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中央病院 肝胆膵内科 神経内分泌腫瘍(NET/NEC)の治療について
目次
- 神経内分泌腫瘍(NEN)とは
- 神経内分泌腫瘍の症状について
- 神経内分泌腫瘍の診断について
- 神経内分泌腫瘍の治療について
・手術(外科治療)
・化学療法
・核医学治療 - 神経内分泌腫瘍の研究について
- 神経内分泌腫瘍の療養について
- 中央病院 肝胆膵内科を受診される皆様へ
神経内分泌腫瘍(NEN)とは
神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine Neoplasm: NEN)は、ホルモンを産生する「神経内分泌細胞」から発生する腫瘍の総称です。
全身のあらゆる臓器に発生する可能性がありますが、特に膵臓、消化管(胃、十二指腸、小腸、大腸)、肺などが好発部位です。
腫瘍の性質による分類(WHO分類)
NENは、腫瘍細胞の増殖能力(Ki-67指数)や形(分化度)によって、大きく性質の異なる2つのタイプに分けられます。
この分類は治療方針を決定する上で極めて重要です。
神経内分泌腫瘍(NET: Neuroendocrine Tumor)
- 比較的悪性度が低く、進行が緩やかなタイプです。
- 細胞の分化度が高く、悪性度に応じてグレード1(G1)~3(G3)に細分化されます。
神経内分泌がん(NEC: Neuroendocrine Carcinoma)
- 悪性度が高く、増殖が速いタイプです。
- 細胞の分化度が低く、積極的な化学療法が必要となります。
ホルモン産生による分類
腫瘍がホルモンを過剰に産生するかどうかによっても分類され、それにより症状が大きく異なります。
- 機能性腫瘍: ホルモンを過剰に産生し、ホルモンの種類に応じた特有の症状(下記参照)を引き起こします。
- 非機能性腫瘍: ホルモンを産生しないか、産生しても症状が出ないタイプです。症状が出にくいため、検診や他の病気の検査で偶然発見されることも少なくありません。
神経内分泌腫瘍の症状について
症状は多彩で、ホルモンの作用によるものと、腫瘍が大きくなることによるものがあります。
ホルモンによる症状(機能性腫瘍)
- カルチノイド症候群: 下痢、顔面紅潮、喘息様の呼吸困難、心臓弁膜症など(主に小腸NET)
- インスリノーマ: 低血糖症状(冷や汗、動悸、意識障害など)
- ガストリノーマ: 難治性の胃・十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、下痢
- グルカゴノーマ: 特徴的な皮疹(壊死性遊走性紅斑)、糖尿病、体重減少、口内炎など
- その他、非常に稀なホルモン産生腫瘍もあります。
腫瘍の増大による症状
- 腹痛、腹部膨満感、腹部のしこり
- 黄疸(腫瘍が胆管を圧迫した場合)
- 食欲不振、体重減少
- 吐血、下血(腫瘍からの出血)
神経内分泌腫瘍の診断について
神経内分泌腫瘍(NEN)の診断では、「どこに、どのような性質の腫瘍が、どの程度広がっているか」を正確に評価することが治療の第一歩です。
当院では各分野の専門家が連携し、以下の検査を組み合わせて精密な診断を行います。
1.画像検査
- CT/MRI検査: 腫瘍の位置、大きさ、周辺臓器への広がり、転移の有無を評価する基本的な検査です。
- ソマトスタチン受容体シンチグラフィ/Ga-DOTATOC PET/CT: NETの細胞表面に多く発現する「ソマトスタチン受容体」を目印にする核医学検査です。ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT)治療の適応判断などの、治療方針の決定や治療効果の判定に不可欠です。
2.内視鏡検査
- 上部/下部消化管内視鏡(胃カメラ/大腸カメラ): 胃や大腸に発生した腫瘍を直接観察し、組織を採取(生検)します。
- 超音波内視鏡(EUS): 膵臓や消化管壁の深い場所にある腫瘍を詳細に観察します。先端の超音波装置を使い、針を刺して組織を採取(EUS-FNA)することも可能で、特に膵NENの診断において中心的な役割を果たします。
3.病理診断
- 内視鏡や手術で採取した組織を顕微鏡で詳しく調べる、確定診断のための最も重要な検査です。
- 経験豊富な病理医が、NETかNECかの鑑別、悪性度(G1~G3)、Ki-67指数を正確に判定し、治療方針の根幹となる情報を提供します。
4.血液・尿検査
- 腫瘍マーカー(クロモグラニンAなど)や、各ホルモン(セロトニン、ガストリン、インスリンなど)の値を測定し、診断の補助や治療効果の判定に用います。
神経内分泌腫瘍の病期(ステージ)と治療方針
診断結果を基に、国際的な分類法であるTNM分類(腫瘍の大きさ、リンパ節転移、遠隔転移)で病期(ステージ)を決定し、WHO分類(悪性度)を組み合わせ、治療方針を決定します。
当院では、内科、外科、放射線診断科、病理診断科などの専門家が集まる「内科外科カンファレンス」で個々の患者さんの情報を詳細に検討し、より良い治療法を提案します。
神経内分泌腫瘍の治療について
治療法は、腫瘍の種類(NET/NEC)、進行度、発生臓器、症状の有無などに応じて選択されます。
1.手術(外科治療)
転移がなく、切除可能な場合は根治を目指せる第一選択です。
当院では肝胆膵外科と緊密に連携し、高難度の手術も安全に行っています。
- 根治手術: 腫瘍とその周囲のリンパ節を完全に切除します。
- 減量手術: 転移がある場合でも、ホルモン症状の緩和や予後改善を目的に、可能な範囲で腫瘍を切除することがあります。
- 小膵NETに対するEUS下エタノール治療: 手術リスクが高い患者さんや、手術を希望されない場合の選択肢として、超音波内視鏡(EUS)を用いて腫瘍に直接エタノールを注入し、腫瘍を壊死させる低侵襲治療です。特に2cm以下の小さな膵NETが良い適応となります。
2.化学療法
手術が困難な場合や、術後の再発予防、症状コントロールのために行います。NETとNECでは用いる薬剤が大きく異なります。
NETに対する化学療法
- ソマトスタチンアナログ製剤: NET治療の根幹となる薬剤。ホルモン症状を強力に抑えるとともに、腫瘍の増殖を抑制する効果があります。
- 分子標的薬(エベロリムス、スニチニブなど): 腫瘍の増殖に関わる特定の分子を狙い撃ちする薬剤で、特に膵NETで高い効果が示されています。
- 細胞障害性抗がん剤(化学療法):ストレプトゾシン+5FUなどのアルキル化剤を中心とした薬物が使用されます。
NECに対する化学療法
- 細胞障害性抗がん剤(化学療法): 進行が速いNECの標準治療です。プラチナ製剤と他の抗がん剤を組み合わせた多剤併用療法が中心となります。
3.核医学治療
- ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT): ソマトスタチンアナログに放射線を放出する物質を結合させた薬剤を点滴で投与する治療法で、内用療法とも呼ばれます。薬剤がNETの目印であるソマトスタチン受容体に結合し、腫瘍の内部から放射線を照射することで、高い治療効果を発揮します。
4.その他の局所療法
主に肝臓への転移に対して、ラジオ波焼灼術(RFA)や肝動脈化学塞栓療法(TACE)などが行われることがあります。
また、骨転移による痛みの緩和など、症状緩和を目的として放射線治療が行われることがあります。
神経内分泌腫瘍の研究について
神経内分泌腫瘍(NEN)は希少がんであるため、新しい治療法の開発が常に求められています。
国立がん研究センターは、ナショナルセンターとして国内外の製薬企業と連携だけではなく、未治療の場合でも新薬開発や適応拡大のための臨床試験(治験)を主導しています。標準治療で効果が得られなくなった場合でも、治験に参加することで新しい治療を受けられる可能性があります。
現在、未治療の神経内分泌がんの患者さんを対策に免疫チェックポイント阻害薬を用いた治験が行われています。
また、当院ではがんゲノム医療にも力を入れています。がん細胞の遺伝子変異を網羅的に調べる「がん遺伝子パネル検査」を行い、個々の患者さんの遺伝子情報に基づいてより良い治療薬を選択したり、新たな治験への参加を検討したりします。
中央病院で実施している治験情報、治験・臨床試験についてはこちら
神経内分泌腫瘍の療養について
神経内分泌腫瘍は、進行が緩やかなタイプ(NET)が多く、病気と長く付き合っていくことが特徴です。
治療を受けながら、自分らしく生活するために、日常生活での工夫や心構えが大切になります。
1. 症状のセルフモニタリングと記録
機能性腫瘍の場合、下痢、顔面紅潮、低血糖症状などが生活の質に影響を与えることがあります。
いつ、どのような状況で症状が出たか、食事との関連などを記録しておくと、治療方針の決定や症状コントロールに役立ちます。
スマートフォンアプリや手帳などを活用し、主治医や看護師に伝えられるようにしておきましょう。
2. 食事の工夫
- カルチノイド症候群の方: 特定の食品(アルコール、熟成チーズ、チョコレートなど)が症状を誘発することがあります。ご自身の症状と食事内容を記録し、関連性を見つけることが役立ちます。
- 低血糖症状がある方: 食事を小分けにして回数を増やす(分食)、消化の遅い炭水化物(玄米、全粒粉パンなど)を選ぶなどの工夫が有効です。
- 下痢がある方: 消化の良いものを中心に、バランスの取れた食事を心がけましょう。
- 治療の副作用(口内炎、食欲不振など)がある場合は、管理栄養士に相談することもできます。
3. 精神的なサポート
診断による不安や、長期にわたる治療への悩みは誰にでもある自然な感情です。
一人で抱え込まず、主治医、看護師、がん相談支援センターの相談員などにお話しください。
また、同じ病気を経験した仲間と情報交換ができる患者会も、大きな支えとなることがあります。
4. 社会生活との両立
治療と仕事や学業を両立させるためには、職場や学校の理解と協力が不可欠です。
利用できる社会制度(高額療養費制度、傷病手当金、障害年金など)についても、がん相談支援センターやソーシャルワーカーにご相談ください。
病気と向き合いながらも、あなたらしい生活を送ることができるよう、私たち医療チームがサポートします。どんな小さなことでも、遠慮なくご相談ください。
中央病院 肝胆膵内科を受診される皆様へ
患者さんの選択肢を広げる取り組み
- セカンドオピニオン: 全国の患者さんからのセカンドオピニオンを積極的に受け入れ、納得のいく治療選択を支援します。
- 情報提供: ウェブサイトなどを通じ、信頼できる新しい情報を発信します。
- 患者支援プログラム: 院内の「がん相談支援センター」では、治療の悩みから臨床試験に関する情報まで、あらゆる相談に対応しています。
メッセージ
「神経内分泌腫瘍」という聞き慣れない病名を告げられ、多くの不安や疑問を抱えていらっしゃることと思います。この病気は、進行が緩やかなものから悪性度の高いものまで非常に幅広く、腫瘍の性質や発生部位によって治療方針が大きく異なります。そのため、まずは正確な診断を行い、ご自身の病状を正しく理解することがとても大切です。
私たち国立がん研究センター中央病院 肝胆膵内科では、この領域において臨床研究や診療に積極的に取り組み、診断から治療、そしてその後の生活まで、患者さん一人ひとりにより良い医療を提供することを使命としています。
外科、放射線科、病理診断科など各分野の専門家と連携し、腫瘍の特徴や全身状態に合わせたオーダーメイドの治療戦略を一緒に考えていきます。
正しい知見と技術を駆使した標準治療はもちろんのこと、遺伝子情報に基づく個別化医療や、未来の標準治療を創るための「治験」という選択肢も積極的に提供しています。
決して一人で悩まないでください。どんな小さな不安でも、どうぞ私たちに話してください。希望を持って、共にこの病気に立ち向かっていきましょう。

肝胆膵内科医長 肱岡 範
専門医・認定医資格など:
医学博士
日本消化器病学会 指導医
日本消化器内視鏡学会 指導医
日本膵臓学会 指導医
日本胆道学会 指導医
日本超音波学会 指導医
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法 指導医