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がんサバイバーのQOL向上に資する健康行動に関する研究

がんサバイバーが適度な身体活動・運動、健康的な食事、適正な体型管理といった健康行動を身につけ、維持することは、予後やQOL向上に良い影響を与えることが知られています。私たちは、主に運動と食に注目し、新たな予防・治療法の開発、効果検証、社会実装までを視野に入れた、「がんと共により良く生きる社会」の実現に資する研究を行っています。

がんサバイバーのための運動プログラム

運動は身体的健康やQOLの維持・改善のみならず、短期的・長期的ながん治療の副作用軽減にも役立ちます。乳がんでは運動が健康寿命延伸に関連することが報告されているにも関わらず、推奨された運動を実践するがんサバイバーは3割から4割です。
運動不足の理由として、がんサバイバーに向けた運動プログラムが存在しないことや、運動を実施する時間の確保ができないことが問題点として指摘されています。しかし、日本で行われた大規模な調査はなく、実際に日本のがんサバイバーがどのぐらいの運動を行っているか、どのようなことが障害になっているかは明らかでありません。
本プロジェクトでは、現在、下記の研究を中心に取り組んでおり、一日も早くがんサバイバーの方に広く生活の場で安心して使っていただけるような、がんサバイバーのための運動プログラムを開発できればと鋭意努力しています。

  1. がん患者会や関連学会と連携し、既存の調査のデータ利用や、大規模調査を実施し、乳がんサバイバーの身体活動・運動の実態について調査する。
  2. がん患者会や関連学会と連携し、乳がんサバイバーの個々の生活状況や体力レベルに合わせた運動プログラムを開発する。

現在、私たちは乳がんサバイバー向けに有酸素性体力を向上させるための運動プログラムを中心に開発を進めていますが、将来的には様々ながん種やサバイバーの個別性に配慮したプログラムの開発に広げていきます。

乳がんサバイバーの身体活動に関する実態調査

がん患者会と乳癌学会の協力を得て、乳がんサバイバーが身体活動を高く維持することに関して、診療従事者・サバイバー双方の観点から促進因子・阻害因子を明らかにするために、乳がん診療従事者対象の実態調査と、乳がんサバイバー対象の実態調査(注:)を企画しました。乳がん診療従事者対象の実態調査では、普及実装科学研究で頻用される概念枠組みである、Consolidation Framework for Implementation (CFIR)モデルを使用し、乳がんサバイバー向け調査では、健康増進や公衆衛生の分野で世界的に使用されているモデルの一つである、プリシード・プロシードモデルを使用します。二つの実態調査を行うことで、乳がんサバイバーが身体活動を高く維持することに関して、診療従事者、サバイバー双方の観点から、網羅的に促進因子・阻害因子が明らかにすることを目指しています。
注:乳がん診療ガイドラインにおける運動に関する推奨の普及の実態とその促進・阻害要因-乳がんサバイバー対象の実態調査-協力施設

【プロトコル論文】 Study protocol for a nationwide questionnaire survey of physical activity among breast cancer survivors in Japan.(PMID: 31964669(外部サイトにリンクします)

乳がんサバイバーに対する運動プログラム(TSUKIJI habit-Bプログラム)の開発

乳癌診療ガイドラインで推奨されている「身体活動を高く維持すること」を広く乳がんサバイバーに普及実装する際の阻害要因に関して、先行研究のレビューを行い、様々な専門家を交えて検討しました。その結果、運動する時間がないこと、運動を実施する場所がないことが運動することの大きな障害であり、さらに周囲にサバイバーの数が少なく、運動する資源が少ない地域でも実施可能な運動プログラムが必要であるという結論に至りました。そこで、自宅にて短時間(1回10分)で実施でき、体力レベルに応じて個別化した、乳がんサバイバー向けの運動プログラムを独自に開発しました。よりすみやかな社会実装を目指して、企業との連携を積極的に進めます。私たちは、運動プログラムが、運動習慣のない乳がんサバイバーの全身持久力と運動習慣に与える影響を検証する臨床研究を実施し、それが東アジアにおいて普及実装されることを目指しています。

【臨床研究名】高強度短時間間欠的トレーニングと情報通信技術を用いた生活の場での行動変容が運動習慣のない乳がんサバイバーの全身持久力と運動習慣に与える影響:TSUKIJI habit-Bプログラム開発(UMIN000036400(外部サイトにリンクします)

【プロトコル論文】Effect of home-based high-intensity interval training and behavioural modification using information and communication technology on cardiorespiratory fitness and exercise habits among sedentary breast cancer survivors: habit-B study protocol for a randomised controlled trial.(PMID: 31444192(外部サイトにリンクします)

がんサバイバーのための食によるストレス軽減プログラム

がんサバイバーの3割は心理的苦痛を抱えているとされています。がんサバイバーの心理的苦痛は、罹患・治療のストレスに伴う適応障害やうつ病の罹患、自殺の問題のように、精神保健専門家による対応が必要となる問題から、がんサバイバーの多くの方が抱える、がん再発の不安など、治療の対象となりづらい心理的苦痛まで幅広く存在します。

上記の心理的苦痛に対しては、抗不安薬や抗うつ薬などの薬物療法、認知行動療法などの精神療法が適応となりますが、薬物療法には他の薬剤との相互作用、筋弛緩作用による転倒や鎮静、薬剤性の認知機能低下などの問題があり、精神療法には実施できる治療者がいないという問題があります。私たちはそうした課題を克服すべく、食でがんサバイバーの心理的苦痛を軽減できないかと考えました。

近年、食がメンタルヘルスのマネジメントに影響を持つことが示されています。本プロジェクトでは、現在、以下の研究を中心に取り組んでおり、一日も早くがんサバイバーの方に広く安心して使っていただけるような、食によるストレス軽減プログラムを開発できればと鋭意努力しています。

  1. 多目的コホート研究(JPHC Study)の活用やエビデンスの統合解析により、食とメンタルヘルスの関連について検討する。
  2. 魚介類や植物の一部に含まれるオメガ3系脂肪酸や、ヨーグルトなどに含まれるプロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌などの腸内環境を良好に保つ細菌摂取)など、誰もが食経験を有する安全な栄養成分を使った食によるストレス軽減プログラムを開発する。

がん再発不安への対策

がん再発不安は、がんサバイバーの大きな満たされないニーズの一つです。私たちは、がん再発不安が発現する生物学的メカニズムとして恐怖記憶の制御不全を想定し、オメガ3系脂肪酸と腸内細菌叢がそれに関わっているのではないかと考えました(PMID:29628046(外部サイトにリンクします))

乳がんサバイバー130人を対象に、世界に先駆けてオメガ3系・オメガ6系脂肪酸とがん再発不安の関連をみたところ、血中アルファリノレン酸(えごま油、アマニ油、くるみに多く含まれる)の割合が高いほど、がん再発不安が低いという関連がみられ、その関連は抑うつ症状など他の精神症状と独立したものであることが分かりました(PMID:30699854(外部サイトにリンクします))。また、オメガ3系脂肪酸の不安軽減効果について、合計2,240人の不安症状を抱える人を対象とした19件の臨床研究をメタアナリシスで検討しました。その結果、オメガ3系脂肪酸摂取により不安症状が軽減すること、また身体疾患や精神疾患等の臨床診断を抱えている場合にその効果が高いことが明らかになりました(プレスリリース)。

近年腸内環境と脳機能の関連(脳腸相関)が注目されています。乳がんサバイバーを対象に、世界に先駆けて腸内環境とがん再発不安の関連をみたところ、炎症を惹起するとされるBacteroides属とがん再発不安に正の関連があり、腸管バリア機能を高めるなど腸内環境の維持に関わる酪酸を主に産生するFirmicutes門と再発不安に負の関連が認められました。かつ、腸内細菌全体を評価する指標である、多様性指標とがん再発不安に負の関連が認められました。特に化学療法後の患者で腸内環境と再発不安の関連が強く出ました(PMID:30818031(外部サイトにリンクします))。私たちはプロバイオティクスがヒトの腸内に到達し、精神機能に影響を与えるかどうかを調べるために、本邦で初めて、精神疾患患者にビフィズス菌を投与し、不安抑うつの変化を検討する前後比較試験を行いました。ビフィズス菌は特に腸内環境が悪い方に対して有効であり、腸管バリア機能を高めることで不安抑うつ症状の軽減効果を発揮する可能性が示唆されました(PMID:30423465(外部サイトにリンクします))。

うつ病への対策

1990年に長野県佐久保健所管内にお住まいだった、40歳から59歳の約1万2千人のうち、2014年から2015年に行った「目とこころの健診」に参加された1,181人の追跡調査に基づいて、魚食及びω3摂取量とうつ病発症の関連を縦断的に検討しました。その結果、1日57グラム魚を食べる群に比して、111グラム魚を食べる群では、うつ病のリスクが約半分に低下していました。オメガ3系脂肪酸との関連では、エイコサペンタエン酸を1日200ミリグラム摂取する群と比較して、307ミリグラム摂取する群、また、ドコサペンタエン酸を1日67ミリグラム摂取する群と比較して、123ミリグラム摂取する群でうつ病リスクの低下がみられました(PMID:28949340(外部サイトにリンクします) リサーチニュース(外部サイトにリンクします))。

乳がんサバイバー130人を対象に、オメガ3系・オメガ6系脂肪酸とうつ病の関連をみたところ、血中オメガ6系脂肪酸のリノール酸(通常の食用油に多く含まれる)の割合が高い程、抑うつ症状が高いという関連がみられ、その関連は特に化学療法後のサバイバーで強いという結果でした(PMID:30471773(外部サイトにリンクします))。一方オメガ3系脂肪酸とうつ病の関連は見出されませんでした。これまでにも肺がん患者、心筋梗塞患者におけるうつ病はオメガ3系脂肪酸との関連が見出されておらず、基礎の身体疾患が二つの関連に影響しているのかもしれません。