肺神経内分泌がんがセロトニンを利用して抗腫瘍免疫応答を抑える仕組みを解明―免疫療法への治療抵抗性の克服につながることが期待―
京都大学
名古屋大学
近畿大学
公益財団法人がん研究会
発表のポイント
- 肺神経内分泌がんの一つである小細胞肺がんでは、DLL3を標的とするT-cell engagerなどの免疫療法が用いられるようになっていますが、十分な治療効果が得られない患者さんも多く、その仕組みは明らかではありませんでした。
- 本研究において、DLL3を高発現する肺神経内分泌がん細胞が、神経伝達物質であるセロトニンを産生する仕組みを明らかにしました。
- また、マウス実験において、がん細胞が産生するセロトニンがマクロファージという免疫細胞に作用し、がんを攻撃するCD8陽性T細胞の働きを弱めることで、免疫チェックポイント阻害薬やT-cell engagerの効果を低下させることがわかりました。
- マウス実験において、セロトニンの産生やその受容体HTR7の働きを抑えることで免疫療法の効果が高まり、免疫療法への治療抵抗性の克服につながることが期待されます。
図1 本研究で明らかになった肺神経内分泌がんが免疫細胞の働きを抑える仕組み概要
国立がん研究センターと京都大学、名古屋大学、近畿大学および公益財団法人がん研究会らの研究チームは、小細胞肺がんなどの肺神経内分泌がんが、神経伝達物質セロトニンを利用して免疫細胞の働きを抑え、がん免疫療法に抵抗性を示す仕組みを明らかにしました。
肺神経内分泌がんの一つである小細胞肺がんでは、免疫チェックポイント阻害薬注1やDLL3注2とT細胞表面のCD3の両方に結合し、T細胞をがん細胞へ誘導する治療薬「DLL3×CD3二重特異性抗体(T-cell engager注3)」が新たな治療選択肢となっています。しかし、DLL3が発現していても十分な効果が得られない例があり、その理由は明らかではありませんでした。
研究チームは、DLL3を高発現するがん細胞ではセロトニン合成酵素TPH1の発現が高く、がんの組織内に免疫抑制性マクロファージ注4が多いことを見いだしました。さらに、がん細胞が産生するセロトニンがHTR7を発現するマクロファージに作用し、CD8陽性T細胞注5の機能を抑えることを、細胞実験とマウス実験で確認しました。また、がん細胞のセロトニン産生やマクロファージのHTR7を遺伝学的・薬理学的に阻害することで、マウス実験において免疫療法の効果が高まりました。本成果は、神経伝達物質であるセロトニンと免疫細胞との相互作用に着目した新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。本研究は、米国科学誌「Cancer Cell」に米国東部時間2026年10月22日(日本時間2026年10月23日)掲載されました。
背景
肺神経内分泌がんには、小細胞肺がんや大細胞神経内分泌がんが含まれ、進行が速いという特徴があります。このうち、小細胞肺がんでは、免疫チェックポイント阻害薬と化学療法の併用療法が行われていますが、十分な治療効果が得られない患者さんが少なくありません。また、化学療法後に増悪した小細胞肺がんに対しては、DLL3を標的としてT細胞にがん細胞を攻撃させるT-cell engagerの一つであるタルラタマブ注6が新たな治療選択肢となっています。しかし、DLL3陽性であっても治療に反応しない例があり、治療抵抗性の原因は十分に解明されていませんでした。そこで研究チームは、肺神経内分泌がんの臨床検体を用いた多層的な解析と、細胞・マウスを用いた実験を組み合わせ、DLL3の発現と腫瘍内の免疫環境、免疫療法の効果との関係を調べました。
研究成果(方法・結果)
1.DLL3高発現がんはセロトニン産生機構と抑制された免疫環境を伴う
患者さんの腫瘍組織の解析により、DLL3高発現腫瘍ではCD8陽性T細胞が少なく、免疫抑制性マクロファージの比率が高いことがわかりました(図2A)。また、セロトニン合成に関わるTPH1の発現はDLL3と相関していました(図2B)。さらに、タルラタマブ治療を受けた小細胞肺がんの患者さんでは、DLL3の発現が高い方が治療後の無増悪生存期間が短いことが明らかになりました。TPH1の発現が高い場合も同様に無増悪生存期間が短いことが示されました(図2C)。
図2 DLL3高発現肺神経内分泌がんにおける免疫抑制環境とセロトニン産生の関連
2.DLL3がNOTCH-ASCL1-TPH1経路を介してセロトニン産生を促す
DLL3高発現がん細胞がどのような仕組みでセロトニンを産生するのかを調べるために、細胞株を用いた実験を行いました。その結果、DLL3がNOTCHシグナル注7を抑え、神経内分泌関連転写因子ASCL1の発現が高まり、ASCL1がTPH1の発現を高めることでセロトニン産生が増加することが明らかになりました。
3.セロトニンがHTR7陽性マクロファージを介してT細胞を抑制する
シングルセル解析などを統合した免疫細胞の詳細な解析によって、免疫抑制性マクロファージがHTR7を発現することが明らかになりました。TPH1陽性がん細胞の近くではこの免疫抑制性マクロファージが集まり、T細胞の疲弊が高まっていました。さらに、細胞実験によって、セロトニンが実際にマクロファージの免疫抑制機能を高め、結果的にCD8陽性T細胞の機能を弱めることが確認されました。
4.マウス実験でHTR7阻害によりT-cell engagerと免疫チェックポイント阻害薬の効果が向上
マウス実験では、がん細胞のセロトニン産生やマクロファージのHTR7を阻害することにより腫瘍内の免疫抑制性マクロファージが減少し、CD8陽性T細胞の働きが回復しました。HTR7阻害薬はT-cell engagerおよび免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1抗体の治療効果を高めました(図3A)。一方、タルラタマブ治療を受けた小細胞肺がんの患者さんの解析では、腫瘍内のHTR7陽性マクロファージの数が多いことは、タルラタマブの治療効果が得られないことや、無増悪生存期間が短いことと関連していました(図3B)。
本研究により、DLL3を高く発現する肺神経内分泌がんがセロトニンを産生し、HTR7陽性の免疫抑制性マクロファージを活性化することで、CD8陽性T細胞の働きを弱めることが明らかになりました。細胞・マウスを用いた実験結果と、タルラタマブ治療を受けた小細胞肺がんの患者さんの解析結果から、この仕組みが免疫療法への治療抵抗性に関与することが示唆されました。
図3 HTR7阻害によるT-cell engagerの治療効果の増強と、患者さんにおける治療抵抗性との関連
展望
本研究では、がん免疫療法と、セロトニンなどの神経伝達物質を標的とした治療を組み合わせる「神経・免疫・ゲノム精密医療」という新しい治療戦略の可能性が見いだされました。これは、がん細胞の遺伝子異常だけでなく、神経伝達物質や免疫細胞との相互作用も考慮して治療を最適化する新しい考え方です。今後は、患者さんへの応用を目指した臨床開発に向けて、効果や安全性についてさらに検討を進め、新たながん免疫療法の開発につなげていきます。
論文情報
雑誌名
Cancer Cell
タイトル
Lung neuroendocrine cancer induces immunosuppressive macrophages via serotonin to drive resistance to the T cell engager tarlatamab
著者
Kotaro Nomura†, Tomoyo Fukami†, Shinichiro Kato, Shunya Tanaka, Akito Fukuda, Yuki Koike, Masaki Kondo, Kazuhiro Kumagai, Takuma Irie, Genki Okumura, Tetsuro Taki, Shingo Sakashita, Masayuki Shirasawa, Tatsuya Yoshida, Kouya Shiraishi, Ryo Ariyasu, Yuki Takeyasu, Takahiro Niimi, Tetsuya Sakai, Masahiro Torasawa, Hiroaki Kanemura, Shin Saito, Takuo Hayashi, Akinori Kanai, Kazuya Takamochi, Tomohiro Haruki, Keiju Aokage, Hitomi Nishinakamura, Shohei Koyama, Genichiro Ishii, Yutaka Suzuki, Yasushi Goto, Makoto Nishio, Kenji Suzuki, Yasuhiro Tsutani, Yasushi Yatabe, Hiroyuki Mano, Masahiro Tsuboi, Shogo Kumagai*, and Hiroyoshi Nishikawa*$ (†筆頭著者、*責任著者)
$Lead Contact:国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫研究分野長 西川 博嘉(国立がん研究センター先端医療開発センター 免疫トランスレーショナルリサーチ分野 分野長、京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター がん免疫多細胞システム制御部門 教授、名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学 教授)
DOI
10.1016/j.ccell.2026.09.016(外部サイトにリンクします)
掲載日
2026年10月22日
主な研究費
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
・ムーンショット型研究開発事業「慢性炎症の制御によるがん発症ゼロ社会の実現」
・革新的がん医療実用化研究事業「肺神経内分泌がんのT細胞誘導治療における免疫シナプス形成の分子機構解明と耐性克服のための治療開発」
・革新的がん医療実用化研究事業「神経内分泌関連腫瘍におけるがん免疫治療耐性機序の解明と治療展開」
・令和7年度・8年度 橋渡し研究プログラム シーズA「神経伝達物質に着目した肺神経内分泌癌に対する新規複合免疫療法の開発」 - 国立がん研究センター研究開発費
・2024-S-06 神経伝達物質に着目した肺神経内分泌癌に対する新規複合免疫療法の開発
用語解説
注1 免疫チェックポイント阻害薬
免疫細胞には、過剰な免疫反応を防ぐための「免疫チェックポイント」と呼ばれるブレーキ機構があります。がん細胞はこの仕組みを利用し、免疫細胞からの攻撃を逃れます。免疫チェックポイント阻害薬はこのブレーキを解除し、T細胞によるがん細胞への攻撃を回復させる薬剤です。
注2 DLL3
DLL3は、細胞の分化や増殖に関わるNOTCHシグナルを調節するタンパク質です。神経内分泌がんである小細胞肺がんや大細胞神経内分泌がんの細胞表面に多く発現します。
注3 T-cell engager
T-cell engagerは、がん細胞に発現する分子と、T細胞に発現する分子の両方に結合する薬剤です。がん細胞とT細胞を物理的に近づけることで、T細胞を活性化し、がん細胞への攻撃を促す新しいがん免疫療法として開発が進められています。
注4 マクロファージ
マクロファージは、体内に侵入した異物や死んだ細胞などを取り込み、除去する免疫細胞です。一方、がん組織内に存在するマクロファージは、周囲からの刺激によって性質が変化します。T細胞の働きを抑え、がんの増殖や治療抵抗性を促す「免疫抑制性マクロファージ」も存在します。
注5 CD8陽性T細胞
CD8陽性T細胞は、ウイルスに感染した細胞やがん細胞を認識し、直接攻撃して排除する免疫細胞です。「キラーT細胞」とも呼ばれ、がんに対する免疫応答の中心的な役割を担います。その働きが抑えられると、がんが免疫から逃れやすくなり、免疫療法の効果も低下します。
注6 タルラタマブ
タルラタマブは、がん細胞表面のDLL3と、T細胞表面のCD3の両方に結合するT-cell engagerです。T細胞をDLL3陽性のがん細胞に近づけて活性化し、がん細胞への攻撃を促します。主に小細胞肺がんを対象として開発され、日本では「がん化学療法後に増悪した小細胞肺癌」を効能又は効果として承認されています。
注7 NOTCHシグナル
細胞の増殖や分化、性質の決定に重要な役割を果たす情報伝達の仕組みです。神経内分泌がんでは、NOTCHシグナルが神経内分泌への分化を抑える働きを持つことが知られています。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
腫瘍免疫研究分野 分野長 西川 博嘉
Eメール:hnishika●ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp
