳細な機能の解明が進めば、病態を直接抑えるような新しい治療薬の開発も期待されます。

論文情報

雑誌名

Blood

タイトル

BCL11B enhancer hijacking by t(14;16)(q32;q24) translocation defines a novel high-risk subtype of T-ALL

著者

三村 海渡、戒能 明、越智 陽太郎、張 育瑄、関 正史、竹田 淳恵、片山 紗乙莉、新妻 秀剛、笹原 洋二、溝口 洋子、下村 麻衣子、小山田 亮祐、小野 林太郎、長谷川 大輔、三谷 一樹、窪田 博仁、吉原 哲、平本 展大、大槻 晃史、岡村 容伸、勝岡 史城、木下 賢吾、長谷河 昌孝、大野 麻理奈、前田 紘奈、垣内 伸之、竹内 真衣、佐藤 亜以子、加登 翔太、渡邉 健太郎、片山 琴絵、井元 清哉、白石 友一、康 勝好、末延 聡一、檜山 英三、合山 進、菊池 敦生、小川 誠司、加藤 元博、南谷 泰仁、滝田 順子、吉田 健一

DOI

10.1182/blood.2025031466

掲載日

2026年3月6日(米国時間)

URL

https://doi.org/10.1182/blood.2025031466(外部サイトにリンクします)

研究費

  • 研究費名(支援先):日本医療研究開発機構(AMED)
    研究事業名:次世代がん医療加速化研究事業
    研究課題名:染色体構造異常により生じる腫瘍内不均一性、治療抵抗性獲得機序の理解
    研究代表者名:吉田健一
  • 研究費名(支援先):国立がん研究センター
    研究事業名:国立がん研究センター研究開発費
    研究課題名:正常組織、前がん病変における体細胞性変異解析のためプラットフォームの開発
    研究代表者名:吉田健一
  • 研究費名(支援先):日本医療研究開発機構(AMED)
    研究事業名:革新的がん医療実用化研究事業
    研究課題名:がんゲノム医療の推進に資する小児がんの包括的ゲノムデータ基盤の構築と展開
    研究代表者名:加藤元博
  • 研究費名(支援先):ナショナルセンター医療研究連携推進本部
    研究事業名: JH横断的研究推進費
    研究課題名:血液がんとクローン性造血関連心血管疾患の病態解明と治療法の開発
    研究代表者名:横山明彦

用語解説

注1:T細胞性急性リンパ性白血病(T-lineage acute lymphoblastic leukemia=T-ALL)

血液がんの一種。白血球の中でも、ウイルス感染細胞などを攻撃する役割を持つリンパ球の一種である「T細胞」になるはずの未熟な細胞ががん化して無制限に増える病気です。

注2:全ゲノムシークエンシング(全ゲノム解析技術)

次世代シークエンサーという装置を用いて、ヒトの遺伝情報(ゲノム)を構成する約30億個のDNAの並び順(塩基配列)をすべて読み取る解析手法です。

注3:染色体転座(せんしょくたいてんざ)

遺伝情報が詰まった「染色体」の一部が切れ、別の染色体にくっついて入れ替わってしまう現象。これにより、遺伝子の並び順が変わってしまい、病気の原因になることがあります。

注4:エンハンサー

ほかの遺伝子領域に働きかけて、その遺伝子の発現を活性化する役割を持つDNA領域のこと。

注5:エンハンサー・ハイジャック

エンハンサーが、染色体の構造変化によって本来の相手とは違う遺伝子の近くに移動し、その遺伝子を異常に活性化させてしまう現象。

注6:AYA(アヤ)世代

Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に、思春期(15歳~)から30歳代までの世代を指しています。

注7:造血幹細胞移植(ぞうけつかんさいぼういしょく)

化学療法(細胞障害性抗がん薬を使った薬物療法)や放射線治療によって、白血病やリンパ腫などに対して完治を目指して行われる強力な治療です。大量化学療法(通常の数倍以上の細胞障害性抗がん薬を使う治療)や全身放射線治療(全身に放射線を照射する治療)といった移植前処置のあと、患者本人またはドナーから事前に採取した造血幹細胞を輸注(静脈から点滴のように投与すること)します。

注8:RNAシークエンシング

RNA(リボ核酸)の配列を読み取ることで細胞の中で「どの遺伝子」が「どれくらいの量」働いているか(発現しているか)、などの情報を網羅的に調べられる解析手法です。

注9:初期前駆T細胞性急性リンパ性白血病(early T-cell precursor Acute Lymphoblastic Leukemia=ETP-ALL)

T細胞性急性リンパ性白血病の一種で、T細胞になるための成長がごく初期の段階で止まってしまった細胞から発生する特殊なタイプです。

注10:混合表現型急性白血病(MPAL)

急性白血病のうち、白血病細胞が「骨髄系」と「リンパ系」の両方の性質をあわせ持っている、あるいはどちらとも言えない性質を持っている病型のこと。本研究で発見された新しいサブタイプは、T-ALLでありながら骨髄系の性質も持つなど、MPALに近い特徴を示します。

注11:上皮間葉転換(じょうひかんようてんかん/Epithelial-Mesenchymal Transition=EMT)

体の表面や臓器を覆う、整然と並んだ「上皮細胞」が、移動能力が高くバラバラに動きやすい「間葉系細胞」という性質に変化する現象から発見された、細胞の状態変化のこと。がん細胞がこの変化を起こすと、別の場所へ転移しやすくなったり、抗がん剤が効きにくくなったり(薬剤耐性)する原因となることが知られています。

注12:骨髄球系細胞(こつずいきゅうけいさいぼう)

血液細胞の大きなグループの一つ。造血幹細胞から「リンパ系(T細胞やB細胞)」とは異なるルートで成長した細胞群で、主に好中球や単球などの白血球、赤血球、血小板などがここに含まれます。

注13:FISH=Fluorescence in situ Hybridization(フィッシュ)法

特定の遺伝子や染色体部分に結合するように人工的に作られた、蛍光物質付きのDNA断片を用いた検査方法。狙った遺伝子がある場所だけが顕微鏡下で光って見えるため、遺伝子の有無や位置異常(転座など)を目で見て確認することができる検査です。

注14:ロングリードシークエンシング

DNAを短い断片にせず、長いまま連続して読み取る新しい解析技術。従来の方法では見逃されやすかった染色体の転座などの解析に威力を発揮し、従来の方法より迅速に解析ができることが特徴です。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
がん進展研究分野 吉田 健一
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:keyoshi2●ncc.go.jp

広報窓口

国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
電話番号:022-717-8032
Eメール:press.med●grp.tohoku.ac.jp

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