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直腸がんにおいて術前の免疫チェックポイント阻害薬の効果が得られる症例の抽出に成功

発表のポイント

  • 手術可能の進行直腸がん患者さんに対して、化学放射線療法(放射線治療と抗がん剤の併用治療)の後の手術治療が現在の標準治療(最も推奨される治療)ですが、我々は化学放射線療法のあとにニボルマブという免疫チェックポイント阻害薬注1を行い、その後に手術を行う新しい治療の有効性・安全性を評価する医師主導治験(VOLTAGE試験)を実施しました。
  • 通常の化学放射線療法のみだと完全奏効(切除した組織ですべてのがん細胞が消失した状態)は10-15%ですが、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できないと言われているマイクロサテライト不安定注2がない(MSS)患者さんでも今回の新しい治療によって30%の患者さんで完全奏効が得られ、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できるマイクロサテライト不安定性のある(MSI-H)患者さんでは60%の患者さんで完全奏効が得られました。
  • 手術前のがん組織を使った検査でPD-L1陽性注3(がん組織にPD-L1という物質が発現)の患者さん、制御性T細胞注4というリンパ球に対してCD8陽性Tリンパ球の割合が高い(CD8+ T-cell/eTreg比が高い)患者さんでそれぞれ、75%、78%の完全奏効が認められました。

概要

国立がん研究センター東病院は、大腸がんにおいて免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいと言われているマイクロサテライト不安定性がない(MSS)患者さんと免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいと言われているマイクロサテライト不安定性のある(MSI-H)患者さん、それぞれの直腸がん患者さんに対して、化学放射線療法(放射線治療と抗がん剤の併用治療)のあとにニボルマブという免疫チェックポイント阻害薬を行い、その後に手術を行う新しい治療の有効性・安全性を評価する医師主導治験(VOLTAGE試験)を実施しました。

その結果、MSSの患者さんで30%の完全奏効(切除した組織ですべてのがん細胞が消失)が得られ、MSI-Hの患者さんで60%の完全奏効が得られました。免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいとされていた直腸がんに対して放射線治療と免疫チェックポイント阻害薬を連続で投与することで、治療効果が得られる可能性を示した世界初の治験となりました。

治療効果が得られる対象を探すバイオマーカー研究では、手術前のがん組織を使った検査でPD-L1陽性(がん組織にPD-L1という物質が発現)の患者さん、制御性T細胞というリンパ球に対してCD8陽性Tリンパ球の割合が高い(CD8+ T-cell/eTreg比が高い)患者さんでそれぞれ、75%、78%の完全奏効が認められました。これらの成果を元にさらなる治療開発が行われれば、適切な患者さんに適切な治療を提供することが可能になると考えます。

なお、本研究は国立がん研究センター東病院 消化管内科長の吉野孝之、同院 大腸外科科長の伊藤雅昭らが行ったもので、本研究成果は米国科学雑誌「Clinical Cancer Research」オンラインに日本時間2022年1月22日付けで掲載されました。

背景

大腸がんにおいて免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できるのは大腸がん全体の2%程度しか存在しないMSI-Hの患者さんのみとされており、大腸がんの多くを占めるMSSの患者さんでは効果が期待できないとされています。免疫チェックポイント阻害薬の効果が乏しいMSSの患者さんに対して新しい免疫治療の可能性が模索されていました。

動物実験などでは、がんの組織に対して放射線治療を行うことで免疫の状態を変え、免疫チェックポイント阻害薬が効くようにできる可能性が報告されていました。

研究方法・成果/取り組み内容

VOLTAGE試験は、手術可能な進行直腸がんの患者さんを対象に、通常の治療で行う化学放射線療法のあとにニボルマブという免疫チェックポイント阻害薬を2週間ごとに合計5回行い、その後に手術を行う新しい治療の有効性・安全性を評価する多施設共同第II相医師主導治験です(図1)。国立がん研究センター東病院を中心に全国3施設注5で実施されました。

対象の患者さんにはマイクロサテライト不安定性検査という免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する検査を行い、効果の期待できないMSSの患者さんを主たる試験の対象として、化学放射線療法と免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた新しい治療の有効性を検討しました。また、効果が期待できるMSI-Hの患者さんの効果をさらに高めることも期待して、同様の治療の有効性を検討しました。本試験にはMSSの患者さんが39例、MSI-Hの患者さんが5例登録され、新しい治療を受けました。

 図1の画像

ポイント1

あらかじめ設定した有効性評価基準を上回る結果が明らかになりました。また、通常の治療で行う化学放射線療法のみの過去のデータと比較して、完全奏効の割合が高いことがわかりました。

化学放射線療法後のニボルマブ投与により、MSSの患者さんで30%(11/37)の完全奏効が認められ、この結果はあらかじめ設定した有効性評価基準を上回るものでした(表1)。また、過去の臨床試験の結果では、化学放射線療法のみの完全奏効の割合は10-15%であったことから、ニボルマブの投与により完全奏効の割合が上昇する可能性が期待できます。過去の臨床試験では、完全奏効が得られた患者さんはその後の再発の割合が低いことが報告されており、実際に今回のVOLTAGE試験においても約3年の術後の経過観察で37人の患者さんのうち再発が認められたのは6人(16%)のみであり、多くの患者さんにおいてこの新しい治療がおこなわれた後の経過も良好である可能性が報告されています。

MSI-Hの患者さんは直腸がん全体の2%程度とまれであるため5人のみの検討ですが、60%(03月05日)の完全奏効が認められ、その後の経過観察でまだ1人も再発を認めておりません(表1)。

表1

ポイント2

手術前のがん組織を使った検査でPD-L1陽性の患者さん、制御性T細胞に対してCD8陽性Tリンパ球の割合が高い(CD8+ T-cell/eTreg比が高い)患者さんで、完全奏効の割合が高いことがわかりました。

治療効果が得られる対象を探すバイオマーカー研究では、手術前のがん組織を使った検査でPD-L1陽性(がん組織にPD-L1という物質が発現)の患者さん、制御性T細胞というリンパ球に対してCD8陽性Tリンパ球の割合が高い(CD8+ T-cell / eTreg比が高い)患者さんでそれぞれ、75%、78%の完全奏効が認められました(表2)。両方を満たしている患者さんは100%完全奏効しており、逆に両方とも満たさない患者さんは8%しか完全奏効にならない結果でした(図2)。

これらの成果を元にさらなる治療開発が行われれば、適切な患者さんに適切な治療を提供することが可能になると考えます。

表2

 図2

展望

本研究により、手術可能の進行直腸がん患者さんに対して化学放射線療法後にニボルマブを投与することで、さらに高い完全奏効が得られることが示されました。バイオマーカー研究でPD-L1陽性、CD8+ T-cell / eTreg比が高い患者さんに効果が認められ、逆にそれ以外の患者さんの効果が乏しい可能性もわかってきました。

今後は、手術可能な直腸がんの患者さんのなかでも効果が期待できる患者さんと期待できない患者さんを分けて治療の開発を行っていくなど、患者さんごとのがんの特性に合わせたがん個別化治療の推進が必要と考えています。

発表論文

雑誌名

Clinical Cancer Research

タイトル

Preoperative Chemoradiotherapy Plus Nivolumab Before Surgery in Microsatellite Stable and Microsatellite Instability-High Locally Advanced Rectal Cancer Patients

著者

Hideaki Bando†, Yuichiro Tsukada†, Koji Inamori†, Yosuke Togashi, Shohei Koyama, Daisuke Kotani, Shota Fukuoka, Satoshi Yuki, Yoshito Komatsu, Shigenori Homma, Akinobu Taketomi, Mamoru Uemura, Takeshi Kato, Makoto Fukui, Masashi Wakabayashi, Naoki Nakamura, Motohiro Kojima, Hiroshi Kawachi, Richard Kirsch, Tsutomu Yoshida, Yutaka Suzuki, Akihiro Sato, Hiroyoshi Nishikawa, Masaaki Ito, and Takayuki Yoshino

†These authors contributed equally as first authors to this work.

DOI

10.1158/1078-0432.CCR-21-3213

掲載日

2022年1月22日

 研究費

小野薬品工業株式会社からの共同研究費

 用語解説

注1. 免疫チェックポイント阻害薬、ニボルマブ

がんに対する免疫を抑制する物質である免疫チェックポイント分子(PD-1、PD-L1、CTLA-4など)をブロックして、がんに対するリンパ球の免疫を高める薬です。ニボルマブはその代表で、悪性黒色腫、非小細胞癌、腎細胞癌、古典的ホジキンリンパ腫、頭頚部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫、MSI-H大腸がん、食道がん、原発不明がんなど様々ながん種に承認されています。

注2. マイクロサテライト不安定性

 遺伝子の中で同じ配列の繰り返しがある部分で、検査でこの部分の配列に異常(不安定性)が認められる患者さんは、免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブ、イピリムマブ、ペムブロリズマブなどの高い効果が得られることがわかっています。

注3.PD-L1

 免疫チェックポイント分子であるPD-1と結合する分子で、樹状細胞やがん細胞に発現しています。ニボルマブはPD-1に対する阻害薬になります。

注4. CD8陽性Tリンパ球、制御性T細胞

CD8陽性Tリンパ球は、細胞障害性リンパ球とも呼ばれ、ウイルスや細菌などの細胞内病原体や腫瘍に対する免疫防御に重要な役割を果たすリンパ球です。制御性T細胞は、自己に対する免疫応答を抑制する役割を持つリンパ球で、がんが免疫系からの攻撃を回避する役割を持つことがわかってきました。

注5. VOLTAGE試験 実施施設(全国3施設)

 北海道大学病院、国立がん研究センター東病院、大阪医療センター

問い合わせ先

l研究に関する問い合わせ

国立研究開発法人国立がん研究センター

部門・部署名 東病院 消化管内科
担当者名 坂東 英明
電話番号 04-7133-1111(代表)
Eメール:hbando●east.ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)

更新日:2022年1月22日