HER2陽性進行胃・食道接合部腺がんに対するエボルパセプト+トラスツズマブ+ラムシルマブ+パクリタキセル併用療法が有効な可能性
2026年9月30日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 本研究は、HER2陽性切除不能または転移性胃・食道接合部腺がんに対し、CD47阻害薬エボルパセプト(evorpacept)をトラスツズマブ・ラムシルマブ・パクリタキセル(TRP療法)へ追加することの有効性・安全性を検討した国際共同無作為化第II相試験(ASPEN-06)です。
- 奏効割合は、全患者集団で40.3%、新規生検によりHER2陽性が確認された患者では54.8%であり、対照群を上回る抗腫瘍効果が認められました。
- 探索的バイオマーカー解析では、HER2発現が保持され、さらにCD47高発現を示す患者において最も高い治療効果が認められました。HER2保持CD47高発現群では奏効割合63.6%、無増悪生存期間中央値19.5か月、無増悪生存期間ハザード比0.38でした。
- 一方、HER2発現保持が確認されない患者やCD47低発現患者ではエボルパセプト追加による明らかな上乗せ効果は認められませんでした。
- 安全性は既知のトラスツズマブ・ラムシルマブ・パクリタキセル療法と概ね同様であり、新たな安全性上の懸念は認められませんでした。
- 本研究は、CD47標的治療の可能性や、バイオマーカーに基づく患者選択の重要性を示唆する無作為化試験であり、2026年9月24日に科学雑誌「Nature Medicine」に掲載されました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:間野 博行、東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市)消化管内科長 設楽 紘平らの研究グループは、HER2注1陽性切除不能または転移性胃・食道接合部腺がんに対する二次または三次治療として、CD47注2阻害薬エボルパセプト注3、トラスツズマブ、ラムシルマブおよびパクリタキセル併用療法の有効性・安全性を検証する国際共同第II/III相試験「ASPEN-06」の第II相部分を実施しました。127例をエボルパセプト併用群または対照群へ無作為に割り付け、主要評価項目である担当医評価による奏効割合を評価するとともに、安全性などを検討しました。
その結果、奏効割合は全患者集団で40.3%、新規生検でHER2陽性が確認された患者では54.8%でした。また長期フォローアップによるデータを用いた探索的解析では、HER2発現保持症例、特にHER2保持かつCD47高発現症例において著明な抗腫瘍効果が認められました。一方、HER2保持が認められない患者やCD47低発現患者では、エボルパセプト追加による明らかな上乗せ効果は認められませんでした。
本研究は、CD47阻害による抗体薬の効果増強や、バイオマーカー注4に基づく個別化治療の重要性が示唆された無作為化試験であり、その成果が評価され2026年9月24日に科学雑誌「Nature Medicine」に掲載されました。
背景
HER2陽性進行胃・食道接合部腺がんでは、一次治療としてトラスツズマブを含むHER2標的療法が標準治療となっています。しかし、多くの患者では治療耐性が出現し病勢進行を認めます。また、耐性獲得後にはHER2発現が低下あるいは消失する症例が存在することから、HER2標的治療の恩恵を受ける患者を適切に選択することが重要と考えられています。
CD47はマクロファージに対する「Don't eat me signal」として知られる免疫チェックポイント分子であり、多くの悪性腫瘍で高発現しています。腫瘍細胞はCD47を介して抗腫瘍免疫機構から逃避していますが、エボルパセプトはCD47とSIRPαの結合を阻害することで、トラスツズマブによる抗体依存性細胞貪食(Antibody-dependent cellular phagocytosis:ADCP)注5を増強するよう設計された融合蛋白です。非臨床試験および第I相試験では良好な抗腫瘍効果と安全性が示されていました。
研究成果(方法・結果)
ASPEN-06試験第II相部分では、HER2陽性の切除不能または転移性胃・食道接合部腺がん患者を対象に、エボルパセプト、トラスツズマブ、ラムシルマブ、パクリタキセル併用療法(evo+TRP群)と、トラスツズマブ、ラムシルマブ、パクリタキセル併用療法(TRP群)を比較する無作為化試験を実施しました。対象患者は10か国49施設から登録され、127例がevo+TRP群(63例)またはTRP群(64例)に無作為に割り付けられました。主要解析のデータカットオフは2024年5月24日でした。
主要評価項目は奏効割合でした。全体集団における担当医評価による奏効割合は、evo+TRP群で40.3%(図1A)、TRP群で26.6%でした(図1B)。また、新規腫瘍生検によりHER2陽性維持が確認された患者集団では、evo+TRP群の奏効割合は54.8%、TRP群では23.1%であり、両集団ともエボルパセプト追加による上乗せ効果が認められました。一方で、事前に設定された従来の標準治療 (ラムシルマブ、パクリタキセル併用療法) に基づく閾値(30%)を統計学的に有意に上回るという評価項目は満たしませんでした。
図1A. エボルパセプト、トラスツズマブ、ラムシルマブ、パクリタキセル併用療法による抗腫瘍効果
図1B. トラスツズマブ、ラムシルマブ、パクリタキセル併用療法による抗腫瘍効果
奏効期間中央値は、全体集団および新規生検HER2陽性集団のいずれにおいてもevo+TRP群で15.7か月、TRP群で7.6か月と、奏効の持続期間が延長する傾向が認められました。
無増悪生存期間 (PFS) 中央値は全体集団で7.5か月対7.4か月、新規生検HER2陽性集団で9.0か月対7.4か月でした(図2)。なお、全生存期間については解析時点では未成熟であり、両群間で明らかな差は認められていませんでした。
図2. 無増悪生存期間
さらに、成熟した追跡データ(2025年5月15日データカットオフ)を用いて、HER2発現保持およびCD47発現に関する探索的バイオマーカー解析を実施しました(図3)。HER2発現保持は、新規腫瘍生検または血中循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA:ctDNA)でHER2遺伝子増幅を認める症例と定義しました。このHER2保持症例では、evo+TRP群のORRは48.9%、TRP群は25.0%であり、奏効期間中央値も15.7か月対9.1か月と改善傾向が認められました。無増悪生存期間のハザード比は0.72でした。
さらにHER2保持症例において腫瘍細胞膜でCD47強陽性(IHC3+)細胞が5%以上認められるCD47高発現群では、evo+TRP群の奏効割合は63.6%、TRP群は23.1%でした。奏効期間中央値は25.5か月対8.4か月、無増悪生存期間中央値は19.5か月対7.0か月であり、PFSのHRは0.38と良好な結果が得られました(図3左)。一方、CD47低発現群では奏効割合(36.4%対30.0%)、無増悪生存期間(HR 1.48)のいずれについてもエボルパセプト追加による有効性は認められませんでした(図3右)。
図3. HER2発現保持例におけるCD47発現別の無増悪生存期間

また、HER2保持が確認されなかった症例でも、CD47発現にかかわらず有効性は認められませんでした。これらの結果は、エボルパセプトの効果にはHER2発現の維持とCD47高発現の両方が重要である可能性を示唆しています。
安全性解析において、evo+TRP群では好中球減少や貧血などの血液毒性、および下痢がやや多く認められたものの、発熱性好中球減少の頻度は低く、重篤な新規安全性シグナルは認められませんでした。有害事象によるエボルパセプト中止は7.9%であり、全体として安全性プロファイルは管理可能で、既知の各薬剤の安全性と概ね一致していました。
展望
本研究は、HER2陽性進行胃・食道接合部腺がんに対するCD47阻害療法の有効性を示すとともに、今後の患者選択におけるHER2保持およびCD47発現のバイオマーカーとしての評価の重要性を示唆する可能性を示した無作為化試験です。
また、本研究では、再生検あるいは血中ctDNA解析によるHER2保持の評価が、CD47阻害療法の対象患者選択に有用である可能性も示されました。さらにCD47発現を組み合わせることにより、より高い治療効果が期待できる患者集団を同定できる可能性が示されました。これらの知見は、今後のCD47標的治療の開発や個別化医療の発展につながることが期待されます。
ASPEN-06試験は第II相パートに続いて第III相パートを実施する計画でしたが、HER2陽性胃・食道接合部腺がんの二次治療においてトラスツズマブ デルクステカン(trastuzumab deruxtecan)が新たな標準治療となったことや、ザニダタマブ(zanidatamab)を含む新たな一次治療の開発などにより治療体系が大きく変化したことから、第III相パートは実施されませんでした。一方、本研究で得られた結果は、CD47を介した貪食抑制シグナルを阻害することで、腫瘍細胞を認識する抗体製剤による抗体依存性細胞貪食(ADCP)を増強するという治療戦略を支持すると考えられます。今後、HER2以外の腫瘍抗原を標的とする抗体製剤との併用を含め、CD47標的治療をさまざまながん種や治療に応用していくことが期待されます。
トラスツズマブ デルクステカンやザニダタマブについては下記もご参照ください。
(https://www.ncc.go.jp/jp/information/researchtopics/2025/0602_1/index.html)
(https://www.ncc.go.jp/jp/information/researchtopics/2026/0528/index.html)
論文情報
雑誌名
Nature Medicine
タイトル
Evorpacept plus trastuzumab, ramucirumab, and paclitaxel in HER2-positive gastric cancer: a randomized phase 2 trial
著者
Kohei Shitara, Zev Wainberg, Josep Tabernero, Eric Van Cutsem, Clélia Coutzac, Christelle De La Fouchardière, Jeeyun Lee, Sun Young Rha, Yoon-Koo Kang, Philip Fanning, Alison Forgie, Cherry Mao, Daniel Brickman, Jaume Pons, Athanasios C. Tsiatis, Sophia Randolph, Keun-Wook Lee
DOI
10.1038/s41591-026-04700-3
掲載日
2026年9月24日
URL
https://www.nature.com/articles/s41591-026-04700-3 (外部サイトにリンクします)
研究費
研究費名(支援先)
ALX Oncology
研究課題名
HER2過剰発現の進行胃腺癌/食道胃接合部腺癌患者を対象としたALX148の 第2/3相試験(ASPEN-06)
研究代表者名
ALX Oncology
用語解説
注1 HER2
HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor 2)は細胞膜上に存在する受容体型チロシンキナーゼであり、一部の胃がんでは過剰発現または遺伝子増幅が認められます。HER2陽性胃がんでは、HER2を標的とした分子標的薬であるトラスツズマブを含む治療が標準治療となっています。
注2 CD47
CD47は細胞表面に発現する膜タンパク質であり、主にマクロファージ表面に発現する受容体であるSIRPα(Signal Regulatory Protein α)と結合することでマクロファージによる貪食を抑制する免疫チェックポイント分子です。多くの悪性腫瘍ではCD47が高発現しており、腫瘍が免疫監視から逃避する仕組みの一つとして知られています。
注3 エボルパセプト(Evorpacept:ALX148)
エボルパセプトはCD47とSIRPαとの結合を阻害する融合タンパク質です。腫瘍細胞がマクロファージからの貪食を回避する「Don't eat me signal」を解除することで、抗体依存性細胞貪食(ADCP)を促進します。従来の抗CD47抗体とは異なり、不活性化Fc領域を有する設計となっており、CD47を発現する赤血球など正常細胞への影響を抑えながらCD47阻害を行うことが期待されています。
注4 バイオマーカー
ある疾患の有無や、病状の変化・進行・治療効果などで指標となる項目(血圧、心拍数、心電図、認知機能テストなど)及び生体内の物質(タンパク質、代謝物や遺伝子など)を指す。
注5 抗体依存性細胞貪食(Antibody-dependent cellular phagocytosis:ADCP)
抗体が結合した腫瘍細胞をマクロファージが認識・貪食する免疫反応です。トラスツズマブなどの抗HER2抗体はADCPを誘導することが知られており、エボルパセプトはCD47シグナルを阻害することでこの作用をさらに増強すると考えられています。
お問い合わせ先
- 研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
消化管内科 設楽 紘平
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:kshitara●east.ncc.go.jp - 広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp
