リキッドバイオプシーを活用した新しいがん治療開発の枠組みを提唱~分子的残存病変(MRD)レジストリの構築による新規治療開発の加速を目指す~
2026年9月15日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 手術で切除可能ながん患者さんにおいて、根治切除後に血液中の微量のがん由来のDNA(循環腫瘍DNA:ctDNA)を検出することで、再発リスクの高い患者さんを早期に同定できる技術(分子的残存病変[以下、MRD]検査)が注目されています。
- MRD検査でctDNAが検出された再発リスクの高い患者さんのみを対象とした臨床試験では、より少ない被検者数で治療効果を検証できる利点がある一方、適格患者さんの絶対数が少なく、従来の大規模臨床試験の実施が困難であることが明らかになってきました。
- 本論文では、MRD検査を実施した複数試験の匿名化された患者個別データを統合した大規模レジストリ(MRDレジストリ)を国際協力により構築し、これを外部対照コホートとして活用することにより、新規治療開発を効率的に推進するための概念的枠組みを提唱しました。
- MRDレジストリの構築は、規制当局・学術団体・製薬企業・診断企業との連携を通して、効率的な新規治療開発につながるものと期待されます。
- 本論文は、がん専門誌「Cancer Cell」に掲載されました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(所在地:東京都中央区、理事長:間野 博行)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市)の、吉野 孝之 院長特任補佐、兼国際臨床腫瘍科長、小林 信 肝胆膵外科医長、兼周術期治療開発推進室長らの研究グループは、切除可能な固形がんの患者さんにおける分子的残存病変(Molecular residual disease: MRD)注1検査を活用した新しい臨床試験デザインの枠組みを提唱しました。
MRD検査は、根治切除後の血液中に微量に残存するがん由来のDNA(循環腫瘍DNA:ctDNA)注2を検出することで、画像検査では分からない再発リスクを早期に把握できる技術です。MRD検査により個々の患者さんの再発リスクを精密に評価し、これを根拠として手術前後の治療方針を決定する個別化治療の開発が近年注目を集めています。しかし、MRD検査でctDNAが検出された(MRD陽性)再発リスクの高い患者さんのみを対象とした臨床試験では、より少ない被検者数で治療効果を検証できる利点がある一方、MRD陽性の適格患者さんの絶対数が少ないため、従来の大規模臨床試験の実施が困難であることが明らかになってきました。
本論文では、この課題を解決するために、(1)MRD検査を実施した複数試験の匿名化された患者個別データを統合した大規模レジストリ(MRDレジストリ)の構築、(2)実施可能性に応じた三段階の試験デザイン、(3)ctDNA動態の評価法、を組み合わせた新しいがん治療開発の枠組みを提唱しました。本論文は、がん専門の科学雑誌「Cancer Cell」に米国東部時間2026年9月14日(日本時間2026年9月15日)に掲載されました。
背景
がんの根治的切除後に血液中のctDNAを検出するMRD検査は、画像では分からない再発リスクを早期に把握できる精密医療ツールとして注目されています。MRD検査により個々の患者さんの再発リスクを精密に評価し、これを根拠として手術前後の治療方針を決定する個別化治療の開発が近年注目を集めています(図1)。MRD検査でctDNAが検出された(MRD陽性)再発リスクの高い患者さんのみを対象とした臨床試験を行うことにより、より少ない被検者数で治療効果を検証できる利点があることが分かってきました。しかし、当院が主導したランダム化比較試験(RCT) 注3であるALTAIR試験注4では、根治治療後の経過観察中にMRD陽性となった大腸がん患者さんを対象としてFTD/TPI療法とプラセボを比較しましたが、MRD陽性となる患者さんが少なく、実際に登録された患者さんは根治切除された患者さんのわずか4.4%にとどまり、必要な被検者数の登録が構造的な課題であることが明らかになってきました。
図1 MRD検査を用いた個別化治療開発のコンセプト
研究成果(方法・結果)
本研究グループは、MRD検査に基づく新規治療開発を効率的に推進するため、以下の三つの柱からなる概念的枠組みを提唱しました。
- MRDレジストリの構築
MRD検査を実施したRCT、およびリアル・ワールド・データ(RWD)研究からの匿名化された患者個別データを統合したMRDレジストリを構築し、薬事審査の際に外部対照コホートとして活用します。MRDレジストリは、国際的な研究チームと協力体制を組み、規制当局、学術団体、製薬企業、診断企業との討議を通して構築します。
- 三段階の試験デザイン(優先度1~3)
想定されるMRD陽性の患者さんの数に応じて、以下の3段階のデザインを使い分けます(図2)。
優先度1(標準型RCT):MRD陽性の患者さんの数が多い場合は、常に大規模なRCTが標準的な評価方法です。
優先度 2(ハイブリッドRCT):MRD陽性の患者さんの数が限られる場合は、少数例のRCTにレジストリ由来の外部対照を組み合わせて、新規治療評価を補強します。
優先度3(レジストリ補強型単群検証試験):稀少がんなどMRD陽性の患者さんの数が少なくRCTが困難な場合は、単群検証的試験を実施し、外部対照との比較で新規治療評価を補強します。
- ctDNA 動態評価
MRDレジストリには、ctDNAの変化量もデータとして含みます。治療によりctDNAが陰性となるctDNAクリアランスと持続的にctDNAが検出される持続陽性の二分類をctDNA評価指標として用いることにより、生存期間などの従来の長期的な指標を用いる場合と比べて早期の新規治療評価が可能となり、治療開発の効率化が期待できます。
図2 MRD陽性の患者さんを対象とした三段階の試験デザイン
展望
本論文で提唱した新しいがん治療開発の枠組みの実現に向けて、国際的な研究チームとの連携、また、規制当局、学術団体、製薬企業、診断企業等との早期対話を通じてMRDレジストリを構築していきます。この枠組みが確立されれば、より効率的な新規治療開発が期待されますが、確立には10年程度の長期的な取り組みが必要であり、現時点では概念的提言の段階であることをご留意ください。
論文情報
雑誌名
Cancer Cell
タイトル
Molecular Residual Disease: Charting a New Path for Treating Resectable Solid Tumors
著者
Shin Kobayashi, Tadayoshi Hashimoto, Hideaki Bando, Yoshiaki Nakamura, Aparna Parikh, Jeanne Tie, Qian Shi, Eiji Oki, Takayuki Yoshino
DOI
10.1016/j.ccell.2026.08.001
掲載日
米国東部時間2026年9月14日(日本時間2026年9月15日)
URL
https://doi.org/10.1016/j.ccell.2026.08.001 (外部サイトにリンクします)
用語解説
注1 分子的残存病変(Molecular Residual Disease: MRD)
手術で肉眼的にがんを切除した後も、血液中に微量のがん由来のDNA(循環腫瘍DNA:ctDNA)が検出される状態。画像検査では分からない再発リスクを早期に把握できる指標として注目されています。
注2 循環腫瘍DNA(Circulating Tumor DNA: ctDNA)
がん細胞が壊死することにより血液中に放出される断片化したDNA。血液検査(リキッドバイオプシー)でがんの有無や再発リスクを評価できます。
注3 ランダム化比較試験(Randomized controlled trial: RCT)
新しい治療法が従来の治療法(標準治療)と比べ、安全性や有効性の面で優れているかどうかを検証するための試験方法で、治療効果を客観的に評価するために、新しい治療法を受けるグループと、標準治療を受けるグループに患者さんをランダムに分けて比較する試験。
注4 ALTAIR試験(アルタイル試験)
根治切除後に標準治療を受けた後の経過観察中に、血液検査でctDNAが検出されたものの画像検査では再発が確認されていない大腸がん患者さんを対象として、画像検査で再発が確認される前の段階で治療を開始することの有効性を検証した臨床試験。
参考プレスリリース
・2020年6月10日 リキッドバイオプシーによるがん個別化医療の実現を目指す新プロジェクト「CIRCULATE-Japan」始動-見えないがんを対象にした世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験を開始-https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2020/0610/index.html
・2023年1月24日 「リキッドバイオプシーが大腸がん術後の再発リスク測定に有用であることを確認-世界最大規模の前向き研究により術後補助化学療法の個別化を目指す-」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0124/index.html
・2024年9月17日 リキッドバイオプシーが大腸がん肝転移術後の補助療法実施の判断に有用であることを確認―Annals of Oncology誌で発表―
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/0917_3/index.html
・2024年9月17日 CIRCULATE-Japan GALAXY、リキッドバイオプシーによる大腸がんの再発リスクと術後治療効果の予測に有効性を確認―Nature Medicine誌で発表―
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/0917_1/index.html
・2026年6月12日 リキッドバイオプシーによる大腸がん再発高リスク群への早期先制治療戦略の可能性を世界に先駆けて検討―ctDNA陽性患者さんを対象とした第III相臨床試験(ALTAIR)―
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0612/index.html
・2026年7月7日 リキッドバイオプシーにより大腸がん肝転移術後の補助療法の効果が期待される患者群を探索的に検討―JAMA Oncology誌で発表―
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0707/index.html
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国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
肝胆膵外科・周術期治療開発推進室 小林 信
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