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研究ハイライト

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合成致死の概念を、6 つの研究軸で深掘りする

がん治療学研究分野では、合成致死(Synthetic Lethality) を軸とした標的探索を進めています。私たちが大切にしているのは、「化合物が効いた」という現象を観察するだけでなく、どの分子が、どの経路を介して、どのようにがん細胞死を引き起こすのか ── その作用機序を分子レベルで解析することです。作用機序の解析を経てはじめて、次の段階へつなげるための基盤になる と考えています。

本ページでは、その姿勢から生まれた 6 つの研究テーマ を紹介します。各テーマは独立した研究系譜であると同時に、互いに概念を補強し合う関係にあります。研究の歩み(タイムライン) と、テーマごとのカード形式の要約 で全体を俯瞰したうえで、ご関心のあるテーマの詳細ページへとお進みください。

このページのキーターム

  • 合成致死(Synthetic Lethality) ── がん細胞特有の脆弱性を突き、正常細胞への影響を抑えながらがん細胞を選択的に死滅させることを目指す治療戦略
  • 従来型合成致死(1 対 1 対応型) ── 「がんで欠損した 1 つの遺伝子」に対して「別の 1 つの遺伝子」を阻害する、2 因子間の合成致死戦略
  • 次世代型合成致死(1 対 2/2 対 1/2 対 2 対応型) ── 1 対 1 対応型を概念的に拡張した、複数因子間の合成致死戦略。パラログ同時阻害法(1 対 2 対応型)や dual loss 型がんへの新規標的化(2 対 1 対応型)を含む
  • パラログ(Paralog) ── 進化の過程で重複した、機能が類似する遺伝子のペアまたはグループ。互いに機能を補い合うため、片方の阻害だけでは治療効果が出にくいことが多い
  • SWI/SNF クロマチンリモデリング複合体 ── 構成因子(ARID1A、SMARCB1、SMARCA4、PBRM1 等)の変異・欠損が多くのヒトがんで認められる、エピゲノム制御の中核複合体

研究の歩み(タイムライン)

2013 → 2016 → 2019 → 2024 → 2025 → 2026

13 年にわたる研究の節目を、年代別に整理します。従来型合成致死(2013–2016、1 対 1 対応型)から始まり、代謝脆弱性と既存薬の再定義(2019)へ展開、2024 年に パラログ同時阻害法(1 対 2 対応型)を確立した後、データ駆動型探索と適応拡大(2025)、そして 次世代型合成致死(2 対 n 対応型)と代謝脆弱性の深化(2026)へと広がっています。

各論文末尾の 【関連テーマ】 は、後述の「6 つの研究テーマ」と対応しています。


2013 年 ── パラログ合成致死の最初の実証

Oike T, Ogiwara H, Tominaga Y, Sasaki M, Itoh H, Nagayama Y, Yoshimura T, Itami T, Hirohashi Y, Saji H, Yoshida T, Kohno T*. A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1. Cancer Res. 2013;73(17):5508–5518. PubMed

SMARCA4(BRG1)欠損肺がんが、パラログである SMARCA2(BRM)への依存性を示すことを実証しました。SWI/SNF クロマチンリモデリング複合体の異常を治療標的化する、研究室のパラログ合成致死研究系譜の出発点となった成果です。 【関連テーマ】 従来型合成致死


2016 年 ── CBP / p300 軸の合成致死、研究室の起点となる成果

Ogiwara H, Sasaki M, Mitachi T, Oike T, Higuchi S, Tominaga Y, Kohno T*. Targeting p300 addiction in CBP-deficient cancers causes synthetic lethality via apoptotic cell death due to abrogation of MYC expression. Cancer Discov. 2016;6(4):430–445. PubMed

CBP 欠損がん(小細胞肺がん、悪性リンパ腫など)において、パラログである p300 が依存性を持ち、p300 阻害が MYC の発現抑制を介してアポトーシスを誘導することを示しました。研究室の現在の研究系譜の起点となる、PI 自身の責任著者論文です。 【関連テーマ】 従来型合成致死


2019 年 ── 代謝脆弱性と既存薬の再定義、2 つの方向への展開

Ogiwara H*, Takahashi K, Sasaki M, Kuroda T, Yoshida H, Watanabe R, Maruyama A, Makinoshima H, Chiwaki F, Sasaki H, Kato T, Okamoto A, Kohno T*. Targeting the Vulnerability of Glutathione Metabolism in ARID1A-Deficient Cancers. Cancer Cell. 2019;35(2):177–190.e8. PubMed

ARID1A 欠損がんがグルタチオン代謝に依存することを示した成果。エピゲノム異常が代謝の綻びを生むという、研究室の代謝脆弱性研究の起点となりました。 【関連テーマ】 グルタチオン代謝脆弱性

Kuroda T, Ogiwara H*, Sasaki M, et al. Therapeutic preferability of gemcitabine for ARID1A-deficient ovarian clear cell carcinoma. Gynecol Oncol. 2019;155(3):489–498. PubMed

ARID1A 欠損卵巣明細胞がんにおいて、既存薬ゲムシタビンが選択的に高い感受性を示すことを、細胞株スクリーニングと 149 例の後ろ向き臨床データ の両面から実証。バイオマーカーに基づく既存薬の再定義(ドラッグ・リポジショニング)研究の起点となりました。 【関連テーマ】 既存薬の再定義


2024 年 ── パラログ同時阻害法の確立

Sasaki M, Kato D, Murakami K, Yoshida H, Takase S, Otsubo T, Ogiwara H*. Targeting dependency on a paralog pair of CBP/p300 against de-repression of KREMEN2 in SMARCB1-deficient cancers. Nat Commun. 2024;15(1):4770. PubMed

SMARCB1 欠損がん(悪性ラブドイド腫瘍、類上皮肉腫など)で、パラログである CBP と p300 を同時に阻害することで、SMARCB1 欠損がん細胞に選択的な細胞死が誘導されることを解明。「1 対 2 対応型(3 因子間)のパラログ同時阻害法」という概念を確立した代表的成果です。 【関連テーマ】 パラログ同時阻害法


2025 年 ── 適応拡大とデータ駆動型探索

Sasaki M, Kato D, Yoshida H, Shimizu T, Ogiwara H*. Efficacy of CBP/p300 Dual Inhibitors against De-repression of KREMEN2 in cBAF-Deficient Cancers. Cancer Res Commun. 2025;5(1):24–38. PubMed

パラログ同時阻害法(CBP/p300 同時阻害)を、cBAF 複合体機能不全がん(SMARCA4 欠損肺がん、滑膜肉腫など)へと適応拡大。「cBAF 機能不全」を層別化概念として複数のがん種に共通する治療標的化の枠組みとなる可能性を提示しました。 【関連テーマ】 パラログ同時阻害法

Saito R, Fukushima M, Sasaki M, Okamoto A, Ogiwara H*. Targeting USP8 Causes Synthetic Lethality through Degradation of FGFR2 in ARID1A-Deficient Ovarian Clear Cell Carcinoma. NPJ Precis Oncol. 2025;9(1):69. PubMed

DepMap データの再解析と独自細胞株パネルでの検証を統合し、ARID1A 欠損卵巣明細胞がんに対する新規合成致死標的として脱ユビキチン化酵素 USP8 を同定。USP8 阻害が FGFR2 を分解し、選択的にがん細胞を死滅させることを示しました。 【関連テーマ】 データ駆動型探索


2026 年 ── 次世代型合成致死、代謝脆弱性の深化、既存薬の機構解明

Takeuchi M, Okimoto Y, Fukushima M, Hirano H, Ogiwara H*. Targeting the CHD3 Chromatin Remodeler Exploits a Synthetic Lethal Vulnerability in Dual SMARCA4/SMARCA2-Deficient Cancers via Derepression of PARD3B. NPJ Precis Oncol. 2026 (in press).

Dual SMARCA4/SMARCA2 欠損がん(従来型の SMARCA2 標的化が適用できない病型)に対する新規合成致死標的として、CHD3(NuRD 複合体構成因子)を同定。「2 対 1 対応型 の次世代型合成致死」という概念を確立した代表的成果です。 【関連テーマ】 次世代型合成致死

Takeuchi M, Ishikawa Y, Okada T, Kozaki R, Ogiwara H*. A GCLC Inhibitor Enhances the Antitumor Efficacy of Glutathione Metabolic Pathway Inhibition in SMARCB1-Deficient Rhabdoid Tumors. Cancer Res. 2026. PubMed

グルタチオン代謝脆弱性の概念を、ARID1A 欠損がん(2019)から SMARCB1 欠損希少がんへと適応拡大。新規 GCLC 阻害剤(GCLCi1/GCLCi0)が、フェロトーシス(鉄依存性細胞死) を介した抗腫瘍効果を示すことを実証しました。小野薬品工業株式会社との共同研究成果 です。 【関連テーマ】 グルタチオン代謝脆弱性

Hirano H, Makinoshima H, Ogiwara H*. ARID1A Deficiency in Diffuse-Type Gastric Cancer Promotes a Pyrimidine Metabolic Vulnerability. Mol Cancer Res. 2026. PubMed

ARID1A 欠損びまん性胃がんで、ピリミジントランスポーター SLC28A3 のサイレンシングが dCTP プールの枯渇を引き起こす「代謝のボトルネック」を解明。ゲムシタビンが Dual-hit メカニズム でがん細胞を選択的に死滅させることを示し、既存薬の再定義の概念に分子機構の基盤を加えました。 【関連テーマ】 既存薬の再定義


研究室は、2013–2016 年の 従来型合成致死(1 対 1 対応型)から出発し、2024 年に パラログ同時阻害法(1 対 2 対応型)、2026 年に 次世代型合成致死(2 対 n 対応型)へと、合成致死の概念を段階的に拡張してきました。並行して、2019 年以降は 代謝脆弱性既存薬の再定義、2025 年以降は データ駆動型探索 へと、適用範囲を広げています。


6 つの研究テーマ

各テーマは、対象がん種 × 標的分子 × 概念上の位置づけ を 1 行に圧縮したカード形式で示しています。詳細・データ・引用文献は、各テーマの詳細ページをご参照ください。


テーマ 1 ── 従来型合成致死(概念の起点)

SMARCA4・CREBBP 欠損がん × SMARCA2・EP300 ── 1 対 1 対応型のパラログ間合成致死

研究室の 概念の起点 となった研究系譜です。「がんで欠損した 1 つの遺伝子」に対して「別の 1 つの遺伝子(特にパラログ)」を阻害する、1 対 1 対応型 の合成致死戦略。SMARCA4 欠損肺がんでパラログ SMARCA2 が依存性を持つこと(2013 年)、CREBBP 欠損がんでパラログ EP300(p300)が依存性を持つこと(2016 年)を実証しました。これらの蓄積が、後の「1 対 2 対応型のパラログ同時阻害法」「2 対 n 対応型の次世代型合成致死」へと発展する基盤となっています。

主要論文: Cancer Res 2013(Oike et al.)/ Cancer Discov 2016(Ogiwara et al.)

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テーマ 2 ── パラログ同時阻害法

SMARCB1 欠損希少がん × CBP/p300 ── 1 対 2 対応型の合成致死戦略

私たちが確立した 1 対 2 対応型(3 因子間) の合成致死戦略です。「がんで欠損した 1 つの遺伝子」に対して、機能を補い合うパラログペアを同時に阻害 することで、正常細胞への影響を抑えながら、がん細胞選択的な治療効果を目指します。

SMARCB1 欠損希少がん(悪性ラブドイド腫瘍・類上皮肉腫)に対する CBP/p300 同時阻害で概念を確立し、cBAF 複合体機能不全がん(SMARCA4 欠損肺がん、滑膜肉腫など)への適応拡大も実証しています。研究用化合物 CP-C27 は論文公開済み(2024)であり、製薬企業との共同創薬開発 が進められています。

主要論文: Nat Commun 2024(Sasaki et al.)/ Cancer Res Commun 2025(Sasaki et al.)

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テーマ 3 ── 次世代型合成致死

Dual SMARCA4/SMARCA2 欠損がん × CHD3 ── 2 対 1 対応型への概念拡張

1 対 1 対応型(従来型)・1 対 2 対応型(パラログ同時阻害法)からさらに拡張した、2 対 n 対応型 の合成致死戦略です。本テーマでは、SMARCA4 と SMARCA2 が同時に欠損した「dual loss 型がん」── 従来型の SMARCA2 標的化が適用できない病型 ── に対する新規合成致死標的として、CHD3(NuRD 複合体構成因子)を同定しました。

SMARCA4 と SMARCA2 という 2 つのがん側遺伝子異常に対して、CHD3 という 1 つの治療標的を阻害する 2 対 1 対応型 という新概念に基づいています。データ駆動型探索(CRISPR スクリーニング、統合マルチオミクス解析)の手法も活用されています。

主要論文: NPJ Precis Oncol 2026 in press(Takeuchi et al.)

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テーマ 4 ── データ駆動型探索

ARID1A 欠損卵巣がん × USP8 ── DepMap 再解析と独自細胞株パネルの統合

公共データベース(DepMap など)を、私たち独自の視点で 再解析 することによる標的探索です。3 つの独自視点(1がん種を絞り込んだ再解析、2独自細胞株パネルとの統合解析、3機能補完を考慮した経路レベルでの解釈)により、希少がん・難治がんに固有の依存性を抽出します。

代表例として、ARID1A 欠損卵巣明細胞がんに対する USP8 を介した合成致死 を同定。USP8 阻害が FGFR2 の分解を介して、STAT3 シグナル経路の減弱を引き起こし、ARID1A 欠損細胞でアポトーシスが強く誘導されることを示しました。標的同定から作用機序の解析、前臨床有効性実証までを 一気通貫で実施しました

主要論文: NPJ Precis Oncol 2025(Saito et al.)

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テーマ 5 ── グルタチオン代謝脆弱性

ARID1A・SMARCB1 欠損がん × GCLC ── 代謝の綻びを突く合成致死

エピゲノム異常(SWI/SNF 欠損)がもたらす、抗酸化システム(グルタチオン代謝)の綻び を治療標的化する戦略です。SWI/SNF 構成因子が欠損したがん細胞では、シスチントランスポーター SLC7A11 の転写が低下し、グルタチオン合成の必須基質(システイン)の供給が慢性的に不足する状態となります。

2019 年の ARID1A 欠損がんでの発見を起点に、SWI/SNF 欠損がん全般への普遍化(2024、Sasaki et al., Sci Rep)、SMARCB1 欠損希少がんへの深化と新規 GCLC 阻害剤 GCLCi1/GCLCi0 の創製(2026、小野薬品工業株式会社との共同研究)へと展開しています。新規 GCLC 阻害剤は フェロトーシス(鉄依存性細胞死) を介した抗腫瘍効果を示します。

主要論文: Cancer Cell 2019(Ogiwara et al.)/ Sci Rep 2024(Sasaki et al.)/ Cancer Res 2026(Takeuchi et al.)

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テーマ 6 ── 既存薬の再定義(ドラッグ・リポジショニング)

ARID1A 欠損がん × ゲムシタビン ── ピリミジン代謝の脆弱性に基づく Dual-hit

本テーマでは、新規化合物の創出ではなく、すでに臨床で広く使われている既存薬を、特定のバイオマーカー(ARID1A 欠損)で選別した患者さんに最適化して届ける ── ドラッグ・リポジショニング の研究系譜を紹介します。

ARID1A 欠損卵巣明細胞がんでゲムシタビンが選択的に有効であることを 149 例の後ろ向き臨床データ で示し(2019)、その後、ARID1A 欠損びまん性胃がんで SLC28A3 サイレンシングと Dual-hit メカニズム(DNA 鎖伸長阻害 + RNR 阻害)を解明しました(2026)。腹膜播種マウスモデル での抗腫瘍効果も実証されています。

主要論文: Gynecol Oncol 2019(Kuroda et al.)/ Mol Cancer Res 2026(Hirano et al.)

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本ページの研究段階について

本ページで紹介する研究はいずれも、現時点では 基礎研究・前臨床研究段階、または後ろ向き臨床データに基づく研究段階の成果 です。ゲムシタビンなど一部の薬剤は 既承認薬 ですが、本ページで示すバイオマーカーに基づく使用法が保険診療として確立されているわけではありません。各テーマの臨床応用には、安全性・薬物動態評価、前向き臨床試験など、必要な検証段階があります。


関連ページへのリンク

研究室の 戦略全体対象がん種別の位置づけ については、以下のページをご参照ください。


最終更新日: 2026-05-16